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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第098話 アレクサンドル様に、わたくしの気持ちを伝えますわ

 今日は、来年度の王室関連予算について財務局と王宮側で最終的な確認をする日である。王宮西側にある財務関係者用の会議室では、私は財務局の担当者として出席し、アレクサンドル様は王宮側の確認役として、この会議に呼ばれている。

 普段なら、数字と書類だけを見ていればいい仕事なのに、今日は向かいの席に座る彼の存在がどうしても気になってしまう。王家との婚姻問題が終わったことで、私はようやく自分の気持ちから逃げる必要がなくなった。昨夜から何度も考えていた。アレクサンドル様と話したい。もっと近くで話したい。もっと彼のことを知りたい。そして今日は、その気持ちを自分の言葉で伝えようと決めていた。

 

「セレスティーナ嬢、先ほどから何度もこちらをご覧になっていますが、何か気になることでもありますか?」


「……お気づきでしたの?」


「えぇ。何度も目が合いましたから。書類に何か問題があるのなら、確認しますが」


「書類の問題ではありませんわ。少し、お話ししたいことがございますの」


「そうでしたか。でしたら、会議が終わってから伺いましょう。急ぎの仕事ではないのでしょう?」


「はい。ありがとうございます」


 そこから先は、いつもの財務の仕事だった。私は提出された数字を順番に説明し、アレクサンドル様が必要な箇所について質問をする。税収の見込みと支出の予定を照らし合わせ、今月中に決裁が必要な案件を確認していく。仕事をしている間は、不思議なくらい心が落ち着いていた。


 ところが、最後の書類へ印をつけ、同席していた役人たちが部屋を出ていくと、急に緊張が戻ってくる。扉が閉まり、広い会議室に私とアレクサンドル様だけが残った。

 彼は急かすことなく、向かいの席から私を見ている。その視線に促されるように、私は一度深呼吸して口を開いた。


「アレクサンドル様、先ほど申し上げたお話をしてもよろしいでしょうか?」


「もちろんです。私も気になっていました。何か、私に相談したいことがあるのでしょう?」


「相談というほどではありませんわ。ただ……ご報告しておきたいことがございますの。王家との婚姻について、もう話は終わりました」


「そうでしたか。セレスティーナ嬢が望まない婚姻をすることにはならなかったのですね?」


「はい。私はこれからも財務局で働きます。王族になるつもりもありませんし、今の仕事を辞めるつもりもありませんわ」


「それが、あなたの望む人生なら、それでいいと思います」


「……それだけ、ですの?」


「はい。ほかに何か言う必要がありますか?」


「王家へ入るべきだとか、もっと大きな立場から国を支えるべきだとか、そういうことはおっしゃらないのですか?」


「あなた自身が望むのなら、その道を選べばいいでしょう。でも、望んでいないのなら、私が勧める理由はありません。あなたが自分で決めたことなら、私はそれを尊重します」


 私は返事をせず、彼の顔を見つめた。胸の奥がじんわりと熱くなっていく。ヘレナ妃からは、私の才能を理由に王家へ入ることを求められた。王国のため、財政のため、王家の未来のため。いくつもの理由を並べられ、そのたびに私は自分の人生を差し出すことを求められているように感じた。それなのに、アレクサンドル様は何も求めない。私がどう生きたいのか、それだけを見てくれている。


「ありがとうございます。わたくしには、その言葉がとても嬉しいのですわ」


「お礼を言われるようなことではありませんよ。あなたの人生なのですから、あなたが決めるのが当然でしょう」


「……その言葉を、もっと早く聞きたかったですわ」


「何か、辛いことがあったのですか?」


「少しだけ。でも、もう大丈夫です」


「そうですか。それならよかった」


 彼はそれ以上、私の過去へ踏み込もうとはしないことも嬉しかった。知りたいと思ってくれていても、無理に聞き出そうとはしない。私が話したいときに話せばいいと、そう考えてくれているのだろう。私は膝の上で組んでいた手をほどいた。ここまで来たのなら、もう一つの言葉も伝えよう。胸の中で何度も繰り返した言葉を、今度は逃げずに口にする。


「アレクサンドル様、もう一つ聞いていただきたいことがございますの」


「はい。何でしょう?」


「私は……アレクサンドル様と、もっと一緒にいたいと思っています」


 言葉にした途端、顔が熱くなった。自分から告げると決めていたのに、いざ口にすると恥ずかしくて仕方がない。私は視線を逸らしそうになるのを堪え、彼の返事を待った。アレクサンドル様は驚いたように目を瞬かせ、それから少しだけ微笑んだ。


