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雅と国の狭間で



―――詩乃目線――


置塩城の南側──冒険者組合本部。


私は巻物を抱えたまま、木の道の床を踏みしめる。

(……吹田に本部を移動するとなると、先ずは引っ越しかぁ。)


会議で決まったことは山ほどある。

摂津の後方支援、本願寺との同盟、若狭攻めの段取り。

それらを“実務”に落とし込むのが、私の役目だ。

 

吹田にはまだ木の道が通っていないので接ぎ蜘蛛衆に来てもらい

尼崎から先の木の道を作って行く。

それと並行して惣国連合で作られた米と摂津から運び込まれた米を

若狭へ運ぶ段取りや引っ越しの荷物を纏めるために冒険者へ依頼を出す。


私は帳簿を開き、冒険者の受付嬢に声をかけた。


「本部が出来るまでは尼崎に荷物を運んでおいて。

 うちの米は氏家組で山陰から海路を使いましょう。」


先日、因幡の国衆で、特に海上勢力に優れた氏家氏が冒険者に加入した。

これにより、冒険者による益田組から三刀屋組、そして氏家組と

山陰の海上ルートが確立された。


「はい、詩乃様。惣国の“円”が浸透してから、氏家様も喜んでおいででした。」


(……円の効果、こんなに早く出るんや。)


未来知識で作った“通貨”が、認められ冒険者が広がっている。

胸が少しだけ熱くなる。


「それと、伊丹様より、軍糧の追加分が届きました。」


「ありがとうございます。尼崎の倉庫に回して、そこから本願寺へ。」


摂津が“後方支援軍”として動き始めた。

池田と荒木の争いを抑えつつ、

惣国連合の兵站を支える──

惟政殿の判断は正しかった。


(摂津が動けば、畿内は安定する。

 その上で若狭を取り戻せる……)


私は巻物を握りしめた。

そして準備の報告をするため、私は父、光秀の執務室へ向かった。

木の道の上を歩くたび、

自分が“惣国連合の一員”であることを思い知らされる。


父は地図を広げたまま、静かに私を迎えた。


「詩乃、準備はどうだ。」


「順調です。摂津も本願寺も動き始めました。

 後は……元明様が若狭国衆と会うだけです。」


父は頷き、地図の若狭へ指を置いた。

「戦は避けられぬ。だが、戦わずして勝つ道もある。

 そのための準備を、よくやってくれた。

 ......しかしなぁ、義景殿は民に優しく、領民には好かれておる。

 さらに、文化を一乗谷に繁栄させ、良い君主ではないかと思ってしまうのじゃ。

 若狭も影鏡殿が力尽くで治めているのには異を唱えておるようじゃ。」


私は軽く息を吸った。

(……お父様は、全部見えてるんやな。)

「ええ......。元明様も同じような事をおっしゃっておられました。


父は頷き、指を若狭から三国湊へ当てた。

「然らば、ここを本願寺が押さえてしまうと、朝倉は力を失い信長公に滅ぼされてしまうであろう。

 これが戦国の世。弱いものは土地を守ることが出来んといえばそれまでじゃが、

 そうなると惣国連合の理には反してしまう。」

 

三代にわたり一乗谷に文化を根付かせた朝倉氏。

その繁栄を武によって奪ってしまうのは如何なものか。

私は父がそのような考えを持っていることを感じ取り、胸が熱くなる。

「さすれば、惣国連合としては朝倉様が湊を独占せずとも力を失わぬよう

 調整をかければ良いのではないでしょうか?

 もちろん、朝倉様にその気があればの話ですが」


父は少し考えてからゆっくりと話す

「それを義景殿が良しとするか......じゃな。まあ、後の話か。

 元明にもそれとのう、伝えておいてくれるか?」


私は深く頭を下げた。

朝倉義景は山名祐豊とよく似ている。

なれば、文化の面でさらに一乗谷を発展させることは出来るのではないか?

そんな風に思えた。





―――茶々麿視点――


加賀の大地に足を踏み入れた瞬間、

僕は石山とはまるで違う空気を感じた。


湿った風。

遠くで響く太鼓。

田畑を耕す門徒衆の姿。

そして、武装した農民たちが道端に立ち、

こちらをじっと見ている。


(……これが“百姓の持ちたる国”、加賀。)


石山本願寺は宗教都市だったが、

加賀は“国”そのものが本願寺の勢力だ。

しかも、石山のように顕如上人が直接治めているわけではない。

門徒衆が自治し、

本願寺は“調整役”にすぎない。

(石山は惣国連合と同盟した。

 だが……加賀は本当に動いてくれるのか?)


