三者会盟
―――藤孝視点――
置塩城──惣国連合の心臓部。
西側には天空の茶室や執務室が並び、南側には冒険者組合本部と大きな会議室が木の道に抱かれるように造られている。
普段は冒険者たちの声が響く広いロビーも、今日は異様な静けさに包まれていた。
藤孝は、その静寂に含まれた“緊張の質”を敏感に感じ取っていた。
(……畿内の未来を決める場。
誰もがそれを理解しているということか。)
本部奥の会議室。
長い楕円の卓を中心に、各勢力の代表が静かに席につき始める。
藤孝は惟政の隣に控え、光秀の動きを見守った。
光秀は上座に座り、惣国連合の主催者として場を見渡す。
その右側には孫市・元明・詩乃。
左側には本願寺の茶々麿・頼旦・雷礼。
正面には摂津代表の和田惟政──その背を支えるように藤孝自身が座る。
(摂津、本願寺、惣国連合……三者が一堂に会するのは初めて。
この場を整えた光秀殿の胆力、見事なものよ。)
孫市は腕を組み、どこか楽しげに光秀を見ている。
元明は因幡の敗北を引きずっているのか、やや青い顔で俯いていた。
茶々麿は緊張を隠せず、頼旦は静かに周囲を観察し、雷礼は護衛としての警戒を解かない。
惟政は深く息を吸い、藤孝はその横顔に“覚悟”を読み取った。
光秀が席につき、卓の中央に置かれた巻物──信長の裁可状を軽く叩いた。
「……さて。摂津の未来を決める会談を始めよう。」
その一言で、室内の空気がわずかに震えた。
(信長公の裁可……これで惣国連合は、ただの寄り合いではなく“公認の政権”となる。
畿内の秩序は、今日を境に大きく動くことになろう。)
光秀は続けた。
「まずは、これを伝えねばならぬ。
惣国連合の本部を──吹田に置くこと。
これは信長公より正式に認可された。」
室内がざわめく。
藤孝は静かに頷いた。
(吹田……尼崎と堺を結ぶ要衝。
ここを押さえれば、摂津の物流は惣国の手に落ちる。
光秀殿、よくぞここまで整えられた。
それにしても惣国連合は急激に成長しておる。
ここら辺りで信長公の認可を得ねば、敵視されかねんからのう)
光秀はさらに告げる。
「加えて、吹田氏・茨木氏の惣国連合加入も、信長公が承認された。
これにより、北摂の安定は大きく前進する。」
詩乃が静かに補足する。
「吹田は尼崎と堺を結ぶ商流の要。
ここに本部を置くことで、摂津の争いを抑えることができますね。」
孫市が腕を組み、にやりと笑った。
「これで摂津の北は固まったわけや。」
(孫市殿の言は粗野に見えて、実に核心を突く。
摂津北部が固まれば、池田・荒木の争いも抑えやすい。)
光秀は惟政へ向き直った。
「惟政殿。摂津の均衡は、池田殿と荒木殿の争いで崩れつつある。
伊丹殿も板挟みで動けぬ。
そこで──惟政殿にも、惣国連合に加わっていただきたい。」
惟政は驚きに目を見開いた。
「……わしが、惣国連合に……?」
藤孝は静かに口を開いた。
「惟政殿。摂津を守れるのは、もはや惣国連合しかない。
池田殿は焦り、荒木殿は野心を燃やし、
伊丹殿は商人衆を守るために惣国の理を求めておる。」
(惟政殿は摂津の“調停者”。
彼が惣国に入れば、摂津は戦火から遠ざかる。)
詩乃も続ける。
「ここまできたら伊丹殿にも、“ぜひ惣国に加わるべき”とお誘いしていただきとうございます。」
惟政は深く息を吸い、
長い沈黙の後、静かに頷いた。
「……摂津の民を守れるのならば わしは惣国連合に加わりましょう。
伊丹殿も嫌とは申しますまい。」
孫市が満足げに笑い、元明も安堵の息を吐いた。
光秀は摂津の議題を締めくくると、静かに本願寺側へ視線を移した。
「……さて。本願寺殿。
惣国連合の動きについて、そなたらの御意見を伺いたい。」
茶々麿は一瞬だけ息を呑んだ。
若い身で、この場で発言する重さを理解しているのだろう。
しかし、光秀に促されたことで覚悟が定まり、
ゆっくりと席を立った。
(――光秀殿、よい采配。
