龍を鎮める支度
孫市が尼崎の港に戻ったのは、夕刻の少し前だった。
海風に混じって、まだ若狭で浴びた水折の霊圧が微かに残っている気がした。
孫市の帰還をどこで知ったのか、冒険者組合の受付嬢がすぐに声をかける。
「詩乃殿が二階の会議室でお待ちです。」
孫市は受付嬢を手を広げて抱きかかえようとする。
「おお、誰かと思うたら、おうめやないか。会いたかったでぇ。」
おうめは孫市の抱きつきをするりと交わして冷たくあしらう。
「阿保なこと言うてんと早う行きや。」
さては、おりつに手を出した事がばれたか?いや、おせん?
しどろもどろになりながらも平静を装う。
孫市は例えそれで殴られようとも、刀で刺されようとも
しっかりと受け止める心構えは持っている。
これが孫市の”女道”だ。
「お、おう......行ってくるわ。」
たどたどしく階段を登り、会議室へ入る。
詩乃はすでに待っていた。
健司くんの巨大モニターが中央に据えられ、
その前で詩乃が腕を組んでいる。
「孫市様……若狭はどうでした?」
孫市は愛山護砲を肩から下ろし、深く息を吐いた。
「……地獄や。朝倉どころやないで。若狭で封印されとった龍が目覚めてもうてな。
兵も二十人ほど逝ってもうた。けど、元明も生きとる。
現地の寺で書物を漁って龍の倒し方考えちゃぁらよ。」
詩乃は頷き、健司モニターの前に立った。
「偵察隊の蜂が映像を送って来たので、会議をしていた所なんです。」
画面には弥九郎とほたる。光秀。健太郎。
そして蜂の送って来た映像の四つの窓が並んでいる。
詩乃が口を開いた。
「デカ木島と竹田城、そして月山富田城と繋がっています。
月山富田城の尼子勝久様は孫市様は初めてお会いになるかと思いますが、
デカ木島をお創りになったお方です。」
すると、窓の中の健太郎が頭を下げる。
「初めまして、孫市殿。お噂はこの出雲にまで届いております。
どうぞ、お見知りおきを。
私のことは健太郎とお呼びください。」
孫市は照れ臭そうに軽く返す。
「おう、よろしゅうに。」
すると、ほたるが口を挟む。
「おかしらぁ、健太郎さんの噂ってアレの事やないですかぁ?
照れる意味が分からんわぁ」
孫市はほたるに言い返す。
「阿保ぬかせ。せぇより、お前らぁはどうなんじゃ?」
「お前らぁって誰の事ですかぁ?」
すると、弥九郎が慌てて口を開く。
「わーわー。お師匠、そんなことより若狭どうなっとるんですか?」
孫市もふっと我に返る。
「せやせや、若狭や。龍が出て来てん。
若狭着いた途端、封印されとるはずの龍が暴れとっての、
元明が追い回されとってん。」
四つ目の窓に龍が元明と八重を乗せた蜘蛛を追い回している映像が映る。
光秀が腕を組んで静かに口を開く。
「この元明殿の後ろにいる方はどなたかな?」
「八重っちゅうねん。せやけど既に人や無いで。
あやかしの類や。元は人やけど、千年ほどあの姿らしいで。
霧を自由に操っての、昔龍を封印した一人やねん。」
孫市は愛山護砲を構える。
「わぇが龍にこれでドカンとくらわしてやったんやけど、無傷やったわ。
動きを止める事しかでけへん。
ほしたら今度はこっちの船に攻撃してきての、
船が全部やられてしもうた。」
龍が船を水刃で切り裂く映像が流れる。
真っ二つになる兵士もいる。
弥九郎が眉を寄せる。
「龍て......ほんまにおるやなんて」
光秀も組んだ右手で顔をなぞる。困った時によくする癖だ。
「封印されてたなら、また封印することはできぬのですかな?」
孫市は愛山護砲を机に置き、答える。
「それがなぁ、八重が今度は封印はでけへん言うねん。
封印した本人が言いよんねんから、そうなんやろなぁ。
今、元明と成願寺いうとこに手がかり見つけに行っとるわ。」
少し沈黙が流れ、健太郎が手を挙げた。
「そういえばみつきと凪殿が弥九郎殿とほたる殿に武具を作ると言ってましたね。
そろそろ出来たのではないでしょうか?」
弥九郎が驚く。
「え?という事は僕も龍と戦う?」
ほたるが拳を握る。
「そらぁ行かなあかんねぇ。」
健太郎が笑った。
「みつきは天才です。さらに凪殿も今ではみつきに追いついて来ています。
きっと良いものが出来ていると思いますよ?」
光秀が頷く。
「冒険者組合の武具は今までに見たことが無いものばかりじゃ。
ここは新開発の武具に期待しましょうぞ。
して、孫市殿、戦力は如何ほど追加したら良いと思われますかな?」
「あの龍は水の刃で広範囲に攻撃してくるさけ、
ぎょうさんおっても的になるだけや。
せぇでも百人ほどは欲しいな。全員蜘蛛かなんかに乗っとかなあかんで。
あとは、避難して来とる者も居ってな。
今は持って行った兵糧でなんとかなっちゃぁるが運び手も必要や。」
詩乃が帳面を見ながら言う。
「兵糧はもう少しで惣国連合の米が若狭に届くはずです。
それと摂津の追加で頂いている兵糧もありますが......
