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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第003話 商談という名の強盗。私の家を財布だと思っている商人を、在庫の海に沈めます

 お兄様の窮地を救い、その純粋すぎる魂を守り抜いたのも束の間。私の左目は、庭園の中央に設えられた円卓の周りで繰り広げられている、あまりに無惨で破滅的な搾取の儀式を捉えていた。

 

 陽光を跳ね返す白亜の円卓。その上には、我がアデレイド伯爵家の屋根柱とも言うべきお父様とお母様が、毒々しいほどに白々しい装束を纏った男を囲んでいる。男の傍らには、見るからに質の悪い粘土を捏ね上げたような、歪な形をした青い壺が、あたかも国宝であるかのように鎮座していた。


 「……おお、視えます、視えますぞ。この壺から溢れ出す慈愛の波動が、アデレイド伯爵家の未来を永劫に照らす守護の光となる様が。ご家族の絆を深め、不浄なる災いを退けるため、今この瞬間に天啓を授かるべきです。これこそが、神が貴方様に遣わした救済の証なのですから」


  男の口から漏れ出る言葉は、蜜のように甘く、そして毒のように粘ついていた。お母様はうっとりと頬を染め、その瞳に根拠のない希望を宿して壺を凝視している。お父様に至っては、男の語る虚偽の物語に感動したのか、何度もハンカチで目頭を拭い、嗚咽を堪えるように肩を震わせていた。

 

 その光景は、前世の松瀬結衣が、終電間際の駅のホームで、親切な顔をした知人から『君の将来のために、この投資が必要なんだ』と説得されていた時の、あの内臓を掻き回されるような生理的な嫌悪感を呼び起こさせた。

 

 私の左目が捉える男の頭上には、どす黒い脂ぎった吹き出しが、醜悪な文字列をドロドロと垂れ流している。


【ヒッヒッヒ、この伯爵夫妻、噂に違わぬ救いようのないお人好しだ。道端で拾った土塊同然のゴミに、金貨三千枚という馬鹿げた値を付けても疑いもしない。このまま契約の羊皮紙にその尊き名を記させれば、今夜は王都の裏通りで極上の酒と女を侍らせて豪遊できるぜ。アデレイド家なんて、俺たちの教団にとっては、口を開けて待っているだけで金が転がり込んでくるただの集金箱に過ぎないんだからな】


(……金貨三千枚? 我が家の騎士たちが、血を吐くような訓練を積み、一生をかけて稼ぎ出すような大金を、あんな焼き損じの粘土細工に投じようというの?お父様、お母様、いくらなんでも、人の善意に付け込む悪意に対して無防備が過ぎますわ!)

 

 私は、重なり合うレースが波打つドレスの裾を翻し、幼き令嬢としての優雅さをかなぐり捨てて、円卓へと割って入った。

 お父様の手には、すでに最高級の鷲の羽ペンが握られ、その先端には黒々としたインクが、今まさにアデレイドの名を羊皮紙に刻まんと滴っている。私はその刹那、あえて足元を縺れさせるようにして転び、お父様の膝元に縋り付いた。

 

「お父様、お母様! わたくし、とっても、とっても不思議なものが見えますの!」

「おや、セレスティーナ。どうしたんだい、そんなに慌てて。お誕生日の主役が、お洋服を汚してしまってはいけないよ」

 

 お父様が驚いてペンを止め、私を愛おしそうに抱き上げた。その腕の逞しさと、私を案じる温もりが、前世で冷酷に切り捨てられ、誰にも顧みられることなく命を落とした私の凍えた心に、熾火のような防衛本能を灯す。この温もりを、あんな煤まみれの詐欺師に汚させてたまるものか。


 「そのおじさまの後ろに、真っ黒な、とっても大きな化け物が立っていますわ。おじさまが『きずな』っておっしゃるたびに、その化け物が、おじさまのポケットから這い出して、わたくしたちのお家をバリバリと食べているのですもの!」

「な……、化け物だと?」

 

 白装束の男が、一瞬だけ仮面のような笑みを崩し、その表情を強張らせた。だがすぐに、聖者のような、どこか芝居がかった微笑を貼り付け直し、私を見下ろす。

 

「お嬢様、それはきっと、この壺が放つ浄化の光に驚いた闇が、貴女の清らかな瞳に幻を見せているのでしょう。さあ、伯爵、この書面に尊きお名前を。一刻も早く加護を受けねば、その闇はさらに深くお嬢様を蝕みますぞ」

 

 男の吹き出しが、苛立ちを反映して激しく明滅する。


 【邪魔をするな、この忌々しい小娘が。あと一筆で大金が手に入るんだ。ガキは奥で人形で遊んでいればいいものを。余計なことを抜かすなら、この家の次は貴様を呪いの標的にしてやるからな】

 

