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摂津の歯車がかみ合う時



―――荒木村重視点――



――次の日ー


池田城の門前に立った瞬間、

儂は胸の奥が“ざわっ”と冷たくなった。


門の前に立つ僧兵たちの装束──

見覚えがある。


(……安国寺の連中やないか。毛利の僧兵や。)


儂は思わず足を止めた。

「……なんや、これは。」


官兵衛が静かに言う。

「恵瓊殿が、すでに池田殿と話をしておられるようです。」


その瞬間、儂の中で何かが弾けた。

「はぁ!? 勝正が毛利と通じとるんか!?

 信長公の敵やぞ!! 裏切ったんか、あの男は!!」


胸の奥のなんやようわからん感情

――恐れ? が怒りという形に変わって噴き出した。

勝正が毛利に寝返ったら……ややこしいわ……!

摂津は割れるし、儂も巻き込まれる。信長公の心象も悪うなる。

儂は官兵衛の袖を掴んだ。

「おい官兵衛!なんで勝正は毛利と仲良うしとるんや!

 摂津を二つに割ってまう気か!!」


官兵衛は少しも動じず、儂の手をそっと外した。

「荒木殿。落ち着いてください。」


「落ち着けるかいな!!

 毛利と通じとるんやぞ!?これは裏切りや!!」


官兵衛は、儂の怒りの奥にある恐れを見抜いたように静かに言った。

「池田殿は裏切っておりません。」


「……なんで言い切れるんや。」


「もし池田殿が信長公を裏切るなら、

 毛利の兵を隠すはずです。

 門前に堂々と立たせるなど、裏切りのやり方ではありません。」


儂は息を呑んだ。

(……確かに。)


官兵衛は続けた。

「恵瓊殿は“惣国と毛利の橋”です。

 惣国は信長公とも毛利とも争わぬ。

 そのために、池田殿を“理”で繋ぎに来たのです。」


.…惣国は、信長か毛利かを選ばん――

その言葉が胸に落ちた。


官兵衛は、儂の肩に手を置いた。

「惣国は“争わぬ道”を選んでおります。

 信長公とも毛利とも敵対せず、どちらとも利を通じる。

 その緩衝地帯に摂津を入れるために、池田殿も必要なのです。」


怒りが、ゆっくりと胸の奥に沈んでいく。


……わしは、まだ“信長か毛利か”で物事を見とったんか。

 惣国は……そのどちらでもないんやな。


官兵衛が微笑んだ。

「さあ、中へ参りましょう。

 池田殿は裏切っておりません。

 むしろ――荒木殿が摂津を動かしたからこそ、

 毛利も惣国も動いているのです。」


儂は頷いた。

「……分かった。行こか、官兵衛。」


池田城の門が、静かに開いた。



池田城の廊下は、

外の光を吸い込んだように薄暗かった。


案内されて広間に入ると、

畳の中央に恵瓊が静かに座り、

その横で池田勝正が腕を組んでこちらを睨んでいた。


……勝正のやつ、やっぱ腹立つわ。なんであないに偉そうやねん。


勝正が口を開いた。

「おう、村重。よう来たな。

 ……で、なんで小寺の若造まで連れてきとるんや?」


官兵衛は一礼し、

落ち着いた声で答えた。

「勝正殿。三好の陣中でお目にかかって以来でございます。」


勝正は鼻で笑う。

「覚えとるわ。あの時の細い目の若造か。……で、今日は何の用や?」


儂は嘘でも”殿”つけとるのに、なんや?その言い草は。

こうなったら儂も呼び捨てや。思わず声が荒くなる。

「おう勝正。なんで毛利の坊主がお主の城におるんや?」

先ほどのやりとりで納得していたものの

つい、言うてしもうた。


勝正が口を開きかけたが、

恵瓊が手の平を向けて制し、微笑んだ。

「荒木殿。毛利は誰とも争う気はございませぬ。

 むしろ── “争わぬ道”を選ばれた惣国を支えるために参ったのです。」


恵瓊は儂の手を取り、続けた。

「信長公は摂津の安定を望んでおられるでしょう?

 お二人にもその意向は伝わっているのでは?

 惣国は信長公とも毛利とも争わぬ緩衝の地。

 それを摂津に広げるため、池田殿に会いに参ったのです。」


なんや、ねっとりとした物言いで、調子狂うわ。

恵瓊は続ける。

「信長公について、どちらかが摂津を纏めたとしましょうか?

 その先はどうなりますぅ?

 信長公は恐ろしい御方じゃない?

 この先ずっと顔色を伺いながら生きていかれるの?

