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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第071話 密かに牙を隠す荷馬車は、私の算盤から逃げられませんわ

 私たちは隣国へ向かって進んでいたが、先ほどから前方を走る一台の荷馬車が気になっていた。荷台には木箱が山のように積まれ、後ろには古びた荷札が結ばれている。

 私は馬車の窓から目を細め、その荷札に記された商会の名を読み取った。三年前に店を閉じた商会の筈である。しかも、荷札に書かれた商品の量と送り先まで確認すると、さらに妙な点が見つかった。私はすぐに窓を開け、前方を走るカシアン騎士団長へ声をかけた。


「カシアン騎士団長。前の荷馬車を止めてくださいませ」


「何か見つかりましたか?」


「ええ。荷札に記された商会が、三年前に廃業しておりますわ」


「……分かりました。お前たち、荷馬車を止めろ!」


 カシアンの声に応じて騎士たちが動き、街道の先で荷馬車を取り囲んだ。御者は慌てて手綱を引き、馬を止めると、こちらへ向かって大きな声を上げた。私は馬車を降り、荷馬車へ近づく。


 御者はまだ若い男で、日に焼けた顔をしている。私が荷札へ手を伸ばすと、彼は一瞬だけ手を伸ばしかけ、それを慌てて引っ込めた。その小さな動きを、私は見逃さなかった。


「その荷札を見せていただけます?」


「は、はい……」


「この商会は三年前に廃業しておりますわね」


「私は知りません! 頼まれた荷物を運んでいるだけです!」


「そうですか。では、誰に頼まれましたの?」


「商会の主人です」


「その主人のお名前は?」


「……知りません」


「主人の名前を知らないのに、その方から荷物を預かったのですか?」


「私は雇われているだけです!」


 御者の声が街道に響いた。私は彼を責めることなく、荷台へ視線を移す。どうやら本人から詳しい話を聞くより、荷物そのものを調べた方が早そうだ。私はカシアンへ目を向けた。


「荷台を調べさせてくださいませ」


「承知しました。荷物を確認しろ」


「お待ちください! 商品に傷がつきます!」


「木箱を開けるだけで傷がつく商品なのですか?」


「そ、それは……」


「ならば、なおさら確認が必要ですわね」


 私が合図すると、騎士が荷台へ上がり、木箱を一つ地面へ降ろした。蓋を外すと、白い布で包まれた袋がいくつも並んでいる。騎士が一袋を持ち上げると、甘い香りが辺りへ広がった。砂糖に間違いない。私は荷札に目を落とし、そこに記された数字を確認する。書かれているのは一箱五十斤。ならば、実際の重さも五十斤でなければならない。私は秤を用意させ、袋を載せるよう命じた。やがて針が止まり、騎士が声を上げる。


「四十二斤です!」


「やはり八斤足りませんわね」


「一袋だけではありません。ほかの袋も確認しますか?」


「もちろんですわ」


 別の袋も量ると、やはり四十二斤だった。私は荷札を見つめながら計算する。一箱につき八斤の不足。それが三十箱あるなら、合計で二百四十斤になる。小さな間違いでは済まされない。しかも、実際より多い量を記した荷札を使えば、その差額を誰かが手に入れられる。私は御者へ向き直った。


「御者さん。これは誰の指示で行われたことですの?」


「知りません!」


「本当に?」


「本当です!」


「では、荷物はどこへ届ける予定ですか?」


「……」


「先ほどから、そこだけ答えてくださいませんわね」


「……ローデン宿場町です」


 御者が小さく答えた瞬間、私はその言葉を頭の中で繰り返した。ローデン宿場町。隣国との国境へ向かう者がよく利用する場所だ。荷物を受け取る者がいるなら、そこに姿を現す可能性が高い。私は無理に御者を問い詰めることをやめた。


「分かりましたわ。では、その荷物は予定通りローデン宿場町へ運んでくださいませ」


「……えっ?」


「その代わり、私たちも同行いたしますわ。別に問題ないでしょう?」


 御者の顔が引きつった。私はその様子を見て、やはり何かあると確信した。カシアンも私の意図を察したようで、荷馬車へ目を向けている。だが、まだ証拠が足りない。ここで荷物を取り上げてしまえば、受け取る相手を見つける機会を失ってしまう。ならば、相手が自分から現れるのを待つ方がよい。私は荷台の奥に残った箱へ目を向けた。まだ確認していない箱が一つだけある。御者の視線も、先ほどからそこへ何度も向いていた。


