海賊の姫略奪計画
部屋に入ってカウンターの右奥の応接セットに腰をかけた。
その椅子は座るとまるでマシュマロのように体重を分散させる。
健太郎は椅子に座ってフカフカ感を味わっているのを満足そうに見ながら話し始めた
「実は、あなたが作った“クリーム”という品を耳にした時、
私は……少し、胸がざわついたのです」
「……クリームで?」
健太郎は頷いた。
「ええ。
傷が治り、肌が綺麗になる。
その効能もさることながら――“名前”が、どうにも引っかかった」
行長は息を呑む。
(……やっぱりそこか)
健太郎は淡く笑った。
「この時代の言葉ではありませんよね、“クリーム”は。
私はそれを聞いた瞬間、
『もしかして、自分と同じ“匂い”を持つ者ではないか』
そう思ったのです」
行長の心臓が跳ねた。
健太郎は続ける。
「ですが、私はこの島から離れられない。
そこで、恵瓊さんに頼んで――
“あなたを探していただいた”のです」
「……恵瓊さんに?」
「ええ。あの方は耳が広い。
私が探している人物の特徴を伝えれば、
必ず見つけてくださると思いました」
行長は思わず息を呑んだ。
(恵瓊……そんなに情報通なんか……
いや、猿からの命令で僕はここに来た。
恵瓊と猿……やっぱり何か繋がりがある……?)
健太郎は行長の表情を見て、柔らかく言った。
「安心してください。
あなたが何者であれ、ここでは追及しません。
ただ――」
健太郎の目が、ほんの一瞬だけ鋭く光った。
「”同じ匂い”を感じた者として、
あなたと話がしたかったのです」
行長は喉を鳴らした。
(……やっぱりこの人、転生者か……
いや、確信してるやん……)
だが、健太郎はすぐに表情を和らげた。
「凪も、武吉殿も、もいますからね。
詳しい話は、また後で」
その言葉に、行長は小さく頷いた。
行長との会話が一段落したところで、
ほたるが軽く手を挙げた。
「んじゃ、次はあっしの番やね。
雑賀衆の、ほたるって言いますぅ。
弥九郎の護衛みたいなもんよぉ」
健太郎の目が、ぱあっと輝いた。
「雑賀衆……!?
あの、鉄砲の……!?」
ほたるは得意げに鼻を鳴らす。
「そう、”あの”雑賀衆よ。
まあ、雑賀もピンからキリまでいてるけど、あっしはピンのほうやね」
「おお……本物だ……!
雑賀衆の射撃術は、私も文献で読んだことがあります。
まさか実際に会えるとは……!」
健太郎は珍しく興奮気味で、
凪がくすくす笑う。
「先生、気が高ぶっとりゃせん?」
「だ、だって雑賀衆ですよ!?
鉄砲の扱いはもちろん、戦術も、情報戦も……!」
ほたるは肩をすくめた。
「まあ、褒められて悪い気はせんけどねぇ」
健太郎はさらに身を乗り出す。
「もしよければ、後で鉄砲の構造について――」
その瞬間。
「――おい、健太郎」
武吉の低い声が、木の広間に響いた。
健太郎はぴたりと動きを止める。
武吉が「因島の件じゃ!」と声を張り上げた瞬間、
健太郎は目を瞬かせた。
「……因島?
何か、あったのですか?」
その反応に、武吉は逆に目を剥いた。
「お前…は知らんか......」
「え、ええ……え?」
健太郎はそこまで言って、首をかしげた。
凪が横から補足する。
「お父ちゃんが本太城で手紙みて怒りょーたんよ。
因島が“海賊”から“警護衆”になるって」
ほたるも頷く。
「まあ、あれはあれで時代の流れやろねぇ」
行長も心の中で(確かに本太城で武吉が怒ってたな……)と思い返す。
戦国時代、それまでの海賊はどんどんと大きな大名家に吸収されていっている。
だが武吉は、そこからさらに怒りを燃え上がらせた。
「それだけじゃないんじゃ!!」
武吉はどん、と足を踏み鳴らした。
木の壁がわずかに震え、行長はビクッとと身を縮める。
武吉は息を荒くしながら言い放った。
「吉充の奴がなぁ!
娘の“桜”を、小早川隆景の側室に出すんじゃと!!」
吉充とは因島村上の当主村上吉充である。
健太郎は固まった。
凪も「えーーー、そんな?」とため息交じりに健太郎を見て
「先生、桜さんと仲良かったもんねぇ。
前から、よう一緒におったじゃろ」
ほたるもにやにやしながら肘でつつく。
健太郎の耳が真っ赤になる。
「そ、そんな……!
