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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第006話 七歳の春。王宮という名の伏魔殿にて、私は『子供の仮面』を脱ぎ捨てます

 アデレイドの領地に吹く春の風は、花の甘い香りと共に、私の悠々自適なお昼寝計画が音を立てて砕け散る不吉な予感を運んできた。

 

 私がこの世界に生まれ落ちてから、早くも七年。かつては詐欺師が門を叩けば『わざわざ遠くからご苦労様。喉が渇いているだろう』と茶菓子と共に金貨を差し出していた、お人好しの極みであったアデレイド伯爵家。

 

 だが今は違う。

 この国で『あの一族を怒らせたら、着ている服まで持っていかれる』と恐れられる難攻不落の経済要塞へと変貌を遂げていた。

 

 お父様やお母様は、今も変わらず天界の住人のように純粋な心の持ち主だ。だが、私の楽しい経営おままごとという名の徹底した再教育により、彼らの善意には、不審な者はまず地下牢の帳簿整理係へ叩き込めという、きわめて物騒な防衛本能が備わっていた。

 

「セレスティーナ、準備はいいかい? 今日はお城で、各家の子供たちが集まるお披露目の会がある。もし意地悪な奴がいたら、すぐに私に言いなさい。お父様がその子の家が抱えている借財をすべて買い占めて、明日の朝にはその家をアデレイド家の鶏小屋へ改装してあげよう。あそこの庭園なら、うちの軍鶏たちも大喜びで卵を産むはずだ」

 

 鏡の前で藍色のドレスを整える私に、お父様が爽やかな笑顔で、家一つを物理的かつ経済的に滅ぼす宣言を口にする。


【この子は私の宝だ! 娘のドレスに泥を跳ねさせた奴は、その日のうちに全資産を差し押さえ、一家揃ってうちの農場で一生、ひたすら芋を植え続ける刑に処してやる!たとえ王様が止めようとも、貸し付けた債権を盾に玉座ごと買い取ってやるからな!】


 その頭上には、親馬鹿を通り越して、もはや全財産むしり取り作戦を企む本音に溢れた吹き出しが浮かんでいた。

 

「わかっておりますわ、お父様。私はただ、皆様と淑女らしく、お茶と菓子を嗜んでまいりますわ」

 

 私は、一点の曇りもない天使の微笑みを浮かべた。だが、内側では、前世で巨額の不正融資を暴く直前のような容赦のない計算機が火を吹くほどの速さで回転を始めていた。


  

 七歳。

 それは、この国の貴族の子弟が一堂に会し、将来の派閥を作る子供たちの戦場への入隊式だ。すでに、アデレイド家の神童として名を馳せている、私の存在は、我が家を再び都合の良い財布として利用せんとする既得権益層にとって格好の獲物に違いない。

 

 

 お城の、天井がどこにあるか見えないほど巨大な広間に足を踏み入れた瞬間、私の左目は、汚濁した欲望の濁流に晒された。

 眩いばかりの光の下、着飾った子供たちが無邪気に笑い声を上げているが、その背後で糸を引く親たちの頭上には、家畜小屋の肥溜めのような密度でどす黒い言葉が乱立している。


【アデレイドの娘を唆して、我が家の負債を押し付けてやれ】

【神童?ふん、小賢しいガキだ。甘い菓子で懐柔して、有利な商談を引き出すための飾りにしてしまえ】


(……眩暈がするわ。前世で、実績を上げた若手を会議室の隅に追い詰め、将来のためだなんて笑いながら、休みなしで働かせた、あの性根の腐った役員たちの生臭い空気と同じ。子供の顔をした魑魅魍魎が多すぎる。ここは社交場ではなく、ただの腐った人肉市場よね)

 

 そんな中、取り巻きを引き連れて、絵に描いたような高慢な令嬢、イザベラが不遜な足取りで歩み寄ってきた。

 

「まぁ、あなたがセレスティーナ・アデレイド様? 五歳で家計を立て直したというお噂ですけれど……。でも、女の身で数字に明るいなんて、少しばかり卑しいことではありませんこと? 貴族の嗜みとは、もっと詩や音楽といった、世俗の金銭とは無縁の優雅な事柄にこそ宿るもの。田舎の伯爵家には、そんな高尚な教養はまだ早すぎたのかしら」

