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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第045話 十五の春に受ける聖水の温かみ、大人として歩み出す王宮の輝かしき回廊ですわ

 窓の外に広がる王都の景色は、今この瞬間、祝福の光に満ち溢れている。

 春の柔らかな日差しが、芽吹いたばかりの新緑を透かし、まるで世界そのものが宝石箱をひっくり返したかのような眩い輝きを放っていた。頬を撫でる風は甘く、花の香りを運んでくる。

 

 十五歳。

 この国において、その数字は単なる記録ではない。

 それは、親に守られる温かな揺り籠を離れ、一人の独立した人間として、この泥沼のような場所へ、自分の身一つで放り出されることを意味する、二度とは戻れない境界線だ。

 

 私は、鏡の中に映る自分の姿を、まるで他人の帳簿を隅々まで調べるかのような、厳しい眼差しで見つめていた。

 瞳の奥にある知性は、十五歳の少女が持つべき幼さをとうの昔に置き去りにし、ただひたすらに鋭い刃のような光を放っている。

 鏡に映る私は、もはや保護を求める子供ではなく、一人の盤上の打ち手としての顔をしていた。

 

 纏っているのは、財務局次席としての誇りと、王国の財布を預かる者としての責任を込めた、深い濃紺のドレス。

 流行の派手な飾りや、中身のないレースなどどこにもない。ただ、最高級の布地が描く完璧な形と、一分の狂いもない縫い目の正確さ。それは、持ち主が感情ではなく、決まり事と得失によって世界を動かす人間であることを、周囲の者たちに無言で突きつける、いわば戦いの装束であった。

 首元で光る唯一の宝石が、私の鼓動に合わせて、冷たく、けれど確かな存在を主張し続けている。この石の重みは、私がこれから背負う国家の予算、そして民の生活の重みそのものだ。


 「セレスティーナ、本当によく似合っていますわ! 今日の貴女は、いつにも増して気高く、そして……あまりに美しすぎて、少しだけ遠い存在に見えてしまいますわね」


 背後からかけられたのは、春の光をそのまま声にしたような、明るく弾む響き。

 私と共に成人の儀に臨む、たった一人の親友、エルメリンダであった。

 彼女は、その愛らしい姿を一番に引き立てる、鮮やかな薄紅色のドレスに身を包んでいる。まるで春の妖精が舞い降りたかのような、柔らかな空気を感じさせた。

 

 本来ならば、伯爵家の跡取りでもない私や彼女が、王宮の謁見の間という、この国で最も格式高い場所で儀式を受ける資格など、どこにも存在しない。

 しかし、レナート殿下が『今後の国を支える若き二人を、同じ場所に立たせるべきだ』という主張を曲げなかったことで、彼女もまた、この特別な場所に招かれることとなったのだ。それは殿下の我が儘ではあったが、私にとっては唯一の心の安らぎでもあった。


 彼女の瞳を覗き込めば、私の左目はその奥に隠された【本音】を、はっきりと暴き出す。


 【あぁ、セレスティーナ。貴女はこうして、どんどん高い場所へ登っていってしまうのね。でも、わたくしは決めているの。殿下が繋いでくださったこの縁を、決して無駄にはしない。どんなに道が険しくても、わたくしは貴女の隣で笑っていられる自分であり続けるわ。今日のこの景色を、わたくしは心に刻み込む。一生、貴女の隣を歩むために】


 親友の温かな決意に触れ、私の凍りついた心がわずかに動くのを感じる。

 その熱は、数字と理屈だけで固められた私の世界において、唯一計算できない、けれど守るべき大切な価値だ。だが、私は彼女の内心を知っている素振りなど微塵も見せず、いつものように淡々と、けれど親愛を込めて応じる。


 「大袈裟ですわ、エルメリンダ。私たちは今日、ただ十五年という月日の帳尻を合わせ、大人としての新たな計画を立てるだけに過ぎません。今日という日は、積み上げてきた努力の結果を確認する決済日に過ぎないのですから」

 

 私は一度言葉を切り、彼女の目を真っ直ぐに見つめ直した。

 

 「……けれど、そう。貴女が隣にいないこの王宮という場所は、不備のある書類を眺めている時のように、ひどく落ち着かないものですわ。貴女がいてくれて、ようやくこの場所の数字も合うというものです」


 「うふふ、セレスティーナったら! そんな風に、貴女なりのやり方で言ってくださるから、わたくし、何度でも勇気が湧いてきますわ」


 通常、貴族の子供であっても、成人式は街の教会で行われるのが当たり前だ。

 王宮の謁見の間で王様の直接的なお祝いを受けられるのは、限られた特権階級のみ。

 