桜殿とは、ただ……話が合うだけで……!」
武吉は机を叩く勢いで吠えた。
「話が合うだけで、あんな嬉しそうな顔するかい!!」
「武吉殿、声が大きい……!」
「大きゅう言うとるんじゃ!!」
武吉は健太郎の肩をがしっと掴んだ。
「ええか健太郎。
お前はなぁ、煮え切らんのじゃ!」
「煮え……?」
「桜のことが気になるなら――」
武吉は親指で自分の背後を指し、
豪快に言い放った。
「――さらってしまえ!!」
広間が静まり返った。
行長は(いやいやいや、戦国でもそれはアウトやろ……)と心の中で全力でツッコむ。
凪は「また始まった……」とため息をつき、
ほたるは腹を抱えて笑い、
木の壁がざわざわと揺れたように見えた。
健太郎は顔を真っ赤にしながら、
必死に武吉の手を振りほどいた。
「武吉殿!
そんなことできるわけないでしょう!!
桜殿は因島村上の娘ですよ!?
それに小早川隆景殿は毛利家の重臣で――」
「知っとるわい!!」
武吉は鼻息荒く言い放つ。
「じゃがな健太郎。
お前が何も言わんかったら、桜はそのまま小早川に取られるんじゃぞ!」
健太郎は拳を握りしめたまま、深く俯いている。
「……桜殿が……隆景殿の側室に……」
その声は震えていた。
凪がそっと健太郎の横に立つ。
「先生……桜さんのこと、大事なんじゃろ?」
健太郎は唇を噛んだ。
「……大事、です。
ですが……私が動けば……」
ほたるが首をかしげる。
「動けば?」
健太郎は、苦しげに息を吐いた。
「……来年の雪解けを待って、
鹿之助殿が“月山富田城奪還”の準備を進めています。
私は……その“旗印”です。
私が表に出れば、毛利に警戒される。
鹿之助殿の計画が……潰れてしまうかもしれない」
行長は(鹿之助……山中鹿之助か。
尼子再興のために命を懸けた、あの武将……)と胸の奥が重くなる。
健太郎は続けた。
「鹿之助殿は……尼子の名をもう一度掲げるため、
密かに仲間を集め、兵糧を蓄え、
月山富田城を取り戻す準備を進めています。
私は……その中心に据えられている。
だから……私が軽々しく動けば……
毛利に“尼子が動いた”と悟られてしまう」
その声は、痛いほど真剣だった。
凪は眉を寄せた。
「先生……そんな大事なこと……」
ほたるも腕を組む。
「そりゃ、簡単には動けんわねぇ。
毛利に警戒されたら、鹿之助さんの計画は水の泡や」
行長も心の中で(確かに……これは重い)と頷く。
だが――
武吉は、そんな慎重論を一蹴した。
「健太郎!」
武吉はずい、と健太郎の前に立つ。
「お前はなぁ、いつもそうや!
自分のことより周りのことばっかり考えよる!」
「……それは……」
「鹿之助の計画も大事なんじゃろう。
じゃがな――」
武吉は健太郎の肩をがしっと掴んだ。
「桜の人生も、同じくらい大事じゃろうが!!」
健太郎の目が揺れる。
武吉は続ける。
「桜はお前と話すとき、いつも嬉しそうじゃった。
お前が来る日は、朝から髪を整えとった。
わしは見とったぞ!」
健太郎の喉が震えた。
凪が小さく笑う。
「先生、桜さん……先生のこと、ほんまに好きなんよ」
ほたるも頷く。
「側室に出されるって聞いたら……
その子、泣くんちゃう?」
健太郎は胸を押さえた。
「……そんな……」
武吉は腕を組み、どんと胸を張った。
「健太郎。
お前が“さらう”と言うなら――」
武吉は親指で自分を指した。
「わしが手伝う!!
毛利がどうした! 小早川がどうした!
瀬戸内の海は、わしらの庭じゃ!!」
行長は(いやいやいや、瀬戸内の魔王が本気出したら戦争になるやろ……)と心の中で全力でツッコむ。
凪は呆れ半分、嬉しさ半分で言った。
「お父ちゃん……ほんまに健太郎先生のこと好きなんよね」
ほたるはにやにや笑いながら言う。
「健太郎先生、ここまで言われたら……
もう腹くくるしかないんちゃう?」
健太郎はしばらく黙っていたが、
やがて、ゆっくりと拳を握りしめた。
「……桜殿が……嫌がっているのなら……
私は……」
武吉が身を乗り出す。
「言え!」
健太郎は、震える声で言った。
「……私は……桜殿を……守りたい……!」
武吉の顔がぱあっと明るくなった。
「よっしゃあ!!
