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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第069話 精鋭の誇りは経年劣化し、無知という名の赤字を垂れ流しておりますわ

 王宮の巨大な石造りの正門前。そこには、朝露に濡れた石畳を白銀の輝きで埋め尽くす、第一騎士団の精鋭たちが居並んでいた。

 

 王国最強と謳われ、その入団条件には武芸の才のみならず、厳格な家格と品位までもが要求されるエリート集団。彼らが纏う甲冑の継ぎ目ひとつひとつ、そして軍馬の蹄が刻む規則正しいリズムさえもが、この国の秩序を象徴しているかのようであった。


 その行列の中央に鎮座するのは、頑丈な鉄格子で四方を囲まれた護送用の檻馬車だ。

 鉄格子の隙間からは、かつて宮廷で浮名を流し、経済の寵児ともてはやされたヴィクトール・アシュベリー卿の変わり果てた姿が見える。手枷と足枷の重みに耐えかね、泥に汚れた床に膝を突くその姿は、まさに晒し者にされた獣そのもの。

 私は、その惨めな『在庫品』を検品するかのような視線で一瞥し、静かに歩み寄った。


「セレスティーナ・マッセ伯爵。第一騎士団、これより貴殿と特使の護衛任務を拝命いたします」


 馬から降り、一糸乱れぬ所作で敬礼を送ってきたのは、騎士団長カシアン・ド・ヴァロア。

 彼は実戦経験豊富な武人であり、私の暴いた不祥事がこの国を救ったことを正当に評価できる数少ない理性派の一人だ。その眼差しには、私に対する確かな敬意と、任務への重圧が同居していた。


「騎士団長、ご足労痛み入りますわ。一点の狂いもない定刻通りの到着。その時間管理能力には、我が財務局としても高い評価を付けざるを得ませんことよ」


 私が無機質な微笑を返すと、カシアンはわずかに表情を和らげた。

 だが、その安らぎは長くは続かない。彼の背後、選りすぐりの精鋭として選抜された若手騎士たちの中から、隠しきれない不協和音が私の左目に飛び込んできたからだ。


 特に、カシアンのすぐ後ろで白馬に跨り、鼻を鳴らしているフェリクス・ボナパルト。

 名門侯爵家の三男坊であり、その武勇よりも家名の重さでこの地位を買い取ったような男だ。彼が馬上から私を見下ろす瞳の奥には、濁った優越感と、事務方を見下す浅ましい【本音】が渦巻いていた。


【へっ、汚い数字をこねくり回して成り上がった会計女が。檻の中の詐欺師と、その詐欺師を暴いた小娘。どっちも日陰の存在だろう。騎士団長の地位にある御方が、なぜあんな小娘に恭しく頭を下げる必要がある? 我ら選りすぐりの精鋭が、女の算盤のために馬を出すなど、家名の汚辱以外の何物でもない。戦になれば真っ先に泣き喚いて足手まといになるに決まっているものを】


(……あらあら。隣国へ到着する前に、彼の情緒が債務超過で破産してしまわないか、いささか不安になってまいりましたわ。これほどまでに現実の収支計算ができない方が、王国の盾を自称するなど、納税者に対する重大な背信行為に他なりませんのに)


 私はカシアンへの挨拶を切り上げると、視線をフェリクスへと転じた。

 彼は私が自分に見惚れているとでも勘違いしたのか、自慢の金髪をかき上げ、腰の豪奢な細剣をこれ見よがしに指先で弾いてみせる。


「騎士団長。……少し、気になる『誤差』がございましたので、確認させていただいてもよろしいかしら?」


「誤差、ですかな?セレスティーナ卿」


 カシアンが訝しげに眉を寄せたが、私は構わずにフェリクスの跨る馬の脚元を指差した。


「そちらの騎士様が跨っている軍馬。昨年度の王立厩舎の購入帳簿によれば、本来は北部国境の最前線部隊へ配備されるべき、持久力に特化した北地産の血統種のはずですわ。……なぜ、その貴重な『戦略資源』が、未だ実戦経験の累積値が零に近い、後方の若輩の遊興用として消費されているのかしら?彼の家門が支払った寄付金と、この馬の維持費・訓練費用を天秤にかけても、投資対効果としては明らかに赤字。即刻、売却処分して国庫の補填に充てるべき損失ですわね」