先ずは本願寺が何のために来たのか......これを聞かぬことには今後の方針も決めにくいからの)
茶々麿は大きく息を吸い、一気に言い放った。
「我らは、惣国連合と同盟を結べたら良いのではないかと思うてやって参りました。」
会議室の空気がわずかに動いた。
藤孝は茶々麿の言葉に静かに頷いた。
(本願寺が惣国と結ぶ……これは大きい。
宗教勢力が惣国の“理”を認めるのは、畿内にとって大きな転換点。)
光秀は穏やかに続きを促した。
茶々麿は胸に手を当て、言葉を続けた。
「本願寺は武力を持っておりますが、根はあくまで教義を追求する自治の組織。
争いを望むものではございません。
惣国連合の“理”は、争いを減らすためのもの。
尼崎の発展を見て、我らもその力を感じました。
ゆえに──
惣国連合と本願寺の同盟を、ここに願い出ます。」
詩乃が静かに口を開いた。
「……同盟というのは、
本願寺様が惣国連合に加入されるということではありませんよね。
どういった同盟になさいますか?」
頼旦が手を上げた。
「詩乃殿……本願寺は宗教の場。
惣国連合に“加入”となれば、教義の自由が揺らぎかねませぬ。
然れども冒険者を受け入れ、共に日の下の安定を計ることは出来ましょう」
雷礼も続く
「具体的には我らの領地にも円を流通させ、石山に冒険者支部を置き、
門徒衆にも冒険者になる事を推奨しようという事です。」
(……見事な提案だ。
本願寺は惣国の“理”を取り入れつつ、宗教的自治を守る。
双方にとって最良の形。)
惟政が感心した風に頷く
「ほう、石山を冒険者に開放されるというのですか?
本願寺殿は摂津の民心を支える柱。
惣国連合に丸ごと入るのは、さすがに無理がありましょうが
このような連携はできそうですな」
茶々麿はさらに踏み込んだ。
「更に我らは朝倉を同時に攻める案を持っております。
三国湊に一揆を起こし、更に加賀から兵を南下させます。
同時に惣国連合から若狭に攻め入れば義景は一乗谷に籠るしかあらへんでしょう。
若狭の武田家とも利が一致するはず。」
(……本願寺はここまで考えていたか。
朝倉包囲網が完成するわい。)
元明が静かに頷く。
「若狭を取り戻し、惣国連合の一部になることは私の悲願ですので、
本願寺さんが協力してくださるのはありがたいですわ。」
孫市が腕を組んだまま光秀の方を見る。
「茶々麿は軽ぅ言うとるが、実際若狭を攻めるんは骨が折れるで。
摂津が混乱しちゃぁら、難しゅうあらへんか?」
光秀は頷き、
「ふむ。摂津の安定なくして、若狭への道はひらけぬ......か」
と言い、惟政に視線を向けた。
「惟政殿。摂津の国衆を、朝倉攻めにどう関わらせるべきか。」
惟政は腕を組み、慎重に言葉を選んだ。
「摂津の国衆は……前線には出せませぬ。
池田殿と荒木殿の争いが再燃すれば、背後を突かれます。」
茶々麿が眉を寄せる。
「では、どうすれば……?」
惟政は静かに答えた。
「後方支援ならば可能です。
尼崎・伊丹・吹田の物流を惣国連合が掌握し、
軍糧・武具・兵站を摂津が担う。」
藤孝は頷いた。
(惟政殿……見事な判断。
摂津を戦場にせず、しかし功を得る道を示した。)
「摂津を戦場にせず、軍功も得られる。
本願寺殿にとっても悪くないはず。」
頼旦が目を見開く。
「……それならば、朝倉攻めの兵站が安定する。」
孫市が笑う。
「そら、ええわぁ。摂津の国衆の惣国連合での初仕事やよ。
心配せんでええ。雑賀の者と元明んとこも出てやるさけ。」
元明は立ち上がりる。
「もちろんです。アニキが来てくれるんやったら、怖いもんはありません。
なんせ、自分とこなんで。」
茶々麿はしばらく考え、静かに頷いた。
「……承知いたしました。
摂津は後方支援、我らは共に前線に立ちましょう。」
孫市は組んでいた腕をほどき、一歩前へ出た。
「せや。後は若狭の者にバーンと元明の帰還を知らせる案は考えたかえ?」
茶々麿は雷礼と目を合わせ、頷く。
「はい。競鳥んとこで声を大きくしてる魔法ありましたやろ?