それでこそ健太郎じゃ!!」
木の中がざわざわと揺れ、まるで祝福しているようだった。
だが健太郎は、まだ不安げに眉を寄せている。
「……ですが……私が動けば、
鹿之助殿の月山富田城奪還の計画が……」
武吉は手をひらひら振った。
「そんなもん、わしが何とかしたるわい!」
「な、何とかって……」
「作戦会議じゃ!!」
武吉はどん、と床を踏み鳴らし、
木の中に響き渡る声で言い放った。
「ええか健太郎。
お前は“さらう”ことだけ考えとれ!」
健太郎は目を丸くした。
「そ、そんな……!」
凪が呆れたように言う。
「お父ちゃん、また無茶苦茶言いよる……でもその”無茶苦茶”って大体成功するけんな」
ほたるはにやにや笑っている。
武吉は胸を張った。
「作戦はこうじゃ!」
武吉は指を一本立てる。
「まず、わしが正面から因島に攻め込む!」
健太郎は青ざめた。
「攻め込む!?
因島村上は……あなたの親戚筋でしょう!?」
「そうじゃ! 親戚じゃ!」
武吉はなぜか誇らしげだ。
「じゃから死人は出さん!
わしが正面で大暴れして、
『村上武吉が怒鳴り込んできたぞー!』
と因島中が大騒ぎしとる間にな――」
武吉は健太郎を指差した。
「お前がこっそり桜をさらうんじゃ!!」
健太郎は口をぱくぱくさせた。
「そ、そんな……!
正面から攻撃などしたら、毛利が――」
「毛利なんぞ知るかい!!」
武吉は豪快に笑った。
「因島が毛利と組んで“警護衆”になったんは知っとる。
じゃがな、わしが正面から攻め込んで、
その裏でお前が桜をさらったら――」
武吉はにやりと笑い、指を鳴らした。
「吉充の顔は丸つぶれじゃ!!」
ほたるが吹き出した。
「うわぁ……性格悪ぅ……!」
凪も苦笑する。
「お父ちゃん、ほんまに毛利嫌いよね……」
行長は心の中で(いや、これ完全に戦争の火種やん……)と全力でツッコむ。
健太郎は頭を抱えた。
「武吉殿……そんなことをしたら……
毛利は因島を疑い、鹿之助殿の計画にも……!」
武吉は肩をすくめた。
「大丈夫じゃ。
“全部わしの独断じゃ!
警護衆になるのが気に食わんから”桜”をさらってやった"
と言うたら済む話よ」
「済みませんよ!!」
健太郎の悲鳴が木の中に響いた。
だが武吉は、まったく気にしていない。
「健太郎。
桜を助けたいんじゃろ?」
健太郎は、ぎゅっと拳を握りしめた。
「……はい……」
「なら、わしが道を作る。
お前は桜を連れて逃げるだけじゃ!」
武吉の言葉は、豪快で、無茶苦茶で、
だが――どこか温かかった。
健太郎は深く息を吸い、木の壁に手をかざした。
「……では、現実的に考えましょう。
私には――ミツバチと“視界を共有する魔法”があります」
その瞬間、木の壁が淡く光り、
表面が水面のように揺らぎ始めた。
凪が目を丸くする。
「わぁ……また先生、すごいことしよる……」
ほたるは腕を組んで感心したように言う。
「これ、完全に魔法やん……」
行長は(いや、これもう戦国じゃない……)と内心で震える。
健太郎は静かに呟いた。
「――行け。斥候蜂たち」
木の壁に、ふわりと映像が浮かび上がる。
デカ木島周辺の景色が――蜂の視界そのままに映し出されていく。
武吉がにやりと笑った。
「おお、便利なもんじゃのう!」
健太郎は真剣な表情で言った。
「蜂は空から島全体を見渡せます。
見張りの位置、巡回の時間、
そして桜殿の居場所……
すべて蜂の視界から読み取れます」
だが健太郎は、さらに深刻な顔をした。
「問題は……桜殿をどうやって船まで連れていくか、です」
武吉が胸を張る。
「そこはわしが正面で大暴れして、
因島中の目を全部わしに向けさせるんじゃ!」
健太郎は青ざめた。
「武吉殿……因島の当主・吉充殿はあなたの親戚でしょう……?」
武吉は鼻で笑った。
「親戚じゃ!
じゃがの――」
そして、にやりと口角を上げる。
「吉充の奴は昔から臆病なやつで気に食わん。
恐る恐る儂に書状を送ってきた位じゃけん、
怒り狂うとると思ぅて怖気づいとるじゃろうけんのう!」
ほたるが吹き出した。
「……こわぁ……!」
凪は呆れたように言う。
「お父ちゃん、吉充おじさん、結構良い人よ?」
武吉は構わず続けた。
「吉充は毛利に尻尾を振りすぎじゃて。
なんぼー毛利の後ろ盾があろうが、わしが正面から怒鳴り込んだら、
因島中が大騒ぎになる!