「カシアン騎士団長。一番奥の箱も確認してくださいませ」


「分かりました」


「お待ちください!」


 御者が叫んだ。私はゆっくり振り返る。


「何か問題でも?」


「そ、それは普通の商品です!」


「普通の商品なら、確認されても困りませんわね?」


「……」


「開けてくださいませ」


 騎士が箱を降ろし、蓋を外す。中には布で包まれた細長い箱が一つ入っていた。私はそれを取り出し、表面に刻まれた印を確認する。見たことのない印だ。だが、どこか役所の印に似ている。私は指先で印をなぞりながら、ヴィクトール卿の顔を思い出した。彼なら何か知っているかもしれない。私は檻馬車へ向かって声をかけた。


「ヴィクトール卿。この印に見覚えはありませんか?」


「……ある」


「どこで見ましたの?」


「隣国の財務役人が使っていた。俺が商売をしていた頃、役所を通った商品に押されていた印だ」


「それは間違いありませんの?」


「間違いない」


 ヴィクトール卿は鉄格子越しに箱を見つめている。私はその言葉を聞き、箱と荷札を交互に見た。廃業した商会の名前を使い、実際より多い量を記した荷札で商品を運び、さらに隣国の役所らしき印まで使っている。これが一つの商会だけで行われているとは考えにくい。誰かが王国と隣国の間で、数字を動かしている可能性がある。私は手帳を開き、今まで分かったことを書き留めた。


「カシアン騎士団長」


「はい」


「ローデン宿場町へ向かいましょう」


「荷馬車を止めるのでは?」


「いいえ。このまま先へ行かせますわ」


「理由を聞いても?」


「受け取る相手を見つけたいからです」


「なるほど」


「私たちは少し離れて後を追います。相手が荷物を受け取るところを確認できれば、その人物から話を聞けますわ」


 カシアンはしばらく考えたあと、頷いた。私は御者へ視線を戻す。彼は俯いたまま、手綱を強く握っている。その手が小さく震えているのが見えた。先ほどから何度も何かを言おうとしては、口を閉じている。私は彼の顔を見ながら、ただ一つ気になっていることを尋ねた。


「御者さん」


「……はい」


「あなたは、誰かに脅されておりますの?」


 御者の肩が大きく揺れたのを見逃さなかった。


「……なぜ、そう思われるのですか?」


「あなたが私の質問に答えるたび、怯えているからですわ」


「……」


「あなた自身の罪だけを恐れているようには見えません」


 御者はしばらく黙っていたが、やがて小さな声で答えた。


「……家族がいます」


「そうですか」


「私が何か話せば、家族に何をされるか分かりません」


「では、あなたが守りたいのは、ご家族なのですね」


「……はい」


【頼むから、あの宿場町で誰も俺を待っていないでくれ。俺一人の罪なら、俺が捕まれば済む。だが、あの方まで捕まれば、家族を守れなくなる。だから俺は、何も話せない】


 私は黙って御者を見つめる。彼が隠している相手の正体までは、まだ分からない。だけど、家族を守るために罪へ手を貸しているのであれば、すべてを悪意だけで決めつけるのは早い。私は手帳を閉じ、御者へ静かに告げた。


「ご家族を守りたいのでしたら、なおさら余計なことは話さなくて結構ですわ」


「……えっ?」


「ローデン宿場町まで、あなたは今まで通り荷物を運んでくださいませ。誰に何を言われても、私の名前を出す必要はありません」


「私を……助けてくださるのですか?」


「まだ何も決めておりませんわ。ただ、罪を犯した理由まで確かめずに人を裁くほど、私は乱暴ではありませんの」」


 私は馬車へ戻り、窓から荷馬車を見つめた。


【……この方は、本当に俺を捕まえるだけの人じゃないのか。だったら、俺が守らなければならない家族まで助けてくれるのか】


 荷馬車が再び動き始めた。

 

 私は少し離れた場所から、その後を追うように馬車を進めた。街道の先にはローデン宿場町が待っている。そこへ行けば、この荷物を受け取る者が姿を現すはずだ。その人物が誰であろうと、私は帳簿と荷物を照らし合わせ、隠された数字を一つずつ拾い上げてみせる。


(荷札の数字、御者の言葉、そして隣国の役所を示す印。三つが揃えば、そこには必ず理由がありますわ。問題は、その理由がどこまで深いのか。ヴィクトール卿の不正と、隣国の企みが一本の線で繋がるなら、私がこれから向かう先は、ただの隣国では済まないでしょうね)


 私は算盤を手に取るが、まだ玉を動かす必要はない。今は、人がどのように動くのかを見る時間なのだから。


「ローデン宿場町まで、あとどれほどかしら」


 御者の荷馬車を追いながら、私は街道の先へ目を向けた。

 答えは、もうすぐ目の前まで来ているのだろう。

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