「もっと一緒にいたい、というのは……どういう意味でしょう?」


「……そのように聞かれると、困ってしまいますわ」


「すみません。ですが、あなたの言葉ですから、きちんと知りたいのです」


「そうですわね。では……私は、アレクサンドル様とお話しする時間が好きなのです。仕事の話をしているときも楽しいですし、仕事とは関係のない話をすると、もっと楽しいと思います。お会いできれば嬉しくなりますし、お別れしたあとには、もう少しお話ししておけばよかったと思ってしまうこともありますの。ふぅ~、だから……もっと一緒にいたいのだと思いますわ」


「ありがとうございます」


「……どうしてお礼を?」


「そんな大切なことを、私に伝えてくださったからです」


「それで……アレクサンドル様は、どう思われますの?」


「私も、あなたともっと一緒にいたいと思っています」


「……本当ですの?」


「ええ。本当です」


「私といて、楽しいですか?」


「楽しいですよ」


「退屈ではありません?」


「一度も思ったことはありません」


「本当に?」


「本当です。むしろ、あなたと話していると時間が早く過ぎるので、もう少し話したかったと思うことがあります」


「それなら……わたくしと同じですわね」


「そうですね」


「アレクサンドル様は、わたくしのことをもっと知りたいと思ってくださいますか?」


「はい。仕事をしているときのあなたは知っています。でも、それだけではありません。何が好きなのか、何を楽しいと思うのか、どんなときに笑うのか。私は、そういうことも知りたいと思っています」


「まぁ……」


「何かおかしなことを言いましたか?」


「いいえ。ただ……嬉しいのですわ」


「私も、あなたにそう言ってもらえて嬉しいですよ」


 私は俯き、熱くなった頬を隠すように髪へ触れた。こんなふうに誰かと話すことが、こんなにも嬉しいものだったのだと、今さらながら思う。これまでの私は、誰かに必要とされることばかりを気にしていた。仕事ができる人間であること。国に役立つこと。期待に応えること。それが自分の価値なのだと思い込んでいた。でも、今は違う。ただ私自身と話したいと言ってくれる人がいる。そのことが、胸の奥へゆっくり染み込んでいく。


「アレクサンドル様」


「はい」


「わたくしたちは……今、どういう関係なのでしょう?」


「難しい質問ですね」


「そうですわね。わたくしも、聞いてから困っておりますの」


「まだ、何も決めなくていいのではありませんか?」


「決めなくていい?」


「ええ。私たちは、お互いにもっと知りたいと思っている。それだけでも十分だと思います」


「……そうですわね」


「次に会う約束をして、その次も会って、その中で少しずつ知っていけばいい」


「それなら、わたくしも賛成ですわ」


「では、次は仕事とは関係なくお会いしましょう」


「お茶はいかがです?」


「いいですね」


「甘いものはお好きですか?」


「好きですよ」


「まあ。意外ですわ」


「意外ですか?」


「何となく、苦いものがお好きなのかと思っていましたの」


「それは、どういう意味でしょう?」


「分かりませんわ。何となくですもの」


 アレクサンドル様が笑い、私もつられて笑ってしまう。さっきまであれほど緊張していたのに、今は自然に笑うことができる。私は机の上の書類をまとめながら、胸の奥に生まれた温かな感情を大切に抱えていた。


 

 会議室を出ると、廊下には夕方の光が差し込んでいた。私たちは並んで歩きながら、次に会う日の話を続ける。どこでお茶をするのか、何を食べるのか、仕事のない日に会えるのか。そんな些細な話をするだけなのに、私は嬉しかった。


「セレスティーナ嬢、今日は、話してくださってありがとうございました」


「こちらこそ、聞いてくださってありがとうございました」


「これからも、こうして話していただけますか?」


「もちろんですわ。アレクサンドル様のことも、もっと知りたいですもの」


「では、お互い様ですね」


「ええ」


 廊下の窓から差し込む夕陽が、私たちの足元へ長い影を落としていた。


 まだ恋人ではなく、婚約者でもない。それでも、昨日までとは違う。


 私は自分の気持ちを伝え、そして彼も、私と同じようにもっと知りたいと言ってくれた。

 それだけで、胸の奥には十分すぎるほどの喜びがある。

 私は隣を歩くアレクサンドル様を見上げ、自然と笑みを浮かべた。


「次にお会いする日が、楽しみですわ」


「私も楽しみにしています」


 その言葉を聞きながら、私は自分で選んだ恋の一歩目を、ようやく踏み出せたのだ。

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