 だが、今。

 十五歳という若さで、財務局の役人として多くの不正を暴き、国に莫大な利益をもたらした私の働き。それが国王陛下の耳に届き、認められたからこそ、私は今日、これまでの決まりを壊す特別な存在として、この舞台に立っていた。これは単なるお祝いではなく、私がこれからも国家の番犬として牙を剥き続けることを認めるという、王家からの宣言でもある。


 待合室の扉が開き、そこには既に、本日主役の一人であるレナート殿下の姿があった。

 王家の印である金糸の飾りが贅沢に施された正装に身を包んだ彼は、かつての、力に溺れた弱そうな少年ではなかった。

 彼がこちらを振り返り、私を見据えた瞬間。

 私の左目は、彼の内側にある【本音】を逃さず捉えた。


 【今日、私たちは本当の意味で大人になる。あの日、君の鋭い言葉に打ちのめされた時から、私の目標はただ一つだった。君という優れた知性にふさわしい、この国を背負って立つ男になることだ。君が守ろうとするこの国を、私は王として守りたい。そして、その君を、私は誰よりも近くで守り支えたい。セレスティーナ。君が歩む未来の中に、どうか私を、一人の男として置いてはくれないだろうか】


 かつての独占欲とは違う、一人の人間としての敬意が混ざった、真っ直ぐな願い。その熱量は、私の冷静な判断を狂わせかねないほどに強い。だが、私はそれを悟った様子も見せず、あくまでも一人の役人として、また臣下の一人として、彼と向き合う。


 「殿下、本日はおめでとうございます。成人を迎え、背負うべき重荷はさらに増えることでしょう。この国の未来という巨大な帳簿を管理する責任は、並大抵の覚悟では務まりません」


 私は一歩前に出ると、あえて役人としての厳しい口調を重ねた。


 「私という役人を使いこなすには、それ相応の知性と、私以上にこの国を想う情熱が必要になりますわ。それなりの覚悟を固めておかなければ、私という猛毒に大火傷を負うことになります。殿下には、その準備ができていらっしゃいますの?」


 「ははは、相変わらずだな。だがセレスティーナ、その言葉、挑戦として受け取っておこう。君が毒だというのなら、私はそれを飲み干してでも、君の隣に立つ王になってみせる。さあ、行こうか。私たちの、そしてこの国の新しい一歩を、共に踏み出すために」


 差し出された殿下の手。

 その指先には、もはや強引な震えなどなく、ただ私の歩き方に合わせようとする誠実さが宿っていた。私はその手にそっと自分の手を預ける。エスコートを受けるという行為が、これほどまでに重く、けれど確かな感触を伴うものだとは、今日の今日まで知らずにいた。


 重厚な扉が開かれ、私たちは謁見の間へと導かれた。

 高くそびえる天井、色ガラスから降り注ぐ虹色の光。大理石の床に響き渡る靴音は、まるで新しい時代の幕開けを告げる鐘の音のように規則正しく、厳かだ。左右に並び、私を値踏みし、あるいはその手腕を恐れる役人たちの視線。

 私はそれらを、自分の価値を高めるためのただの背景、ただの雑音として聞き流し、ただ真っ直ぐに、王座へと続く道を歩む。

 

 王様の御前で、成人の儀が厳かに執り行われた。

 聖なる水が私の額に触れた瞬間。その水の冷たさが、甘い子供時代の終わりを無慈悲に告げ、同時に、これから始まる、より複雑で、より残酷な現実への挑戦を突きつけた。

 床に膝を突き、私は誰に誓うでもなく、自分の誇りに向けて心の中で言った。

 

 (私は、私であることを決してやめない。この知恵を、国を導き、大切なものを守るための牙として、誰よりも鋭く磨き続ける)


 

 儀式を終え、王宮のバルコニーに立った時、私は初めて大きく息を吐いた。

 眼下には、これから私が支え、守っていくべき王都の街並みがどこまでも広がっている。遠くからお祝いの鐘の音が、春の風に乗って届いてくる。

 

 十五歳。

 大人になった私は、これから何をすべきか。

 殿下がその瞳に滲ませている熱。親友が抱く強い覚悟。そして、自分自身の中に芽生えた、言葉にできないこの感情。それらを私の未来という計画の中にどう組み込み、どう処理すべきか、慎重に、かつ正確に計算しなければならない。


 私は、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。

 

 「……さて。これからの、本格的な計算を始めましょうか」


 番犬は、ただ財産を守るのではない。

 守るべき大切な絆があるからこそ、その牙をより鋭く磨き上げるのだ。

 私は、春の風を胸一杯に吸い込み、新しい時代の幕開けを、ただ静かに見据えているだけなのだ。

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