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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第020話 令嬢たちが節約に目覚めた結果、王都の贅沢品市場が不整合な音を立てて崩壊し始めましたわ

 窓外より執務室へと流れ込む大気には、もはや陽春の柔らかな気配など微塵も存在しなかった。

 代わりにそこを占めるのは、破産へと突き落とされた商使たちが、売り物にならぬ絹織物を抱えて地を這う断末魔の呻き。

 

 そして、昨日まで社交という名の空虚な遊戯に興じていた令嬢たちが、一斉に王都の盛り場から姿を消したことで生じた、全盛を誇った盛り場が一夜にして墓所と化したかのような、不気味な静まり返りである。

 国家の心臓部たる王都において、消費という名の拍動が突如として停止した衝撃は、財務局が管理するあらゆる指標を、算出不能の領域へと叩き落としていた。


 財務局が司る国家の算盤は、現在、歴史的な異常数値を刻んでいる。

 

 原因は明白。

 私があの茶会において、貴族令嬢たちの脆弱な家計基盤を数式で解体して見せた際、同時に”今後の気候変動による穀物価格の暴騰”という、帳簿の裏側に潜む死神の影を指摘してしまったためである。

 

 彼女たちは、私の言葉を家門を救う唯一の聖典として奉じ、一文の無駄遣いすらもが家門を滅ぼす算術的罪業であると過激に教条化したのだ。いわば、美を競う乙女から、肥料の備蓄に命を懸ける狂信者への変貌である。


 私は、溢れる報告書の束を指先で弾き、冷然と告げた。


 「……無駄ですわね。わたくしの脳内では、既に算出が完了しております」


 「何だと……。算出できたというのか。この数時間、王都の金流は完全に凍り付いているのだぞ」


 ゼノス局長の声は、今にも卒倒せんばかりの絶望に震えていた。


 「ええ。過去四十八時間における、高級絹織物の市場価格は前週比で六割四分の暴落」


 私は卓上の算盤に指をかけ、一気に珠を弾き飛ばす。


 「さらには、かつては令嬢たちの憧れの的であったエトワール商会の独占宝飾が、今や路上で叩き売られる石ころ同然の価値にまで失墜しているでしょうね」


 珠が枠を打つ硬質な音が、静まり返った室内で、処刑場の断頭台を落とすかのような重厚な響きを伴って反響した。


 「これは、美しき信徒たちによる、無自覚な経済的粛清ですの」


 フェリシア様をはじめとする有力令嬢たちが、予約していた婚礼衣装を法外な違約金を払ってまで解約し、手持ちの財宝を次々と質に入れた。

 その結果、王都の贅沢品市場は、供給の洪水と需要の死という、歴史上類を見ない双方向からの圧迫を受け、内側から爆発的に崩壊したのである。


 「セレスティーナ殿! 事態は君の予想を遥かに超えて悪化しているのだぞ!」


 ゼノス・ヴァン・クライン局長が、脂汗で羊皮紙を汚しながら私の机に詰め寄る。


 「王都の商工会連合が、財務局の門を物理的に打ち破らんとする勢いで押し寄せているんだ! 彼らは口々に『数字の死神が王都を殺そうとしている』と泣き叫んでいる!」


 「……騒々しいですわね。演算の雑音になりますわ」


 「騒々しいどころではない! 令嬢たちが一切の買い物を拒絶しているんだぞ!」


 局長は震える指で、窓の外、人影の途絶えた大通りを指差した。


 「挙句の果てには自らの衣の飾りを切り落として『これが私の贖罪です』などと意味不明な喜進を始めているんだ! 経済という駆動機に、彼女たちは清廉という名の砂を直接流し込んでいるようなものだぞ!」


 局長の背後に渦巻く思念は、国家の金蔵が空になることへの恐怖で濁っていた。


【ああ、セレスティーナ殿! 君が茶会で零した一言……『小麦の収穫減に備えぬ家門に未来はない』という忠告が、令嬢たちの心に飢餓への恐怖と、倹約という名の狂信を植え付けてしまった! 昨日まで贅を尽くした晩餐を楽しんでいた彼女たちが、今や一杯の麦粥に涙して、余った金貨を領地の開墾費用や、保存性の高い種芋の大量確保に充てているんだぞ!絹の衣を売った金で芋を買う令嬢がどこにいる!贅沢品が売れなければ税も入らん!この不整合な静まり返りを、一体どう収拾するつもりなんだ!】