頼旦が横で言う。

「茶々麿様、顔が固いですよ。」


「……固くもなるわ。

 加賀は石山とは違うんや。

 門徒衆が納得せんかったら、光佐上人でも動かせへんやろぉ。」


雷礼は石山に戻った。

声拡張の魔法を門徒衆に教えるためだ。

その不在が、余計に心細さを増す。


尾山御坊は、“野太い力”を放っていた。

農民も武士も僧侶も、皆が門徒。

皆が戦える。

皆が政治に参加する。


(……ここを動かすのは、容易ではない。)


御坊の奥へ案内されると、

光佐上人が静かに座していた。


顕如上人より柔らかい雰囲気だが、

その目は鋭い。

こちらの心の奥を見透かすような眼差し。

「遠路ご苦労であった、茶々麿。頼旦も久しいな。

 石山での働き、聞き及んでおるよ。」


私は深く頭を下げた。

「光佐上人。ご機嫌麗しゅう存じ上げます。

 此度は本願寺の行く末に、ご尽力を賜りたく、まかりこしました。」


「うむ。惣国連合とやらにかけおうとるらしいの。

 それで、どうなったのじゃ?」

話し方は柔らかいが、昔から、その”目"は苦手である。


「はい。石山は惣国連合と同盟を組むことに致しました。

 惣国連合は“理”を掲げ、日の下の争いを減らすために動いております。

 そこで、どうか……加賀もお力添えを。」


光佐は私をじっと見つめた。

「……そなた、石山とは違う加賀の気質を理解しておるか?」


喉がひりつく。

「加賀は、門徒衆が治める国。

 我ら坊官は“導く”ことはできても、“命じる”ことはできぬ。」


(……やはり、そうか。)

胸が重くなる。


光佐は懐から巻物を取り出した。

「これは兄上──其方の父君(顕如)から預かった文だ。

 惣国連合と同盟したなら、そなたが加賀へ来るであろうと。」


光佐は巻物を開き、読み上げた。

「三国湊を本願寺の勢力下に置くため、加賀門徒衆の協力を得よ。

惣国連合と共に、北陸の道を開け。」


僕は息を呑んだ。

(……父上は、ここまで見通していたのか。)


光佐は巻物を閉じ、私を見た。

「茶々麿よ。 そなたに頼みたいのは、

 “加賀を動かす言葉”だ。」


「……私に、ですか?」


「そうだ。加賀の門徒衆は、若い者の言葉に敏い。

 惣国連合と同盟する”理”を、そなたの口から語ってほしい。」


胸が熱くなる。

同時に、震えるほどの責任を感じた。


光佐は地図を広げた。

「三国湊は、越前と加賀の境。

 ここを押さえれば、

 一乗谷の補給線を断ち、朝倉は北から揺らぐことになろう。

 ここは朝倉義景を慕っておる者も大勢おってな。」


「……本願寺は、三国湊を獲るのは難しいということですか?」


「いや、獲ることは出来よう。しかし、続きはせぬ。

 そこで、惣国連合と共に治める形をして義景殿にそれを認めてもらうのだ。

 さすれば、加賀の門徒衆の納得も得よう。」


(……三国湊を奪っておいてそんなことを認めるでろうか。)


光佐は続けた。

「加賀は石山とは違う。

 だが、惣国連合の“理”は、加賀の民にも響くはずだ。」


頼旦が横で小さく頷いた。

「茶々麿様。ここが正念場ですな。」


僕は深く息を吸った。

(……石山が動いた。次は加賀だ。

 惣国連合と本願寺を繋ぐ役目、なんとか果たさんと。)


光佐は静かに言った。

「茶々麿よ。そなたの言葉で、加賀を動かしてみせよ。

 惣国連合と本願寺の未来は、そなたの肩にかかっておる。」


僕は深く頭を下げた。

「……必ずや。」


加賀の風は冷たかったが、胸の奥は熱く燃えていた。




―――朝倉影鏡視点――


三方の風は冷たい。

だが、私の胸の内はそれ以上に冷え切っていた。


(……また粟屋が兵を引いたか。)


報告を持ってきた家臣は、

私の顔を見るなり震え上がった。

「も、申し訳ございませぬ……

 粟屋殿は“兵糧が尽きた”と……」


「嘘だ。」

私は即答した。


粟屋は兵糧を隠している。

朝倉の支配が弱まれば、

いつでも反旗を翻すつもりなのだ。


(義景様……あなたの“優しさ”が、若狭を腐らせた。)


三方の城下を通ると、

農民たちがこちらを避けるように道を開ける。


(……私を恐れているのではない。朝倉を恐れているのだ。)


粟屋、逸見、熊谷

彼らは皆、

「元明こそ若狭の主」と思っている。


だが義景様は、

元明を“保護”という名の軟禁に置いた。


その矛盾が、若狭の空気を淀ませている。

(元明を殺せと言うなら殺す。

 戻せと言うなら戻す。だが……どちらもせぬとは。

 その上将軍の援軍に行かせてしもうたから、戻って来ぬではないか。)


義景様の優しさは、時に最も残酷だ。


家臣が続ける。

「影鏡様、熊谷殿の兵も“病が出た”と……」


「病ではない。怠けているだけだ。」

私は吐き捨てた。


三方の戦線は長い。

朝倉軍は疲弊し、国衆は不満を溜め、

民は朝倉を憎み始めている。


(……このままでは、若狭は崩れる。)


だが義景様は越前で連歌会を開き、

公家をもてなし、

“雅”を守ろうとしている。


その姿を思い浮かべると、

胸が締め付けられた。


(殿……私はあなたを嫌っているわけではない。

 だが、このままでは朝倉は滅ぶ。

 殿は良き御方よ。だが、良き御方だけでは国は保てぬ。)


私は義景様を裏切りたいわけではない。

むしろ、義景様の“雅”を守りたい。

だが、その雅が朝倉を滅ぼす。


(……私は、どうすればよいのだ。)


影鏡は強権的な男だと皆は言う。

だが本当は、義景様を守りたかっただけなのだ。

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