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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第053話 玉座に刻む番犬の功績、授かる爵位は逃げ場なき忠誠の首輪ですわ

 王城、謁見の間。そこは、建国以来の歴史が幾重にも積み重なった、王国で最も厳粛にして峻烈な空間だ。


 高い天井から吊るされた無数の旗印が微動だにせず、壁に並ぶ歴代国王の肖像画が、鋭い眼差しでこの異例の儀式を見守っている。窓から差し込む斜光は、宙に舞う微細な塵さえも黄金色に染め上げていたが、そこに漂う空気は、息を吸い込むことさえ躊躇われるほどに張り詰めていた。


 その重苦しい沈黙の中心を、私の靴音が凛と叩く。


 十五歳。淑女としては蕾が綻ぶ季節であり、官吏としては異例中の異例。一介の次席執務官から、高位貴族である伯爵へと一足飛びに昇り詰める。この国の歴史始まって以来の、そしておそらくは最後となるであろう、狂気にも似た叙爵の儀が今、幕を開けようとしていた。


 謁見の間の中央。両脇に並ぶ貴族たちの列。その最前列には、私の魂の錨とも呼べる家族たちが、それぞれの想いを胸に立ち並んでいた。


 まず目に飛び込んできたのは、感極まった様子で豪華な刺繍の施されたハンカチを握りしめる、お父様とお母様の姿だ。

 かつては『お人好しの極致』と呼ばれ、親戚や知人の借金の保証人になっては家計を破綻させていたお父様。だが今、私の徹底的な再教育を経て、彼は『アデレイド家を害する者は、たとえ王族であろうと法的に、かつ経済的に叩き潰す』という峻厳な当主へと変貌を遂げていた。


 その双眸は、娘の晴れ舞台への誇らしさと共に、この叙爵が王家による強固な囲い込みであることを完全に見抜き、隙あらばその手を払いのけようとする強い闘志を宿していた。

 

 お母様もまた、かつての柔和な笑みの裏に、娘を守るための隙のない家政管理能力を秘めた要塞の女主人としての風格を漂わせ、私を見守っている。


 そして、私にとって最大の懸念材料とも言えるお兄様、エドワード様だ。

 相変わらず天使のような美貌を強張らせ、白くなるほど拳を握りしめている。その碧眼からは、今にも私をこの場から連れ去って、財務局という男だらけの魔窟から引き離したいという、切実すぎるほどの過保護な情念が、左目に痛いほど伝わってきた。


【ああ、セレスティーナ……。伯爵なんて重荷を背負わされて、あんな毒蛇のような貴族たちに囲まれて。私がもっと強ければ、君をこんな公務の檻から救い出してあげられるのに。隣に立っているレナート殿下も、君を狙う不届きな男の一人にしか見えないよ】


 お兄様の、妹愛が極まった末の不穏な本音が視覚化され、私は思わずため息を飲み込んだ。彼は今にも腰の儀礼剣を抜き、私を囲む財務官吏たちを追い払いかねない危うさを孕んでいる。


 

 その隣。財務局長ゼノス・ヴァン・クライン伯爵は、一人の戦友を、あるいは自らが育て上げた最高の傑作を送り出すかのような、深い満足げな笑みを浮かべていた。


【セレスティーナ、君はついにここまで来た。もはや上司と部下ではない、君はこの国の帳簿そのものだ。存分に、その算盤でこの腐りきった貴族どもの懐を叩き直すがいい。君の背中は、この私が死守しよう。……これで私の残業も少しは減るだろうか。いや、彼女のことだ、さらに仕事を持ってくるに違いないな】


 局長の、信頼と少しの諦念が混じった本音が、私の左目に鮮やかに映り込む。


 

 そして、私の大親友。エルメリンダ・ロートレックが、誰よりも眩しそうに私を見つめていた。


【セレスティーナ、本当におめでとう。あなたのその強さが、ついに国に認められたのね。でも、あまり無理はしないで。今夜は最高に甘い焼き菓子でお祝いしましょう。あなたの安眠だけは、私が責任を持って守ってみせるわ! もし殿下が夜這いなんて仕掛けようものなら、私がこの箒で叩き出してあげるから!】


 厳かな謁見の間において、彼女の放つ純粋な善意と斜め上の決意だけが、私の乾いた心をわずかに和ませた。


 

 一段高い場所に鎮座する玉座から、国王陛下がゆっくりと立ち上がる。

 一歩。また一歩。王の放つ威圧感は、周囲の空気を物理的な重圧を伴って凝縮させ、並み居る重臣たちを石のように硬直させた。


 私は、目前まで迫った王の威厳に気圧されることなく、完璧な所作で片膝を突き、頭を垂れた。

 視界に入るのは、陛下の重厚な革靴と、真紅の絨毯の繊維。呼吸の音さえ憚られる静寂が謁見の間を支配し、私の耳には自身の規則正しい心音と、お父様が固唾を呑む小さな衣擦れの音だけが届く。