 私はお父様の首にしっかりと腕を回し、潤んだ瞳で男のどす黒い本音を射抜くように見つめた。


 「おじさま、この壺は、家族を幸せにしてくださるのでしょう?でしたら、わたくしのお願いも聞いていただけますかしら? わたくし、この壺が本物かどうか、すぐにお調べしたいのですわ」


 「お調べする……? 一体、どのように?」


 「とっても簡単ですわ! このお家で一番力の強い騎士さんに、その壺を思い切り叩いていただくのです。もしこれが本当に天の光を宿した、何物にも代えがたい宝物でしたら、人間の力などで傷一つ付くはずがございませんもの。もし壊れてしまいましたら……それは、おじさまがわたくしたちに、嘘のおとぎ話を売ろうとなさったことになりますわよね?」


  私の提案に、遠巻きに事の成り行きを見守っていた招待客たちから、『なるほど』『確かに一理ある』『神の器ならば不壊であるはずだ』という、同調のささやきが波のように広がり始めた。


 【待て、ふざけるな!そんな真似をしたら一撃で粉々だ! この壺は王都の外れで二束三文で買った、ただの焼き損じなんだぞ!これ以上余計な知恵を回される前に、話を逸らさねば……!】


  男の顔から余裕が剥がれ落ち、不快な脂汗が白装束の襟元に滲み出していく。


 「そ、それは困りますな。この壺は極めて繊細な魂の器。野蛮な力に触れれば、その神聖なる加護が失われ、ただの土へと還ってしまいます」

 

「あら、おじさま。加護が失われるくらいで壊れてしまうような脆いもので、どうしてお父様の大切な金貨三千枚分もの重みを守れるとおっしゃるの?そんなに素晴らしい壺でしたら、他人に譲ったりなさらずに、おじさまのご自宅で、永遠の家宝になさるのが一番の幸せではありませんこと?」

 

 私はお父様の懐から抜け出し、円卓の上に置かれた壺の、最も脆そうな部分にそっと指先を触れさせた。前世のブラック企業で、不良品の検品を数万回と繰り返した私の指先は、焼きの甘い場所を瞬時に見抜いていた。

 

「見て、お父様。わたくしが触れただけで、この壺、おじさまの嘘の重さに耐えかねて、悲鳴を上げておりますわ」

 

 パキリ、と。乾いた音が静まり返った庭園に響き渡った。私が指先にほんの少しだけ体重を乗せただけで、三千枚の金貨に相当するという奇跡の器に、救いようのないひび割れが走る。


 「ひ、ひいいいっ! 何をする、この不吉な小娘が!」


  男がついに本性を剥き出しにし、形相を鬼のように変えて私を突き飛ばそうと手を伸ばした。だが、その汚らわしい手がお父様の鋼のような腕に阻まれたのは、同時であった。


 「……私の娘に、その手をかけるつもりかな?」


  お父様の声は、先ほどまでの穏やかさが嘘のように、地の底から響くような冷徹さを孕んでいた。武門を誇る伯爵家当主として、戦場を渡り歩いた男の気迫が、周囲の空気を物理的に凍らせる。

 お父様の頭上には、これまでに見たこともないほど澄み切った、けれど鋭利な刃物のような吹き出しが浮かんでいた。

 

【わが愛娘に手を上げようとするとは、もはや万死に値する。この男が語っていた言葉は、すべて娘の純粋な瞳が見抜いた通り、腐りきった虚飾であったか。アデレイドの家名を汚した報い、たっぷりと受けてもらおう】

 

「トンプソン殿、この奇跡については、後ほど騎士団の詰め所で、夜を徹して詳しく伺おうか。我が家の財産を狙うのは勝手だが、娘に危害を加えようとした罪は、金貨三千枚程度では到底償えぬぞ」

 

 お父様の宣告に、男は腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。白装束は土に汚れ、聖者の面影など微塵も残っていない。


  

 騒動が落ち着き、詐欺師が騎士たちに引き立てられていくのを見送りながら、私は大きく溜息を吐いた。

 左目の奥が焼けるように熱い。これほどまでに濃縮された悪意を凝視し続ければ、視神経が焼き切れてしまいそうだ。

 

(……お父様、お母様。私がこうして目を光らせていなければ、このお家は本当に一晩で消えてなくなってしまいますわ。神様、せっかくの二度目の人生ですのに、私の仕事は前世より過酷ではありませんこと?)

 

 前世の私は、騙される側だった。奪われる側だった。けれど今世では、騙そうとする側の『魂の台本』を、その一文字に至るまで読み解ける。


  愛だの、加護だの、絆だの。そんな甘美な砂糖菓子でコーティングされた劇薬を、私は決して我が家に招き入れはしない。

 

 二度目の人生、開幕!

 私は絶対に、家族も、領地も、そしてこの平和な午後のひと時さえも、一分たりとも奪わせない!

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