「なっ……!貴様、何を……!」


 フェリクスが顔を真っ赤にして叫ぼうとするが、私の言葉は止まらない。私は手元の手帳にさらさらとペンを走らせながら、今度は彼の腰にある細剣に視線を固定した。


「ついでに、その細剣。鍔に施された過剰な宝石装飾。それによる重心の狂いが、貴方の歩法に一歩につき三ミリの誤差を生じさせていますわ。……ええ、それだけではありません。貴方のその傲慢な顎の角度は、周囲の索敵効率を十五パーセント低下させている。その積み重ねが、敵陣の真っ只中で、貴方の命の『精算日』をどれほど早めることになるか……帳簿にしっかりと書き留めておくことをお勧めしますわ」


 フェリクスは激昂し、思わず馬を私の方へ一歩進めようとした。しかし、その刹那。


「……動かない方がよろしいですわよ、ボナパルト卿。今、貴方が馬に与えた指示の『強さ』と、その馬の現在の疲労蓄積度を計算すれば、次の瞬間、貴方はその高価な鎧を纏ったまま無様に落馬する確率が八割を超えていますから」


「は、ははっ!馬鹿を言うな! 私の騎乗技術が――」


 言いかけた瞬間、彼が蹴った拍車に驚いた軍馬が、セレスティーナの予言通りに無様に脚をもたつかせた。フェリクスは重心を崩し、甲冑の重みに振り回されるようにして石畳の上に転がり落ちた。

 ガシャリ、という、精鋭のプライドが砕け散る不快な金属音が響き渡る。


「……計算通りですわね。その鎧、衝撃吸収の計算も甘いようです。修理費は自己負担でお願いいたしますわ」


 泥の跳ね返ったマントを汚し、這いつくばるフェリクスの姿に、周囲の騎士たちが息を呑む。

 カシアンはあまりに的確すぎる指摘と、あまりに無様な部下の姿に、諫める言葉も見つからない様子で黙り込んでしまった。


「……ふふ、あはははは!」


 不意に、重苦しい沈黙を破ったのは、檻馬車の中から響いた乾いた笑い声だった。

 鉄格子に顔を押し付け、ヴィクトールが狂気すら孕んだ目でフェリクスを眺めている。


「……ほら、言っただろう? 彼女の前に立つということは、自分の人生のすべてを検品されるということだ。若造、お前も今、彼女の帳簿の上で『不良在庫』として処理されたんだよ。……ククク、精々気を付けることだな。彼女の算盤が鳴るたびに、お前のプライドが削り取られていくのが、俺にはよく見える……!」


「黙れ、この犯罪者が!」


 這いつくばったままフェリクスが檻に向かって罵声を浴びせる。しかし、その声は先程までの威勢を失い、屈辱に震えていた。

 私は彼を一顧だにせず、カシアンに向かって手帳を閉じる音を響かせた。


「騎士団長。此度の任務は隣国との極めて繊細な外交交渉を伴うもの。……今の無様な失態を演じた彼を同行させることは、我が国の『騎士の質』に対する不信感を隣国に与えるという、甚大なる外交的損失(デポジット)を招く恐れがありますわ」


「セレスティーナ卿、それは……」


「判断を。団長。……彼の技量は、私の許容できる誤差の範囲を大幅に逸脱しております。このまま彼を連れて行くというのなら、道中で発生するあらゆる遅延とリスクを、第一騎士団の『次期予算削減』という形で補填していただくことになりますが?」


 その言葉は、カシアンにとって死刑宣告にも等しかった。彼は苦渋の決断を下し、震える手で地面を打つフェリクスを見下ろした。


「……フェリクス・ボナパルト。貴殿を此度の護衛任務から外す。直ちに隊を離れ、兵舎にて待機せよ。再訓練のメニューは、私が追って通達する」


「なっ……団長! そんな! 私はボナパルト家の――」


「黙れ!自分の不手際も、淑女からの忠告も理解できぬ者に、王国の盾を名乗る資格はない!」


 カシアンの一喝が正門前に響き渡り、フェリクスは絶望に顔を歪めたまま、立ち上がることすら許されなかった。彼はその場で、自分が唾棄していたはずの『会計女』によって、隣国への切符を物理的にも社会的にも没収されたのだ。


 

「では、参りましょうか。隣国へ向かう道中、これ以上私の計算を狂わせるような『不純物』が生じないことを、切に願っておりますわ。……ああ、それから。交代の要員を手配する手間は省いて結構ですわよ。無能な騎士が一人減ったところで、私の安全指数はむしろ向上いたしましたから」


 私は漆黒の外套を鮮やかに翻し、自分専用の馬車へと乗り込んだ。

 背後で、残された騎士たちが、かつて戦場でも味わったことのないような戦慄に身を震わせ、去りゆくフェリクスの惨めな背中を見送っているのを、背中で感じながら。


(さあ、隣国までの退屈な旅路ですわ。精々、彼らのメッキが剥がれ落ちる音を、帳簿のBGMとして楽しませていただくことにしましょう)

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