 

 扇で口元を隠す彼女。だが、私の左目が捉える彼女の吹き出しには、七歳児が抱いていい範疇を超えた、あまりにえげつない独白が綴られていた。


【生意気な小娘! この呪具で理性を焼き切り、衆人環視の中で無様に叫び出させてやる。二度と日の当たる場所を歩けないよう、その尊厳を完績なきまでに叩き潰して、我が家に従属する惨めな負け犬にしてあげる!】


 さらに、彼女が握る扇本体からは、仕掛け人のドス黒い呪いの仕様書が漏れ出し、吹き出しとなって表示されている。

 

【対象の精神を汚染せよ。理性を焼き切り、思考を強制停止させ、全神経を恐怖で上書きしろ。尊厳を泥に塗れさせ、再起不能な精神崩壊を完了させろ。アデレイドの名を地に落とし、その資産を我が侯爵家が接収する足がかりとせよ】


(……この情報の密度。前世でライバル会社が送ってきた、開いた瞬間に全てを壊して、中の情報を灰にする、あの呪われた贈り物(USB)と同じ。子供の喧嘩に持ち出すには、あまりに品がなさすぎる。お父様に告げ口するまでもなく、私が直々に価値をゼロに査定して差し上げましょう)

 

 私は、小首を傾げて無邪気に笑ってみせた。

 

「これはご丁寧に、ありがとうございます。数字を尊ぶことは、国の根幹を支える誠実さの証。それよりも……、イザベラ様、その扇、素晴らしい細工ですわね。ですが、そこから出ている、思考を奪うとか、理性を壊すといった不吉な気配が、お城を包む神聖な魔法をひどく不機嫌にさせているように見えますの。わたくしのような未熟な子供に触れさせるより、あちらで目を光らせていらっしゃる近衛騎士団の方々へ、安全性の確認をお願いするのがよろしいのではありませんか?」

 

 私は、春の陽だまりのような微笑みで、彼女に国家反逆罪による家門滅亡という名のご祝儀を突きつけた。

 

「なっ、近衛騎士団……!? 何を、何を仰っているの! ただの扇に、そんな物騒な力が宿っているはずがないでしょう!」

 

 イザベラの顔が、一瞬で一晩放置された水死体のような青白さに変わった。お城の中で届け出のない呪いの道具を使うことは、問答無用で首が飛ぶ重罪だ。


【どうしてバレたの!? お父様は絶対に悟られないと豪語していたのに! 捕まったら、私は一生、北の果ての修道院で朝から晩まで経典を写し続けるだけの人生だわ! 嫌よ、そんなの死んでも嫌!】


 彼女の吹き出しは絶望の叫びに塗り替えられ、彼女は震える手で扇を隠し、物凄い速さで逃げ去っていった。

 

 周囲の大人たちの吹き出しが、面白いほど書き換わっていく。


【なんだあの幼子は、本物の怪物だ】

【アデレイドの娘には関わるな。挨拶をしただけで、気づいた時には領地の半分を分捕られているぞ】

【あの笑みこそが、破滅の宣告だ】


 私は冷めた目でその光景を見やりながら、静かにため息をついた。

 だが、これはまだ前菜。広場の奥、重厚なカーテンの隙間から、私を値踏みするように見つめる、ひときわ巨大で真っ暗な吹き出し……。

 


【実に興味深い。あの子供、数字だけでなく人の闇まで価値として査定するのか。我が財務局の、あの終わりの見えぬ地獄のような裏帳簿を投げつけたら、どんな反応をするか……。フフフ、新しい下働き……いや、同志の予感がするな。今すぐ確保して、不眠不休の計算地獄へ招待してやりたいものだ】


 この国の財政を支配する、働きすぎて目が血走ったおじ様が、私を完全にロックオンしていた。

 

(……ふう。まったく、平和な隠居生活どころか、前世以上の不眠不休の仕事が待ち構えているよう。でも、いいわ。かかってきなさい。私の安寧を脅かすなら、王都の帳簿をすべて赤字で塗りつぶして、王国ごと経営破綻させて差し上げますわ)

 

 七歳の私は、お城の冷たい床の上で、獲物を狙う百戦錬磨の監査官のように、深く、美しく微笑むのだ。

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