 それよりも自分の領地をいかに豊かにしていくかを考えて

 自分で舵を切っていった方が良くは無くて?」


まさにそうじゃ。儂の恐れの正体はこれや。


勝正が腕を組み直し、こちらを見据えた。

「儂はまだその惣国連合とやらに加勢するには早計じゃと思うとる。

 まだ出来たばかりでようわからんからの。

 ……で、村重。おぬしは何をしに来た?」


ここまで言われてまだ分からんのか?頭の硬いやっちゃ。


このままこやつを無視して惣国を発展させて後悔させたろか

とも思うたが、官兵衛と目が合い、やはり勝正の”利”を説いてやることにした。

「ええか、よう聞けぇ。これは池田がどうとかいう話や無い。

 儂らぁは領地を守って戦うて、広げた先に富が付いてくると思うとった。

 じゃが、摂津そのもんが”利”を得て見ぃ。

 何もせんでも人が集まり豊かになっていくんや。

 ほしたら、争う必要が無うなるやろが。」


勝正の目が細くなる。

「寝言は寝て言えや。

 摂津そのもんが利を得るやて?税を上げたら余計廃れてまうわ。」


官兵衛が静かに口を開いた。

「勝正殿、税を上げる必要はございませぬ。

 むしろ下げても税収は増えまする。」


勝正は更に眉をひそめる。

「はぁ?おぬしらぁ、夢みたいなこと言うなや。」


官兵衛は地図を取り出す。

日ノ本の全体を描いた緻密な地図だ。

「尼崎に冒険者組合なるものが出来たのはご存じで?」


勝正は地図を覗き込みながら言う。

「うむ。こんなんがアマ(尼崎)に出来たおかげで少ぅし人が減っとう。

 まあ、また戻るやろうけどな」


官兵衛は木の道を扇子でなぞった。

「赤間関からこのように尼崎まで道が繋がり申した。

 冒険者を使えば一日とかかりませぬ。」

 

勝正は驚き、木の道をなぞっている。


アマから池田城に乗ってきた蜘蛛......確かにあの速さなら......。


官兵衛は更に尼崎から吹田へ扇子を滑らせた。

「尼崎から吹田に道が繋がって、ここへ惣国連合の本部が置かれます。」


勝正は食い入るように地図を見ている。

そこへ官兵衛が指で摂津をなぞる。

「尼崎から吹田、そして京へ行くとすると、

 池田殿の領地を通ることになります。

 今ここでこれを逃せば、

 このように木津川からの道が出来上がってしまいます。」


勝正は利には敏い。さすがにどんな阿呆でもここを通すことの意味は分かるやろ。

官兵衛は続ける。

「しかも、赤間関からほぼ一日かけてここまでやって来るのです。

 京には無理をすれば行けるでしょうが、

 京に入る前に一泊となると......」


「摂津か!」

勝正は叫んだ。


「はい。本願寺と同盟がなったとはいえ、やはり惣国内と同盟国では......」

官兵衛の言葉を遮り、勝正は話す。

「あいや、待たれぇ。 ......惣国連合に入り申す!」


全く調子の良いやつじゃわ。やっと気づきおった。


広間の空気が一変した。

恵瓊は静かに目を細め、

官兵衛はわずかに息を吐いた。


勝正は腕を組み直し、わざとらしく咳払いをした。

「……で、惣国連合とやらに入るとして、

 儂は何をすればええんや?」


なんや、急に“入ってやる側”の態度かい。

儂が呆れていると、

官兵衛が一歩前に出た。

「惣国連合としては尼崎から吹田へ抜ける“木の道”を通す許可をいただきたい。」


勝正は鼻を鳴らす。

「それだけかいな。それやったらお安い御用や。」


おいおい、さっきまで“惣国なんぞ知らん”言うてたやろ……


恵瓊が扇子を開き、柔らかい声で続けた。

「池田殿。これからは人がわんさかやって参るでしょう。

 だから受け入れの準備で忙しくなるわぁ。

 あ、名物なんかを作るのも、考えたほうがよろしいわ。」


勝正は顎をさすり、恵瓊をじろりと見た。

「……恵瓊殿よ。

 毛利は惣国とどういう関係なんや?」


恵瓊は微笑んだまま、一切の隙を見せぬ声で答えた。

「毛利は惣国と争いませぬ。

 惣国が栄えれば、毛利も栄える。

 そのような“利”の関係でございます。」


……こいつ、ほんまに口が達者やな。


勝正は腕を組み、儂の方を向いた。

「村重。おぬしは惣国に入っておるんか?」


儂は胸を張った。

「当たり前や。どうせならお主にもええ思いさしたろ思うてな。」


勝正はしばらく黙り、やがて大きく笑った。

「儂が入らんとお主の領地も潤わんからか

 まあ……おもろいやないか。

 戦わずに儲かる国、か。

 そんな夢みたいな話、嫌いやないで。」


官兵衛が静かに言葉を添える。

「夢ではございませぬ。

 尼崎の冒険者組合、木の道、円──

 すべてが現実に動いております。

 摂津が惣国に入れば、必ず今よりも発展いたしましょう。」


勝正の目が光った。

「……京へ行く者が、必ず摂津を通る。」


官兵衛は深く頷いた。

「その通りでございます。」


勝正は立ち上がり、大きく手を叩いた。

「よし!

 惣国連合、池田勝正──ここに加わる!!

 摂津は儂らぁでまとめたるわ!!」


……はぁ、調子の良いやっちゃ。いや、まあ、ええか。


恵瓊が静かに頭を下げる。

「惣国にとって、あなた様の加入は大きな力となりますわ。」


勝正は鼻を鳴らした。

「惣国がどうとかは知らんが──

 儂は儂の“利”のために動く。それだけや。」


官兵衛が微笑む。

「それで十分でございます。」


儂は思わず笑ってしまった。

ほんま、利に敏い男や。

せやけど──こういう男がおってこそ、摂津は動くんやろな。


こうして、

摂津は初めて“惣国”として一つに動き始めた。

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