因幡春湖杯、策謀の幕開け
播磨を見下ろす置塩城。
ここは赤松政秀の居城だが、地理的に惣国連合の真ん中にあるため惣国連合の本部が置かれている。
ここ播磨の山の中では山椒が沢山出来、鹿肉を煮込んで作る山椒鍋が名物になっている。
置塩本店ではその山椒鍋を囲み、孫市と本願寺の僧侶が3名が話をしている。
孫市は雑賀衆として本願寺とは切っても切れない縁で繋がっており、
信長の勢力とは犬猿の仲である。
しかし、孫市の想い人である詩乃は困ったことに、信長に近しい明智光秀の娘だった。
ところが、風向きが変わり、光秀が信長より独立してそうなこの状況で
本願寺が惣国連合と手を結ぶことは是非ともかなえたいという思惑がある。
そのために、茶々麿、頼旦、雷礼に惣国連合の宣伝をすることを思いついた。
山椒鍋はその一つである。
店内は冒険者と武士でごった返し、
山椒の香りが鼻をくすぐる。
茶々麿は周囲を見回し、目を輝かせた。
「……ええなぁ、この活気。
惣国連合、ただの寄り合いやないわ。」
雷礼は静かに頷きつつも、眉を寄せる。
「冒険者が多いようですな。
彼らは本願寺の教線に属さぬ者ばかり……扱いが難しゅうございます。」
頼旦はにやりと笑い、雷礼の背中を軽く叩いた。
「まあまあ、まずは孫市殿から話を聞こうやないか。
惣国連合をまとめとる明智光秀殿……どんな男ですかの?」
孫市は席に腰を下ろし、酒を注ぎながら肩をすくめた。
「光秀殿か? あれは……まあ、信長の家臣いうより、
“惣国の頭領”やな。
信長の顔色伺うより、自分の道を通す男や。」
茶々麿が扇子をぱちんと鳴らす。
「ほぉ……信長の手を離れつつある、と?」
「まあ、そういうこっちゃ。」
孫市は鹿肉を箸でつまみ、山椒の香りを楽しむように鼻を鳴らした。
「それにな、惣国連合は冒険者がおらんと回らん。
木の道も、物流も、魔法も、全部あいつらが担っとる。
最近な、雑賀衆も冒険者になれば、しがらみが減って動きやすなるなぁと思うとるところや。」
雷礼が目を細める。
「……雑賀衆を、冒険者に?」
「せや。今までも傭兵で兵動かしとったのを、
冒険者の仕事にしてしもぉたら、わぇも楽やさけなぁ。」
茶々麿は興味深そうに身を乗り出した。
「冒険者……どんなことをしとるんや?
魔法使いもおるんやろ?」
「おるおる。
魔法使いも、剣士も、虫や鳥もな。
尼崎から置塩まで一刻で来たやろ?
