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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第041話 祝祭の衣は血に汚れずとも、算盤の音は不逞の輩を奈落へ突き落しますわ

 学園から王宮へとひた走る馬車の揺れは、私の脳内に火を灯すための刺激に過ぎなかった。

 車窓を流れる街の灯りは祝祭の余韻に浮かれたままだが、私の視界にはすでに、冷たく無機質な数字の羅列が、滝のように降り注いでいる。

 膝の上に広げたのは、部下から受け取った最新の金の使い道の記録。

 絹の衣が座席の上で音を立てて波打ち、細かな編み目が私の指先にまとわりつくが、今の私にはそれが、獲物の血を吸うために広がる網のように思えていた。


 馬車が王宮の重厚な門をくぐり、石畳を叩く蹄の音が止まった。

 扉が開かれた瞬間、私は衣の裾を片手で力強く掴み上げ、降り立った。

 そこには、すでに私の帰還を察知し、青ざめた顔で整列する役人たちの姿があった。

 彼らは、普段の濃紺の仕事着ではなく、夜空から舞い降りた女神のような姿で現れた私を見て、言葉を失い、息を呑んだようだった。

 けれど、その驚きが感嘆に変わる時間は、私の一瞥によって一瞬で奪い去られる。


 「報告を。地方の仕事に関わる役人共は、何処へ集められておりますの?」


 私の声は、夜の王宮の渡り廊下に、研ぎ澄まされた刃のように響いた。


 「は、はい! 命令通り、第三会議室にすべての役人を留めております。ですが、奴らは『何の証拠があってこのような真似を』と、激しく食ってかかっておりまして……」


 「証拠? そのようなものは、これから彼奴らの口から、銅貨一枚の違いくもなく吐き出させるものですわ」


 私は迷いのない足取りで、会議室へと向かった。

 その途上、執務室の奥から、聞き慣れた規則正しく、それでいて重みのある足音が響いてくる。

 銀の縁取りの眼鏡の奥で、氷のように静かな瞳を光らせる男。この王国の財布を三十年にわたり支え、かつて七歳の私を共犯者として受け入れてくれた、クライン局長だ。

 彼は私の晴れ着を見ても眉一つ動かさず、ただ深く、信頼に満ちた頷きを返した。


 【やはり戻ったか、セレスティーナ。君の不在を狙った鼠どもの浅知恵、共に根絶やしにしてくれよう。この国の数字を汚す不純物は、我ら二人の前では塵に等しい。君がその衣装を脱ぎ捨てる前に、全ての清算を終えさせてやる】


 彼の頭上に浮かぶ真っ黒な吹き出しには、私への全幅の信頼と、敵への容赦ない裁きが渦巻いている。

 局長は、私の隣に並び、静かに歩調を合わせてくる。


 「次席、準備は整っている。奴らはまだ、己が何処の、誰の逆鱗に触れたのか理解しておらぬようだ。……君のその姿、今宵の務めにはあまりに美しすぎる死神だ」


 「ええ、局長。彼らには、数字という名の地獄を、特等席で見せて差し上げましょう」


 会議室の重い扉を左右に開け放つ。

 室内には、贅沢な生活で肥え太った中年男たちが、不満げな顔で椅子にふんぞり返っていた。

 彼らは地方開発局長オルロック、およびその部下たちだ。都から遠く離れた土地の道作りを隠れ蓑にし、長年にわたって国から出る金を余分に請求してきた、国を食い物にする寄生虫どもである。


 「何の真似だ、セレスティーナ・アデレイド! 我らは地方の土木を支える重鎮ぞ。たとえ貴女でも、正当な理由なく我らを閉じ込めることは許されん!」


 局長オルロックが、脂ぎった顔を赤くして立ち上がり、私に向かって指を突きつけた。

 私は、その男の顔を見ることもなく、部屋の中央に置かれた大きな机に近づき、学園で受け取った日付入りの書き付けを静かに置いた。

 その動作一つで、部屋の中の温度が急激に下がったかのような錯覚を彼らに与える。


 「正当な理由……。七年前、王子のヴィンセント殿下が同じことを仰いましたわ。その結果、殿下が王を継ぐ権利を奪われ、今何処で何をされているか、貴方方はご存知かしら?」


 私の静かな問いかけに、オルロックの顔から血の気が引いたが、彼はなおも醜く食い下がった。


 「ふ、不当だ! その帳簿に何の問題があるというのだ! 遠い地の普請は天候に左右されやすく、石や木の運び賃が跳ね上がるのは道理。現場を知らぬ子供が、机の上での計算だけで我らを罪人扱いするなど、あってはらぬ暴挙ぞ!」