運ぶ手立てがございません。」
そこで弥九郎が手を挙げる。
「こっちの冒険者の運び手を手配します。
蟻隊二百も居れば良いですよね。」
健太郎も口を開く。
「こちらの兵百を山中鹿之助に率いさせ、出陣させましょう。
皆、蜘蛛に乗って行けます。」
光秀が頷く。
「これでそろったな。
木の道で赤間関から京に繋がる道が途中まで出来ているから、
海沿いを行くより
これを通って竹田城まで来てそこから尼崎へ向かえば
最短で合流出来る。」
デカ木島から月山富田城まで一直線で水平に伸びる道(デカ木富田街道)の
丁度真ん中あたりに中国山地の地下を東に真っすぐ行く道が竹田城のすぐ近くまで伸びていた。
詩乃がまとめる。
「つまり――全員尼崎に集合して孫市様と若狭へ向かう。
これが今回の作戦です。」
孫市が笑う。
「言うてしもうたら簡単な作戦やな。
そんで頼みは新しい武器と成願寺の巻物や。
ああ、京の藤孝殿にも手練れを送ってもらう事になっとるから
それで後は野となれ山となれやな。
ほな、行こか。若狭を救いに。」
全員が頷き、モニターの光が消えた。
若狭救援軍が、今ここに動き出した。
―――弥九郎視点――
随身の間──
デカ木島の最上階にある、冒険者組合の“武具開発室”。
健司くんに確認を取ると、みつきと凪が待っているというのでほたると共にやって来た。
『ひさしぶり!弥九郎。ほたる。近いのにね。』
みつきが笑っている。
凪は学校で冒険者を教えている帰りによく一緒にご飯を食べていたのに、
武具を作っていることなど知らなかった。
「驚かせちゃろうと思って黙っとったんよね。
魔力いうんを研究しとったら、ええ武器ができそうで
みつきちゃんに相談して一緒に作っとったんよ。
先ずはこれね。」
凪は黒い鞘を弥九郎へ差し出した。
大きさは短刀と変わらない。
これで龍と戦うには短くね?と思っていると
みつきが補足する。
『これは力作よ。健司くんが弥九郎たちは龍と戦うって聞いたから
絶対おすすめ。刀抜くときは前に何もないように気を付けてね。』
鞘を抜いてみるとやはり短剣だった。刀身は黄色い。
「う、うん......短いね。」
すると、凪が笑う。
「あははは。弥九郎の反応面白すぎ。魔力を少し込めるんよ。
弥九郎の魔力に合わせてあるから。こっち向けたらダメ。
誰もおらん方向けてや。」
よくわからないが魔力を少し込めてみると急に刀が大きくなった。
「うおっ!なんじゃこれ!」
刀身は2mくらいになり、ブーンと音を立てている。
重さは変わらない。
凪がどや顔で胸を張る。
「みつきちゃんがね、”らいとせえばあ”とか言い出して
わけわかんないから、”雷渡成敗”って名前にしたよ。」
「ら、らいとせいばい......分かった。」
と言うとみつきが笑い転げた。
『この刃に触れると感電して動きが止まるからね。』
凪が奥から鎧を台車に乗せてやってきた。
「よいしょっと。これは弥九郎用ってわけじゃないけど、
そのうち、みんなに配ろうと思っとるんよ。
まだ試作品だけど、使ってみて。」
台車に乗っているのは、全身すっぽりと覆いつくす感じの普通の鎧だ。
「顔まで覆うんやね」
兜を手に取ると、ズシリと重い。
「......重たくね?」
みつきが説明する
『これは魔動アシスト鎧よ。
着けて起動すると、めっちゃ速くて、めっちゃ力持ちになるよ。
着けてないと普通の鎧の3倍は重たいけど。』
凪も頷く。
「中の温度は常に快適だよ。動いて暑くなったら冷えるようになってる。
でも、これ着とったら誰か分からんけん、考え中なんじゃー。」
......着てから移動しようかな。
ほたるが手を挙げる。
「次はあっしの、あるんやろ?」
みつきが笑う。
『もちろんあるよ。...これ!。』
と、取り出したのは、銃身が短く、肩にぶら下げて使う感じの銃だ。
マシンガンの小さいものに見える。
ほたるが銃を手に取る。
「ん......重いねぇ。」
凪が説明する。
「これはここの切り替え装置をこっちに倒したら連射ができるようにしたんよ。」
ほたるは試撃ちの人形に向けて引き金を引いた。
すると、マシンガンのように弾が出て、人形は一瞬で粉々になる。
「すごぉい。弾は一体どうなってんのかしらぁ?」
みつきが答える。
『最近の鉄砲は全部弾要らないよね?
