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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第019話 十代の貴族令嬢たちが集う茶会で、わたくしは彼女たちの結婚持参金の破綻を予言してしまいましたわ

 陽光が踊る王宮の東の東屋。

 そこは、華美な刺繍を競うドレスの裾が芝生を撫で、芳醇な茶葉の香りと共に、生産性を一切持たぬ社交辞令が飛び交う非効率の集積地である。

 

 国家の血流たる金貨の動きを秒単位で監視し、一文の誤差も許さぬ鋼の規律を旨とする私にとって、この場に漂う緩慢な空気は、まるで帳簿にこびりついた拭い切れぬ汚れのように不快である。

 

 すべては、財務局長ゼノス・ヴァン・クライン伯爵が『公務の毒を抜くには、同年代の少女たちの無邪気な笑い声が最良の薬だ』という、算術的根拠の欠片もない妄執によって、私をこの茶会に強制送還したことが原因なのだ。

 

 局長、貴方は私の脳を休ませるどころか、この無駄の極致たる空間を精査させることで、余計な演算代価(コスト)を強いていることにいつ気付くのでしょうか?


 

 「まぁ、セレスティーナ様。今日のお召し物も大変機能的でいらっしゃること。私、来月の夜会のために、エトワール商会に特注の絹を三反も予約いたしましたの。持参金の算段も、お父様が完璧に整えてくださっているから安心ですわ」


 扇の隙間から甘い声を漏らすのは、侯爵令嬢フェリシア。

 彼女の首元に鎮座するネックレスは、一見すれば家門の栄華を象徴する光を放っているが、私の瞳には、それが放つ代価の歪みが見えていた。

 彼女が纏う空気は、明日への不安など微塵も感じさせぬ、温室育ち特有の無知な多幸感に満ちている。


【あぁ、私の婚礼は王国一豪華になるはずだわ。素敵な公爵子息様に見初められて、毎日を宝石に囲まれて過ごすの。家門の資産なんて考えたこともないけれど、お父様がどうにかしてくださるものね。私はただ、最も美しい花嫁であればいいのだわ】


 私は、白磁の器に注がれた紅茶の液面を見つめる。

 この一杯を淹れるために費やされた労働力、輸送に要した代償、そして令嬢たちが当然のように享受している贅沢の総体。

 それを、各家門が申告している納税記録と、昨今の穀物市場における供給不安定の推移に照らし合わせれば、この場に咲く笑顔はすべて、破滅の崖っぷちで踊る道化のそれに等しい。

 彼女たちの家門が抱える信用という名の偽造貨幣が、崩壊の音を立てて軋んでいるのが聞こえないのでしょうか。


 

 「フェリシア様。そのエトワール商会の絹、今すぐ予約を破棄されることをお勧めいたしますわ。さもなくば、貴女様は婚礼の夜に、黄金の寝台ではなく、差押えの公印が押された書類の山で暖を取ることになりますわよ」


 私の低い温度の言葉が、東東屋を支配していた甘い沈黙を切り裂いた。

 令嬢たちが持ち上げた銀のスプーンが、物理的な衝撃を受けたかのように空中で静止する。

 鳥のさえずりさえもが、不吉な予感に息を呑んだかのように途絶えた。


 「な、何を仰るのですか、セレスティーナ様。わが家門の財政を、この私の前で侮辱なさるおつもり?」


 「侮辱などと。わたくしはただ、数字という名の絶対的な事実を口にしているに過ぎませんわ。貴女様の首元にあるその宝石、昨年からの産出量低下による価格暴騰の折、なぜ今この時期に購入されたのか。それは貴女様の父君が、先月の大雨による小麦収穫の激減を隠蔽し、対外的な信用資産を粉飾するために買い与えた『毒入りの見栄』に他なりませんわ。……フェリシア様、貴女様の家門は、現在の支出をあと一年維持した時点で、王立銀行からの融資が完全に停止する暗黒の赤字に転落いたしますの。貴女が三反の絹を纏うとき、その足元では領民たちが種籾さえも買えずに飢える。……そんな不整合な婚姻、わたくしが財務官として許容できるはずがございませんわ」


