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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第034話 重要書類(偽)で大臣の罪を拭き取る親友の悪戯は愉快の極みですわ

 財務局の執務室は、吐き出す息すら白く凍りつきそうなほど、鋭く研ぎ澄まされた沈黙に支配されている。

 私が羽ペンを走らせる音だけが、硬い床に反響し、規則正しい時を刻んでいる。積み上げられた帳簿の山は、さながら知識の城壁のように私を囲い、外の世界の喧騒から隔絶していた。

 しかし最近は、エルメリンダが持ち込んでくる焼き菓子の甘い香りと、学院の放課後に駆けつけたレナート殿下の穏やかな話し声。それは、新しい日常の形になりつつあった。


 しかし、その静かな秩序を、野蛮な暴力が踏みにじった。


 「ええい、どけ! 責任者はどこだ! 女子供が茶を飲んで遊んでいる暇があるなら、我が軍の予算を今すぐ元に戻せ!」


 重厚な扉が、蹴破らんばかりの勢いで開け放たれた。

 部屋に踏み込んできたのは、軍部を牛耳るバルカン大臣だ。その後ろには、威圧感を放つ数人の武官たちが控えている。

 大臣の顔は怒りで赤く染まり、その瞳の奥には、わたくしを使い勝手の良い道具としか見ていない、どす黒い欲望が渦巻いていた。


【この小娘め、わしの懐に入るはずだった金を勝手に削りおって。女の分際で数字をいじくり回し、偉大なる軍部の邪魔をするとは万死に値する。力で脅せば、泣いて許しを請うに決まっているわ!】


 私の視界に浮かび上がったその本音は、あまりにも醜くて、救いようのないほどに浅はかなものだった。

 私はゆっくりとペンを置き、冷ややかな視線を大臣に向けた。


 予算案を突き返した時点で、この強欲な大臣が、己の権威を盾に脅しをかけに来ることは、私の計算ではすでに確定事項だった。

 故に、私の机の傍らには、彼を迎えるための最高の茶菓子、すなわち、彼が隠し通してきた罪の写したちが、いつでも手に取れる場所に用意されていたのである。


 「バルカン大臣。ここはお茶会の会場ではなく、国家の財布を預かる財務局ですわ。騒音を撒き散らすなら、今すぐ外へ出て行ってくださるかしら。貴方の声の大きさで、わたくしの計算が三秒ほど遅れましたわ」


 「何だと!? この生意気な小娘が! 誰に向かって口を利いている!」


 大臣が怒りに任せて太い腕を振り上げ、わたくしの机を叩き壊そうとした、その時だ。


 「まあ、大臣様! なんて元気なお声ですの! 学院の先生よりも迫力がありますわ!」


 エルメリンダが、まるで蝶のようにフンワリと、大臣と私の間に割り込んだ。彼女は恐れる様子もなく、満面の笑みで大臣を見上げ、その手に持っていた紅茶の器を差し出した。


 「せっかくですわ、大臣様もご一緒にいかが?この紅茶は、わたくしが特別に淹れたものですの。一口飲めば、その真っ赤なお顔も少しは落ち着きますわよ!」


 「どけ、小娘!遊びに付き合っている暇はないと言って……」


 「あら! 大変ですわ!」


 エルメリンダがわざとらしく声を上げた瞬間、彼女の手から滑り落ちた紅茶が、大臣の立派な軍服へと派手にぶちまけられた。熱い液体が、彼の腹部から足元にかけて大きく広がっていく。


 「お、おのれ! 貴様、何をする!」


 「申し訳ありませんわ! 大変、すぐに拭かなければ! さあ、大臣様、こちらへ! じっとしていてくださいましね!」


 エルメリンダは慌てたふりをして、わたくしが机の傍らに置いておいたソレをひっ掴んだ。

 

 私がこの日のために用意しておいた、軍部の裏帳簿を書き写した数枚の紙の束。原本はすでに局長の手を経て、王宮の地下にある鉄の書庫へと収められている。

 