 「左様! その差額は、過酷な環境で働く人足たちへの正当な給金だ! それを奪おうというなら、我らは断固として抗議する!」


 部下の一人が、机を叩いて声を張り上げる。その瞳には、嘘を真実に塗り替えようとする必死の色が浮かんでいた。

 だが、私の左目は、彼らの言葉の裏にある【本音】を無慈悲に暴き出している。


 【そうだ、働く者たちの金だと言い張ればいい。現場の台帳はすでに書き換えてある。まさか、何百里も離れた辺境の、その日一日の働く人数まで把握されているはずがない】


 私は椅子に深く腰掛け、衣の裾を整えた。

 眼鏡のない瞳で、一人ひとりの顔をじっくりと見据えていく。


 「人足たちへの給金とおっしゃいましたわね? ならば伺いますわ。先月、東の街道を広げる普請に従事した登録人数、計四百三十二名。そのうち、実在が確認できぬ名が八十六名分、混ざっているのは如何なる説明をなさいますの?」


 「なっ……! それは、働き手の入れ替わりが激しく、登録が遅れているだけで……」


 「いいえ。その八十六名に支払われた金の送り先、すべて貴方が隠して持っている偽の組合の預け場所ではありませんか。さらに言えば、その工事に使われた石の量は、注文された量の三割にも満たない。残りの七割は、嘘の請求書によって国から引き出された金貨そのもの……。オルロック様、貴方の新しい別宅の石柱、随分と立派な素材を使われているようですわね?」


 私の言葉が続くたびに、彼らの【本音】の吹き出しは、真っ黒な絶望へと染まっていく。


 【なぜだ!? 人数の帳尻まで取っていたはずだ! 別宅のことまで……どこまで調べているんだ、この化け物は!】


 「間違い? 私の前でその言葉を使うのは、自らの首を差し出すのと同じことですわ。……さらに、これ。貴方がたが経由させた三つの店。実態のない、ただの紙の上の城。その代表者の名、すべてオルロック様、貴方の遠縁の親族ですわね。七年前、王子の地位さえも無価値なものへと暴落させた私の計算。それが今度は貴方がたに向けられたことの意味、理解できぬほど愚かではないはずですわ」


 「ま、待て! それは何かの取り違えだ! 私は王家の信頼を得てこの役目を……!」


 オルロックは椅子を蹴り飛ばし、部屋から逃げ出そうと扉へ向かった。

 だが、そこにはすでにクライン局長が立ちはだかり、氷のような瞳で彼を射抜いていた。


 「逃げ場はない、オルロック。この監査役が扉を開けた瞬間、君の人生という帳簿はすでに閉じられているのだ」


 私は、懐から一本の書き筆を取り出した。

 それは、数字を書き込むための道具ではない。罪人の運命を確定させるための、死の宣告書だ。


 「わたくしの青春の、たった一晩。それを奪った代償がどれほど高いか、その身を持って知っていただきますわ。……今より一刻。正直にすべてを話し、国から掠め取った金貨を何処へ隠したか吐き出した者だけ、命だけは助けてあげますわ。一秒でも過ぎれば、七年前と同じ場所へ送って差し上げます」


 私が時計の針を指さすと、役人たちの間に、地鳴りのような絶望が広がった。

 一刻の猶予すら待たず、精神をすり減らしたオルロックは、ついに床に崩れ落ちた。


 「わ、私だけの仕業ではない! 私は……私はただ、あの方の命に従っただけだ! あの方が、学園の新校舎建設の予算から、目立たぬよう金を抜き出せと命じたのだ!」


 「命じた主……? それはどなたのことかしら」


 「バルテザール侯爵……! 学園の理事長代行を務める、あの御方だ! 抜いた金はすべて、侯爵が管理する学園祭の運営資金に紛れ込ませ、洗われていたのだ! あ、あの方は今、学園祭の来賓として現地に……殿下たちのすぐ側にいるのだぞ!」


 バルテザール侯爵。

 その名が耳に届いた瞬間、私の脳裏には、数時間前まで共に過ごしていたエルメリンダの笑顔と、レナート殿下の穏やかな眼差しが、鮮やかな痛みと共に蘇った。

 私の左目の視界に映るオルロックの【本音】が、さらに醜い真実を暴き出す。


 【そうだ、私だけが地獄に落ちてたまるか! バルテザール侯爵の狙いは、殿下を追い落とそうと企む反対派への軍資金だ。学園祭という祝祭は、汚れた金をきれいにするための絶好の隠れ蓑。今頃、侯爵は殿下の隣で嗤っているはずだ……!】


 「……成程。学園を、泥棒たちの洗濯場に選んだわけですわね」


 怒りはもはや、極限まで冷えた氷へと変わっている。

 学園祭で感じたあの穏やかな時間は、踏みにじられるべき負債へと変わった。

 私はクライン局長と視線を交わし、衣の裾を翻して立ち上がる。


 「局長、残りは部下たちに。……わたくしは、これより学園へ戻りますわ。祝祭の終わりを告げる、本物の()()()を届けるために」


 狙うは学園に潜む巨悪、バルテザール侯爵。

 私は、全財産没収という名の裁きを執行するため、財務局の死神は再び祝祭の地へと牙を剥くのだった。

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