 私はおもむろに立ち上がると、卓上に並んだ砂糖菓子の欠片を指先で拾い上げた。

 そして、白無地の懐紙を広げると、そこに家門崩壊のカウントダウンを告げる算式を刻み込んでいく。

 砂糖の粒子が紙を削り、冷徹な数値を浮き彫りにしていく様は、まさに執行官の署名にも似た重圧を放っていた。


 「皆様、よくお聞きなさい。貴女様方が夢見る理想の婚姻に必要な持参金。それを用意するために家門が支払っている代価は、未来の領民たちの命の歩留まりを前借りしているに等しいのです。フェリシア様の家門だけではございません。そちらのローザ様、貴女様の家門が拠り所とする魔導銀の鉱山、地質学的な摩耗により来期には純度が三割低下いたします。採掘代価が収益を上回る逆転現象は、もはや回避不能ですわね。さらにそちらのエルザ様、父君が独占する塩の専売権、わたくしが来月承認する新航路によって、南部からの安価な塩が市場を席巻しますわ。その利潤価値は、一晩にして石ころ同然まで暴落いたしますわよ」


 砂糖の欠片が紙を削る音が、静まり返った園庭に、死神の足音のように響き渡る。

 令嬢たちの頭上に浮かぶ吹き出しは、一瞬にして絶望の漆黒に塗り潰された。

 彼女たちの脳内にあったお花畑は、私の算術という名の業火によって焼き尽くされていく。


【嘘よ、そんなはずはないわ! 私の贅沢は、永遠に続く約束だったはず。この少女は何を見ているの?ただの数字の羅列から、私たちが目を背けていた破滅の足音を、こんなにも鮮明に描き出すなんて!】


【恐ろしい……。彼女の瞳には、私たちの着ているドレスが、ただの金貨の浪費に見えているんだわ。この茶会は、社交の場ではなく、私たちの家門への最後通牒だったの!?】


【魔導銀が枯渇する……? お父様はそんなこと一言も……。もしこれが本当なら、私の嫁ぎ先は、この私を()()()()として突き返してくるに違いないわ!】


 

 「わたくしの算盤に、嘘はございません。現在、王都の貴族社会を覆っているこの不整合を正さない限り、貴女様方の十年度の純利益は、一人の例外もなく底を打ちます。……まあ、皆様、そんなに死人のような顔をされる必要はございませんわ。今この瞬間から、わたくしが提示する『家門再建のための地獄の節約算術』を脳に刻み、非生産的な贅沢という名の負債を切り捨てれば、破滅の淵から這い上がる確率は二割五分ほど残っております。わたくしが管理する以上、一文の無駄も許しませんが、それは同時に、一文の希望をも捨てる必要がないということでございますわ」


 私が言い放つと、先ほどまで扇を優雅に揺らしていた令嬢たちが、雪崩を打つように私の前に跪いてきた。

 それは、もはや友愛や社交を超越した、絶対的な真理に対する盲信的な服従。

 救いを求める渇望が、茶会の空気を一変させ、不整合な崇拝へと変質していく。


 「セレスティーナ様、教えてください! 私、何を削ればいいのですか!? お父様にどう話せば……! 貴女様の仰る通りにしますわ!」


 「私もですわ!このドレスも、宝石も、セレスティーナ様が不要と仰るなら、今すぐ質に入れますわ!どうか、わが家を、私の未来を数字で救ってください!」


 私は、熱狂に浮かされた令嬢たちの未来という名の重苦しい帳簿を預かることになった自身の運命に、深いため息をついた。

 

 局長、貴方の仰る休息の結果、私の公務は指数関数的に増大いたしましたわよ。

 令嬢たちの家門経営にまで私の算術を介入させることになれば、私の安眠時間は、当分の間、未回収の債権のように遠のいていくばかりですわ。


 (……ですが、まあ。不整合な婚姻によって王国の経済が混乱するよりは、今ここで彼女たちを、財務局の忠実な端末へと作り変える方が、長期的な先行投資としては理にかなっておりますわね。彼女たちが各家門の贅肉を削ぎ落とせば、国家予算の純度はより高まるはずですわ)


 私は、跪く令嬢たちを冷ややかに見下ろし、新たな懐紙に、一文字の狂いもない王国浄化のための算式を書き込み始めるのである。

 これより始まるのは、美しき令嬢たちによる、血を吐くような最適化の日々。

 王都の商使たちが絶鳴を上げるほどの誠実なる粛清の幕開けでもあるのだ。

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