 エルメリンダはその紙を、まるでただの汚れを拭く布切れであるかのように扱い、大臣の軍服に力任せに押し当て、ごしごしとこすり始めた。


 「やめろ! 離せ! なんだ、この紙は。……まさか、これはわしの!」


 大臣は、紅茶で濡れて透けた紙に記された自分の署名と、身に覚えのある不正な数字を見て、顔を青くしている。

 それが本物か偽物かを見極める余裕など、今の彼にはない。

 ただ、消したはずの自分の秘密が、いま目の前で無造作に扱われ、台無しにされていることに激しく動揺している。

 大臣は必死に紙を奪い返そうとするが、エルメリンダは『もっと綺麗にしなければ!』と、無邪気なフリをしてしつこく身体を密着させ、彼の動きを封じ込めてしまう。


 その隙を、わたくしは見逃さなかった。


 (……素晴らしいわ、エルメリンダ。貴女が作ってくれたこのわずかな空白。無駄にはしませんわよ)


 私は手元の隠し引き出しから、あらかじめ用意していた、軍部が隠し持っていた極秘の金の流れをまとめた、最終的な告発状を取り出した。

 大臣がエルメリンダという名の無秩序と格闘し、証拠の写しを奪い返そうと必死になっている間に、私はその告発状に最後の封印を施し、逃げ場のない完璧な包囲網を完成させていく。


 「バルカン大臣、いい加減にしろ。僕の親友と、僕の大切な相談役に無礼を働くことは許さない!」


 低いけれど重みのある声が響きわたる。

 いつの間にか、レナート殿下が大臣の背後に立っていた。学院の制服姿ではあったが、その瞳に宿る光は、すでに一国の王としての威厳に満ちている。


【僕の見ていないところで、君はこんな連中に脅されていたのか、セレスティーナ。許せない。君が守ろうとしているこの国の財産を、私欲のために食い荒らすこの男を、僕は断じて許さない。僕が君の盾になる。君が数字で戦うための、静かな時間を僕が作るんだ】


 殿下の本音が、私の胸に熱く響く。大臣はその威圧感に気圧され、エルメリンダを振り払って後ずさった。その手には、グッショリと紅茶に濡れ、丸められた証拠の写しが握られていた。


 「で、殿下……。これは失礼いたしました。しかし、この小娘がわが軍の予算を削ったのは事実でございます!兵たちが飢えてもよいとおっしゃるのですか!」


 「いいえ、大臣。兵たちが飢えているのは、わたくしが予算を削ったからではありませんわ」


 私は、完成したばかりの告発状を、大臣の足元へ静かに置いた。


 「貴方が計上した三万ゴールド。その半分以上が、港にある貴方の秘密の倉庫に、高級な酒と宝石となって眠っていることを、わたくしの数字が証明していますわ。……エルメリンダが先ほど『汚れを拭くために』使ったその紙。それは貴方の横領を裏付ける証拠の写しです。貴方がそれを力ずくで奪い、隠そうとしたその姿こそ、罪を認めた何よりの証拠となりましたわね」


 大臣の顔が、一瞬で土のように変わった。原本が汚されることを避けるため、あえて偽物を手に取らせるように仕向けた私の計略に、彼は見事に嵌まったのだ。


 「……そ、それは……わしの署名を、偽造したに違いない!」


 「往生際が悪いですよ、大臣。原本はすでに安全な場所にあります。筆跡の鑑定は今すぐここで行わせてもいい」


 殿下が冷たく言い放つ。私は筆を置き、部屋の隅で事の成り行きを注視していた上司へ、静かに視線を向けた。


 「局長。恐れ入りますが、この男を連れて行ってはいただけませんか。財務局の空気が汚れましたわ」


 「あぁ……。わかった。近衛を呼べ! 大臣を別室へお連れしろ!」


 局長が、待機していた兵たちに力強く指示を飛ばしてくれた。大臣は力なく床に崩れ落ち、そのまま引きずられるように部屋から出されていった。


 静寂が戻った執務室で、エルメリンダが『ふぅ』と小さく息を吐き、私に向かって悪戯っぽく微笑んだ。


 「セレスティーナ、わたくしの演技、いかがでしたかしら? あの偽物の書類、ちょうどいいところに置いてありましたわね」


 「……完璧な目くらましでしたわ、エルメリンダ」


 私は、そっとエルメリンダの手を握った。そして、隣で安堵の表情を見せるレナート殿下を見上げた。


 「殿下。貴方の盾も、悪くありませんでしたわ。……おかげで、一秒の狂いもなく、掃き掃除を終えることができました」


 私の言葉に、殿下は照れたように笑い、エルメリンダは私の肩をまたぎゅっと抱きしめた。

 数字だけでは決して守れなかったこの場所を、この二人の温もりが守ってくれた。

 完璧な秩序よりも、ずっと心地よい時間が流れていたのだった。

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