これは中で作っているのよ。空気で。
二酸化炭素っていう吐く息とかに含まれる空気を
冷やして魔力と共に圧縮すると弾が出来るんだよ。
それに少し熱を加えると爆発して飛んで行く仕組みなんだ。』
弾はまさかのドライアイスの硬いやつだったとは
凪がまた奥から台車に何か乗せてやって来る。
「ほんで、この前と後ろに付ける部品を装着すると、
射程が一里(約4km)にもなるよ。連射は出来んけどね。
ここ覗いたら遠くが見えるようになっとるけん。
でも、魔力を大量に消費するけん、この板で魔力を集めにゃぁいけんのんよ。
じゃけん、熊のタロウとジロウに持っとってもらわにゃいけんで。
タロウとジロウには言っとるけんな。
魔力を集めるんは坊さんがお経唱える時に
この板を坊さんに向けて集めるんが手っ取り早ええで。
ちょうど本願寺さんがおるらしいけん、えかろう。」
今度はみつきが布を持ってやって来た。
『ほたるの鎧はこれ!風紡の羽衣。』
真っ赤なビキニだ。それにスケスケの布!
ほたるが着ている処を想像するだけで鼻血が出そうである。
ほたるの顔が曇る。
「これぇ、ほとんど裸やんかぁ。
こんなん着て人前に出たらお嫁に行かれへんようになるやん。」
みつきは全く気にする事無く、説明を始める。
『これは気圧を感じることが出来るの。気圧っていうのは空気の重さね。
要するに風が重い方から軽い方の吹くから、それを感じることができるよ。
射程が長い銃を撃つ時は着ないとダメだよ。」
それでもほたるは渋る。
「えぇー、でもこんなん、刺されたらすぐ死にそうやわぁ。」
凪が困った顔で説明する。
「これ着ると、身体の周りに一寸程の空気の膜が出来るんよ。
じゃけん、刀も効かんし、鉄砲の弾も当たらんようになるけん、
恥ずかしいけど、着たほうがええで。」
「......命まもれるなら、しゃあないかなぁ」
ほたるは渋々受け取る。
これを着たほたるがいる前で本願寺の僧が読経に集中出来るかが問題だと思う......
凪はパンっと手を叩いて次に進む。
「後は鹿やんの装備ね。おいで。」
と凪に呼ばれて出てきたのは鹿の形をしたゴーレムだ。
「鹿やん専用に作りょうたんが出来たんよ。
鹿やんが”装飾”って言うたら鎧になるんよ。」
みつきが凪をからかう。
『結構前から鹿やん鹿やん言うて作り始めたもんね。
愛が詰まってるよ。」
凪は頬を染めてうつむく。
「もう......ちょうど魔力の適性が良かっただけじゃわ。
あと、鹿やんの槍ね。渡しといて。説明はしてるから。」
え、健司モニターで遠距離恋愛的な?やるなー鹿之助。
最後は黒い炎を纏った刀だ。
やっとまともに強そうなものが出て来たと思ったら、
京から来た手練れに渡すことになった。
でも、まあこれで何とか龍と戦う準備が出来たかな?
明日の朝早く出発なのでさっさと寝るか。
新開発の武具を輸送用の入れ物に入れて部屋へ戻った。




