第072話 宿場町に集う商人たちは、揃いも揃って赤字の帳尻を隠しますわ
ローデン宿場町が見えてきた頃には、日が西へ傾き始めていた。街道の両側には旅人向けの店が並び、馬を休ませる者や荷物を運び込む商人たちで、昼間よりもかえって人の声が増えている。
私は馬車の窓から町の様子を眺めながら、先を走る荷馬車を見失わないよう注意していた。御者は私たちが一定の距離を保っていることを知っているのか、時折こちらを振り返っている。そのたびに表情が強張るのが分かった。
私はあえて声をかけず、手元の帳簿へ目を落とした。廃業した商会の名前、実際より多く記された砂糖の量、隣国の役所を思わせる印。これらが一つに繋がるなら、今日ここで何かが起きるはずだ。
「セレスティーナ卿。荷馬車が宿場町へ入りました」
「ええ、見えておりますわ」
「どこへ向かうと思われますか?」
「それを確かめに来たのですわ。まだ追い越してはいけません」
「承知しました」
私は窓から顔を出さず、町の中を進む荷馬車の動きを目で追う。やがて荷馬車は大通りから外れ、宿屋や酒場が並ぶ通りへ入っていった。
私は手帳を開き、町の簡単な地図を確認すると、そこには大きな宿屋が三軒記されている。そのうち一軒は、商人がよく利用する場所として名前が残っていた。荷馬車はその宿屋の前で止まる。そうして、御者が馬から降り、辺りを見回している。私は馬車を少し離れた場所へ止めさせた。
「カシアン騎士団長。騎士を二人だけ、あの宿屋の裏へ回してくださいませ」
「捕らえるのですか?」
「いいえ。誰かが来るまで待ってもらいますわ」
「分かりました」
「それと、ほかの騎士には荷馬車を見張らせてください」
カシアンが指示を出すと、二人の騎士が人目を避けるように宿屋の裏へ向かった。私は馬車の中で待つ。
しばらくすると宿屋の扉が開き、背の高い男が一人出てきた。身なりは上等な商人風で、腰には立派な革袋を下げている。男は荷馬車へ近づき、御者と短い言葉を交わした。私は声が聞こえない距離から二人を観察する。
男が周囲を確認し、荷台へ手をかける。私はそこで、男の右手にある指輪へ目を留めた。指輪の表面には、先ほど箱に刻まれていたものと同じ印がある。
(見つけましたわ)
私はすぐに馬車を降りた。カシアンがこちらへ近づいてくる。
「どうしました?」
「指輪をご覧くださいませ。荷物の箱と同じ印がありますわ」
「……本当ですな」
「まだ近づかないでください。もう少しだけ様子を見ます」
「しかし、荷物を運び出されては後手に回りますぞ」
「問題ありませんわ。荷物を受け取る相手が誰なのか、それを確認してからでも遅くありませんもの」
男は御者へ金貨の入った袋を渡し、木箱を一つ開けている。その中から砂糖袋を取り出すのではなく、奥に隠されていた細長い箱を取り出した。先ほど確認した箱だ。男はそれを大切そうに抱え、宿屋の中へ戻ろうとする。
「今ですわ!」
私が声をかけると、騎士たちが一斉に動いた。男が振り返り、顔を強張らせる。
「な、何者だ!」
「王国第一騎士団です。動かないでください」
「私はただの商人だ!」
「では、その箱を見せていただけます?」
「これは私の商品だ!」
「そうですか。それなら、確認されても困りませんわね」
男は箱を抱えたまま後ずさった。私はその様子を見て、確信を深める。何も知らない商人なら、これほど必死に箱を隠す理由はない。
「その箱には、隣国の役所の印がございますわね」
「……」
「そして、その指輪にも同じ印がある」
「これは家の印だ!」
「それは結構ですわ。では、その家の名前を教えてくださいませ」
「……」
「どうしました?」
「……アルベルト商会だ」
「アルベルト商会」
「では、アルベルト商会の昨年度の納税額を確認いたしましょう」
「なっ……!」
「なぜ、そんなことを――」
「商人であるなら、納税額を尋ねられて困る理由などありませんでしょう?」
「私は……」
「それとも、帳簿に記された売上と、実際の売上が違っているのかしら?」
【まずい。この女は何を知っている。アルベルト商会の帳簿まで調べるつもりなのか。あの箱だけを取り上げられると思っていたのに、まさか税まで調べられるとは】
私は男の顔を見つめた。
(やはり何かありますわね)
「アルベルト商会は、昨年の売上に対して納税額が少なすぎますわ」
「……どうして、それを」
「私が財務局の人間だからですわ」
男が黙り込む。私は手帳を閉じ、今度は御者へ目を向けた。御者は顔を伏せたまま、一歩も動かない。私は彼の前へ歩み寄った。
「あなたは、この商人をご存じでしたのね?」
「……はい」
「何度、この荷物を運びました?」
「……三回です」
「三回」
私は指を三本立てた。
「では、今回だけ量が違ったわけではありませんのね?」
「……全部、同じでした」
カシアンが眉を寄せる。
「セレスティーナ卿。つまり、毎回同じ量を少なく積んでいたということですか?」
「そのようですわ」
私は砂糖袋を見つめた。荷札には五十斤と書かれている。しかし実際には四十二斤しかない。それが三十箱。今回だけで二百四十斤の差がある。三回なら七百二十斤。金額に直せば、決して小さな損失ではない。
「ですが、まだおかしいですわ」
「何がです?」
「この商会が得る利益だけを考えるなら、もっと簡単な方法がありますもの」
「……と言いますと?」
「なぜ、わざわざ廃業した商会の名前を使ったのでしょう」
カシアンが黙りこむ。私も黙って荷札を見つめる。
偽の商会名を使う必要があるということは、誰かに知られては困る取引だったということだ。さらに、隣国の役所を示す印まで使っている。ならば、この荷物を受け取っていたのは、この商人だけではない可能性がある。
私は男の持っていた箱へ視線を移した。
「その箱を開けてくださいませ」
「……嫌だ」
「なぜ?」
「これは……」
「商品でしょう?」
「……」
「ならば、見せていただけるはずですわね」
男は唇を噛み、箱を抱きしめた。
【駄目だ。これだけは見せられない。中身を知られれば、アルベルト商会だけでは済まなくなる。俺の後ろにいる方まで、王国に知られてしまう】
私は男の反応を見て、箱の中身が今回の事件を解く鍵だと判断した。
「カシアン騎士団長」
「はい」
「その箱を押さえてくださいませ」
「承知しました」
騎士が男から箱を取り上げる。
「やめろぉ!」
箱の蓋が開き、中から出てきたのは、私が予想していた品ではなかった。
私は一枚の紙を取り出し、その文字を目で追う。そこには、王国の財務局で使われているはずの印と、私がよく知る人物の名前が記されていた。
(……これは、どういうことですの?)
私は紙を握ったまま、しばらく言葉を失った。そして次の瞬間、紙の一番下に記された一行を見つけた。
そこにあった名前は……。
私自身の名前だった。
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