あれを本願寺の魔法兵も使おう思うとります。」
雷礼が続ける
「あの魔法は解析しましたので、帰って魔力の素養がある者に教えるのみでございます。」
(……本願寺は魔法まで使うか。 宗教勢力の枠を超えつつあるな。)
詩乃が驚く
「本願寺様も魔法をお使いになるのですね。しかも解析まで。」
孫市は席に着き、天井を仰いだ。
「......然らば、何とかなるやろう。よし、光秀殿、若狭をこ奴(元明)に戻してやるか」
光秀は静かに頷き、卓上の地図を広げた。
「では──惣国連合としての方針を示す。」
全員が身を乗り出す。
「摂津国衆は、惣国連合の“後方支援軍”として編成する。
尼崎・伊丹・吹田を拠点に、軍糧・武具・兵站・輸送を一手に担ってもらう。」
孫市が補足する。
「惣国の“円”を摂津に流し、物資を買い上げる。
摂津は戦わずして利益を得られるわけや。」
藤孝も頷き地図を指し示した。
「若狭に攻め入るときは、このように我が領地を通ればよろしかろ。」
元明が地図を見つめながら言う。
「そこで我らが小浜を落とします。
と言うても朝倉影鏡は三方方面に出ているので
粟屋と逸見と熊谷がいやいや従うているだけにございますれば、
私が兵を挙げ、戻ってきた言うたら、こちら側に戻ってくると思います」
そこで詩乃が手を挙げる。
「ちょっとお待ちください。その三名には事前に通達しておけば
無用な混乱は無くなるんではないでしょうか?
しかも三方方面に出ているという事はほとんど逸見さんと敵対しているということですよね?
ならば元明様がお三方と秘密裏にお会いになるのがよろしいかと」
藤孝は深く頷いた。
(若狭武田の旧臣たち……粟屋、逸見、熊谷。
いずれも朝倉に心から従ってはおらぬ。元明殿が動けば、必ず応じよう。
若狭国衆は“勝ち馬”を見極める。元明殿が先に動けば、朝倉は崩れる。
なるほど……詩乃殿はよく見ておられる。)
「それは良い考えですな。冒険者を使えば闇に紛れ若狭まで行くのは最早難しい事ではござらん。」
孫市は壁にもたれて腕を組みなおす
「なるほどのぅ。流石詩乃殿や。ほしたら戦わんでも小浜は獲れるっちゅう訳や。
そんで三方で陣張っとる影鏡を逸見と一緒に挟撃しちゃぁら、簡単やんけ。」
頼旦も頷く。
「我らも三国湊に集中できますな。」
光秀は最後に惟政へ視線を向けた。
「惟政殿。摂津は戦場にせぬ。
しかし摂津の力は、畿内を救う柱となる。」
惟政は深く頭を下げた。
「……惣国連合の一員として、摂津はその役目を果たしましょう。」
光秀は静かに頷き、会談を締めくくった。
「では──惣国連合・本願寺・摂津。
三者の協力のもと、畿内の未来を切り開こう。」
藤孝は静かに目を閉じた。
(……これで畿内は動く。
惣国連合は、もはや一つの“国”となりつつある。)
会議室の空気が、確かな方向へと動き始めるのだった。