あれも全部、冒険者の仕事や。」
頼旦が酒を口に運びながら、ふと視線を上げた。
「ところで孫市殿。
門番で話しておった娘……詩乃殿と言うておったが、
あれは光秀殿の娘か何かかな?」
箸を動かしていた孫市の手が、ぴたりと止まった。
一瞬だけ天井を見上げ、ため息のように言う。
「……まあ、そうや。
光秀殿の娘で、惣国連合の“顔”みたいなもんや。
あの子がおるから、わしもここに居る。」
その反応を見逃す雷礼ではない。
僧侶らしい冷ややかな目で、静かに刺す。
「またですか。
まったく、あなたの色欲は浄土でも治らぬかもしれませぬな。」
孫市は手のひらを雷礼に向け、胸を押さえた。
「違う。今回のは違うんや。
お主にはわからんであろうなぁ……
それこそ浄土へ参られてもな。」
茶々麿が扇子をぱちんと鳴らし、にやりと笑う。
「なるほどなぁ。
孫市どんが惣国に肩入れしとる理由、ようわかったわ。」
孫市は照れ隠しのように酒をあおり、
山椒鍋をぐつぐつと混ぜた。
「まあ、惣国連合は悪いとこやない。
光秀殿も山名も赤松も、
“信長の下”やなく、“自分らで”国を作ろうとしとる。」
そのとき――。
「アニキ! お疲れさんです‼」
勢いよく暖簾をくぐってきた若武者がいた。
武田元明である。頬を紅潮させ、息を弾ませている。
「ここにいると聞いたさけ、急いで来ましたんや。
なんでも、光秀様が明日、京へ行かんならん用事が出来たらしゅうて、
面会は夕方にしてほしい、言うてはりました。」
雷礼が眉をひそめる。
「……また変なのが。
惣国連合は、阿呆者ばかりですか?」
「ん? どういうこっちゃ?」
孫市が尋ねると、雷礼は淡々と告げた。
「孫市殿を“アニキ”と呼ぶ時点で阿呆者で御座いましょう。」
「言うたな!」
「何度でもわからせるのが、この雷礼の務め。
あきらめるものですか。」
茶々麿と頼旦はまたかと同時にため息をついた。
「ところでこちらは?」
頼旦が話題を変える。
元明は姿勢を正し、深く頭を下げた。
「申し遅れました。若狭の武田元明というもんにございます。
今は本国寺が攻められた時、将軍様の援軍に来て、そのまま惣国連合に身を置いとります。」
「わははは!
若狭は朝倉に取られてしもうとるからのぅ。」
孫市が豪快に笑う。
茶々麿と頼旦は顔を見合わせ、同時に言った。
「「あー。」」
元明がきょとんとする。
「え、なにか?」
茶々麿は扇子を広げ、ゆっくりと笑った。
「元明殿。
若狭を取り戻したくはないです?」
元明は孫市から渡された杯を一気に飲み干した。
「そりゃあ、取り戻したいに決まっとります!
わしは若狭武田の当主やし。
けどですね……名目上は“保護”っちゅう形で朝倉に囲われとるんや。
将軍様の援軍やったら出られたけど、
帰ったらまた幽閉されてまうんやさ。」
朝倉義景は“保護”の名目で元明を囲い込み、
若狭を実質支配しているのだ。
頼旦がにやりと笑う。
「武田殿。
若狭を取り戻す手伝いを、本願寺が用意しているとしたら……どうしますか?」
孫市が杯を煽り、頼旦へ身を乗り出す。
「おもろいことになってきたやないか。
詳しく聞かせぇや。」
茶々麿は三国湊を奪取する策と、
若狭へ乗り込む算段を語り始めた。
孫市は黙って聞き、やがて杯を置いた。
「若狭は朝倉にとって、越前と京を結ぶ要や。
影鏡が力入れて守っとる。
三国湊が混乱しちゃぁら援軍は来ぅへんやろうけど……手強いで。」
茶々麿は胸を扇子で叩き、にやりと笑う。
「本願寺もじっとしてたわけやないんやで。
高野山から魔法を教わってん。
魔法使える兵が三百ほど居てるんや。
これで足らんかったら、門徒衆を揃えたらどうやろ?」
孫市は腕を組み、唸った。
「元明の兵二百、雑賀衆百、本願寺三百で小浜を叩いても……
うまくいっても後が続かん。惣国連合に兵を借るとしてもや。
……待てよ。」
孫市の目が細くなる。
「元明が帰ってきたと、国衆にバーンと知らせたったら、
五百から千くらいは集まって来るかもしれへん。」
雷礼が静かに言う。