 陛下の手が、私の肩に置かれた。その重みは、単なる肉体的なものではない。一国の王が、その将来を十五歳の少女に託すという、非情なまでの信頼の重みだ。


「セレスティーナ・マッセよ。面を上げよ」


 促されるままに顔を上げると、そこには瞳を細めた王の姿があった。

 陛下の手には、爵位を象徴する深い青のマント。それは、王宮の闇を払い、同時に私を一生この場所に繋ぎ止めるための、逃げ場なき檻。


「其方の数字は、この国の腐敗を焼き尽くす烈火であった。其方は一文の狂いもなく国庫の不正を暴き、ハミルトンという巨大な膿を摘出した。その功、もはや一官吏の報償では足りぬ。よって余は、其方を伯爵に叙する。其方の算盤が弾き出す答えこそが、王国の正義であると、ここに宣言しよう」


 王の声が謁見の間に響き渡ると同時に、背後で貴族たちが一斉に息を呑む音が聞こえた。

 陛下は私の肩に、ずっしりと重い青のマントを掛け、その襟元を王家の紋章が刻まれた黄金のメダルで留めた。


 カチリ、と。

 その小さな金属音が、私の首に”国家の番犬”としての首輪が嵌められた音のように聞こえた。

 マントの重みが肩に食い込む。それは栄誉などではなく、これからの人生、一文の誤差も許されぬ徹底した監査を継続せよという、王からの無言の命令であった。


 

 その時、私の隣にレナート殿下が歩み寄った。

 殿下は王子の正装を完璧に着こなし、堂々とした所作で私の手を取った。その眼差しは、かつての甘えを含んだ少年のものではなく、共に国を背負い、同じ地平を見る者としての、深く鋭い信頼を帯びている。


「おめでとう、セレスティーナ伯爵。これで君は、名実ともに私の隣で戦う権利と義務を得た。いや、私という人間を、君の算盤で律する権利を与えたと言ってもいい」


 殿下は私の指先に、儀礼的な、しかし確かな意志を込めた口づけを落とす。その本音は、暴走する独占欲を理性の檻に押し込めつつも、生涯を共にするという揺るぎない覚悟に満ちていた。


【セレスティーナ、君が自らの力で勝ち取ったその場所は、誰にも汚させない。私は君の隣に立ち、君を脅かすあらゆる影を払いのける盾となろう。君が描き出す完璧な世界を、この手で支え続けたい。君の自由を奪うのではなく、君が自由に数字を振るえる世界を、私が作ってみせる。そして、いつかその数字の先に、私との未来を書き込んでくれるまで、私は待ち続けるよ】


 殿下の内に宿る、同志としての深い献身。それは、かつての幼い執着を超え、一国の王太子としての自覚と共に、私という一人の女性への真摯な誓いへと昇華されていた。


 私は、殿下の手を握り返しながら、挑発するように、そして最高に鋭く美しい微笑を浮かべてみせた。


「喜んで、殿下。わたくしの算盤は、王族の無駄遣いに対しても、いささかの容赦もいたしませんわ。殿下の仰るその誓い、わたくしの帳簿にどれほどの利益をもたらすのか、これから一生かけて精算させていただきます」


 叙爵が完了した瞬間、並み居る貴族たちから、地鳴りのような拍手と、隠しきれない畏怖の溜息が漏れた。私の左目は、彼らの内側に渦巻く感情を、色鮮やかな吹き出しとして暴き出していく。


【十五歳の伯爵だと? しかも財務全権を持つ。もはや、この娘の機嫌一つで我が家は終わりだ。隠し資産の移し替えを急がねば】


【あの瞳に見つめられるだけで、帳簿の汚れを指摘されているような気分になる。恐ろしい。これからは彼女に媚びを売るのが処世術か】


【だが、彼女を味方につければ、これほど心強い後ろ盾はない。何としても息子を彼女の側近に潜り込ませねば】


 嫉妬、恐怖、羨望、そして卑俗な打算。色とりどりの欲が混ざり合う、吐き気を催すほど見慣れた光景。

 だが、その濁流を真っ向から切り裂くように、私は背筋を伸ばし、玉座に向かって深く一礼した。


 私の視線の先には、誇らしげに胸を張る財務局の同僚たちの姿もあった。彼らは、自分たちの仲間が歴史を塗り替えたことに、震えるような歓喜を覚えている。


 

 十五歳の春。

 少女としての時間は終わりを告げ、鉄とインクで綴られる、番犬としての真の物語がここから始まる。逃げ場のない栄誉を抱いて、私はこの腐れ果てた王国を、一点の曇りもない完璧な帳簿へと仕立て直す覚悟を決めた。


「わたくしの前で、隠し通せる数字など、一つもございませんことよ」


 そう独りごちた私の声は、謁見の間の厳かな空間に吸い込まれていった。


 王宮の膿は落ちた。だが、その後に広がるのは、より深く、より広大な、数字だけが真実を語る戦場なのだ。


 この後、祝宴の喧騒をすり抜け、私は財務局の精鋭たちを引き連れて、ハミルトン侯爵の帳簿に載っていない秘密倉庫へと向かう。


 夜明けまでにすべてを精算し、新しい伯爵としての初仕事を、金貨の音と共に完成させるのだから。

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