それで側室に来るはずの”桜”は行方不明!
吉充のメンツは丸つぶれじゃ!
毛利との関係も考え直すじゃろうて!!」
行長は(いやいやいや、嬉しそうに言うことじゃないやろ……)と心の中で全力でツッコむ。
健太郎は深く息を吐いた。
「……蜂の斥候で見張りの位置を把握し、
夜陰に紛れて桜殿を屋敷から連れ出し、
裏道を通って港へ向かう……
武吉殿が陽動してくだされば、
見張りの目はそちらに向くでしょう
後はどうやって死人を出さないようにするか.....」
健太郎は落ち着いた声で言った。
「そうだ、弥九郎さん。
あなたは“魔力”が見えていますよね?」
行長は固まった。
「……え?」
健太郎は静かに続けた。
「クリームを作れたのは、
魔力を捉えられる人だけです。
普通の人には見えません。
つまり――弥九郎さんは魔法が使えます」
ほたるが目を丸くした。
「えっ、弥九郎、魔法使いなん!?」
凪も驚く。
「すご……!」
行長は慌てて手を振った。
「ち、違いますよ!
僕はただ……なんか、光の筋みたいなのが見えるだけで……!」
健太郎は奥の部屋から薄茶色の半透明のものを持って来た。
「その光るものが魔力です。
実は以前、試作品として“音を増幅する魔道具”を作ったのですが、
これを使いましょう。拡声器と言うんです」
武吉が大喜びで拡声器を行長に押し付ける。
「ほれ! 試してみい!」
健太郎が簡単にレクチャーする。
「魔力をこの部分に集めてあとはここから声を出すだけです」
「魔力をあつめる?」
「この拡声器には魔力を充電してあります。
弥九郎さんは光で認識できているみたいなんで、
感覚的なものですけど、この光をここへ誘導していくんです」
ー光を感覚的に誘導ね...
半透明のボディーには中で光る気体のようなものが渦巻いている。
これを拡声器の口を近づける部分に誘導するように意識を集中してみると
光る気体はその部分に集まってきた
「そうです、そうそう、この状態になったら....何か話してください」
え?これで?
とりあえず、「あー」と言ってみると
次の瞬間――
木の壁がビリビリ震え、
行長の声が部屋中に響き渡った。
「うわあああああああああ!!」
凪が耳を押さえる。
「弥九郎、ほんまに声でかいって!」
ほたるは腹を抱えて笑う。
「これ、因島中に響くで……!」
武吉は満面の笑み。
「よっしゃあ!!
行長、お前は完璧じゃ!!
これで吉充は布団かぶって震え上がるわ!!」
行長は涙目で叫んだ。
「僕、目立ちたくないです!!」
魚屋にもとばっちりが来るかもしれない
だが武吉は完全に無視して、
どん、と床を踏み鳴らした。
「よし!!
ここからが本番じゃ!!
計画を発表する!!」
健太郎が姿勢を正す。
「お願いします、武吉殿」
武吉は指を一本立てた。
「まず――
夜の三つ時、因島の城壁の外に大砲をぶち込む!!」
行長が震える。
「やっぱり大砲撃つんですね……」
武吉は続ける。
「次に――
弥九郎が拡声器で、
“吉充ぅ!!お主の根性をたたき直すのに 能島の村上が来たぞォ!!”
と因島中に響かせる!!」
行長は泣きそうだ。
「なんで僕が……!」
凪が笑う。
「弥九郎、声通るしねぇ」
ほたるもにやにや。
「吉充さん、布団かぶって震えるでぇ」
武吉はさらに指を立てた。
「そして――
儂らぁが、港に人が来んように鉄砲や大砲でぶっ放す!!
“毛利の警護衆に成り下がった吉充を叩き起こしに来たぞォ!!”
と叫びながらのう!!」
健太郎は冷静に補足する。
「その間に私は裏道から桜殿を連れ出し、港へ向かいます。
蜂の斥候が示したルートなら、見張りを避けて移動できます」
武吉は満足げに頷いた。
「そうじゃ!!
儂が正面で暴れれば、
因島中の目は全部儂の船に向く!!」
行長は心の中で
(ああ、顔かくしとこ!覆面をすればどうってことない)
と密かな抵抗を考えていた
健太郎は拳を握りしめた。
「……桜殿を助けるためなら……
やるしかありません」
武吉は拳を突き上げた。
「よっしゃあ!!
桜略奪作戦、決行じゃ!!」