「では――どうやって国衆に“バーン”と知らせるか、ですね。」
その顔は、なぜか楽しそうだった。
孫市は鍋の湯気越しに三人を見た。
「ほんならバーンと知らせる手立ては考えぇや。
明日はせっかくやし、アヒルの競鳥にでも行こか。
惣国連合はこないにやって資金稼いどるっちゅうんを見せたるわい。」
山椒の香りが立ち上り、
置塩の夜は、静かに、しかし確実に動き始めていた。
――翌日。
茶々麿たちは孫市とともに、因幡の湖山池へとやって来た。
湖畔には、すでに人、人、人。
屋台の香りと歓声が入り混じり、春の風すら熱気を帯びている。
「いや〜、今日は因幡春湖杯なんで、どこも人でいっぱいですねぇ!」
元明が胸を張って言うと、孫市は眉をひそめた。
「お前を呼んだ覚えは無いんやけどな。」
「アニキの行く所、この武田元明、地獄の果てまでお供いたします。」
元明は上機嫌で、孫市は呆れながらも笑っていた。
湖山池では二日に一度、アヒルの競鳥が行われる。
だが、春夏秋冬に一度ずつ開かれる“四大祭”は別格だ。
今日はその開幕戦――因幡春湖杯。
冒険者協会の運搬は予約で満杯。
そこで孫市が「本願寺の大事な接待や」と言い張り、
惣国連合が雇う“緊急用のカラス冒険者”に運ばせてきたのだ。
元明は慣れた様子で案内を続ける。
「ここが試合場っす。鳥たちの勝負は“レース”って言いまして、
ここで予想札を買うんです。
中でも一番と二番を当てる鳥連が最高なんすよ!」
湖面を見ると、十羽のアヒルが競道へと姿を現した。
「お待たせしました!
布勢天神山城名物、アヒルのレース!
春の大祭――因幡春湖杯の時間になりました!!」
魔法で拡声された声が湖畔に響き渡り、
観客席から大歓声が巻き起こる。
元明は右手を突き上げて叫んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
孫市は笑いながら茶々麿たちに説明する。
「なぁ? すごい熱気やろ。
ひと札百円で買えて、当たった者で売り上げの七割を山分けや。
三割は山名家の取り分。
どいつが勝っても金が入る。
これが惣国連合の打ち出の小槌いうわけや。
山名豊国も武田高信に鳥取城を追われて沈んでおったが
この競鳥で息を吹き返しとるわ」
頼旦が感心したように頷く。
「たしかに、蓮如様が民衆に説法するときも、こないな熱気にまではならへん。」
豊国は鳥取城を追われ、布勢天神山城に引きこもっていた。
だが、跡取りの直兼が冒険者となり競鳥を始めてからというもの、
今や鳥取城よりもこちらの方が栄えている。
「そして本日の人気一番――春風丸でございます!」
紹介の声が響くと、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
確かに、春風丸は胸板が厚く、羽艶も見事だ。
元明は興奮を抑えきれない。
「おおおおお! 春風丸ー!
でも白羽の景清も捨てがたいんよなぁ!」
全アヒルが競道入りし、いったん休憩に入る。
「さぁ、今のうちに札を買ってきましょう!」
元明は走って札売り場へ向かった。
茶々麿はあえて人気の春風丸を外し、
因幡の白兎丸を軸に鳥連を購入。
頼旦は名前が気に入ったと、
白羽の景清を単勝で一点買い。
雷礼は花霞 × 小鴨左近の鳥連。
孫市は白兎丸 × 景清に二十万円。
元明は
春風丸単勝に二十万
景清単勝に十万
さらに二羽の鳥連に三十万
完全に本気である。
そしてレースが始まる。
先頭は桜波。
続いて湖ノ若武者、花霞、桃影、小鴨左近。
中盤で因幡の白兎丸がぐいっと押し上がる。
そして最後の曲がり角――
春風丸が、まるで風そのもののようにまくってきた。
最終直線。
小鴨左近、白兎丸、春風丸、景清が団子状態で着き所へ飛び込む。
勝敗は映像判定へ。
ざわつく会場。
巨大なモニターに映像が映し出される。
「一着は……
因幡の白兎丸!!
二着、白羽の景清!」
その瞬間、湖山池が揺れた。
歓声、悲鳴、笑い声。
あらゆる感情が渦巻く中――
元明は、
灰になっていた。