 「局長、耳元で騒ぐのはおやめなさい」


 私は、報告書の山から視線を上げることなく冷たく一蹴した。


 「貴方の騒音は、わたくしの演算精度を一文分低下させる不利益を強いていますわ」


 「だが、このままでは今期の税収は算出不能の欠損に転落する!」


 「いいえ。これまでの王都の経済は、家門の屋台骨を削ってまで見栄を張る令嬢たちの、実体のない虚飾に依存しすぎていたのです」


 私は、白紙の羊皮紙に、産業構造を再編するための新経済地図を猛然たる筆致で書き込み始めた。


 「不健全な市場が、真実の数値を突きつけられて破裂したに過ぎません」


 「……破裂だと?」


 「見てください。彼女たちが質に入れた宝飾の代価は、今この瞬間、滞っていた領地の農業改革への生産的投資へと転換されつつありますわ」


 「……投資、だと? あの派手好きの娘たちが、自ら土に触れるというのか」


 「ええ。これは、死んだ金貨が、命を育む銀貨へと生まれ変わるための、不可避の陣痛ですの。絹の代わりに泥を纏う覚悟、それこそが真の家門再建にございますわ」


 私の数式は、ただ削るだけではない。

 無駄に消費されていた資本を、国力を増強するための動脈へと還流させるための、冷厳なる最適化回路である。


  その時、執務室の重厚な扉が、外の警備を突き破って乱暴に押し開けられた。


 「セレスティーナ様! お会いしとうございました!」


 入ってきたのは、かつてのお花畑のような思考を捨て、どこか狂信的な倹約の申し子のような瞳をしたフェリシア嬢であった。

 彼女が纏うのは、もはや絹の衣ではなく、修道女のような簡素な麻の衣。

 しかしその表情は、宝石に囲まれていた時よりも、むしろ次なる獲物を狙う猟犬のような異様な生気に満ちている。


 「ご教示いただいた通り、私、寝室の天蓋から広間の敷物に至るまで、すべての非生産的な織物を売り払ってまいりましたわ!」


 「……極端ですわね。計算外の行動ですわ」


 「そして、貴女様が予見された寒冷期を乗り越えるべく、収穫減の小麦に代わる救荒作物として、種芋を一万袋手配いたしましたの!」


 フェリシア嬢は、泥のついた手で、宝石の鑑定書よりも重みのある、農具と種子の領収書を差し出した。


 「これで、私の家門の持算金不足は、数式的に解消されましたでしょうか!?貴女様の算盤に、私は認められたいのです!次はどの贅肉を削げばよろしいですか!?」


 彼女の背後には、同じく質素な衣に身を包んだ数十人の令嬢たちが、私の次なる算術的命令を待ちわびて控えていた。

 執務室に充満する、美しき信徒たちの狂熱。


【あぁ、セレスティーナ様! 数字という名の真理に従うたび、私の魂は、虚飾という名の重圧から解放されていくようですわ! 宝石の輝きなど、民を救うための備蓄の重みに比べれば、泥炭に等しい! もっと、もっと削るべき贅肉を教えてください!なんなら領地の城壁も売ってまいりますわ! 王国の帳簿が、貴女様の瞳に耐えうるほどに美しく磨かれるまで、私たちは止まりませんわ!】


 (……我が国の令嬢たちは、なぜこうも極端から極端へと振幅を広げるのでしょうか。私が求めたのは、健全な収支報告書であって、王都を一本のドレスも存在せぬ無色の荒野に変えることではございませんのに。彼女たちの過剰な善意は、時に悪徳よりも始末に負えませんわね)


 私は、跪く令嬢たちの頭越しに、窓の外で絶望の顔をしている商使たちを見つめた。

 不整合を正すための手術は、時に患者の命を危うくするほどに苛烈となる。

 だが、私の安眠を将来にわたって担保するためには、この国の脆弱な経済構造そのものを、根底から作り替える他ないのである。


 私の羽ペンは、止まることなく未来を規定する数式を綴り続ける。

 この、全自動貴族強制節約状態に突入した乙女たちの熱狂すらも、いつか国家の資材として収束させるために。

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