惣国連合への道
畳の上に広げられた分厚い報告書を、茶々麿がぱたんと閉じた。
薄い笑みを浮かべながらも、その目は獲物を見つけた狐のように鋭い。
「……面白い。惣国連合、これはただの寄り合い所帯やない。
冒険者いう新しい力を抱えとる。しかも、あの明智光秀がまとめ役や」
雷礼が眉をひそめる。
「茶々麿殿、軽々に惣国と手を結ぶのは危険です。
播磨・但馬・因幡……どれも織田と毛利の狭間。火薬庫の上に座るようなもの」
頼照も静かに頷いた。
「冒険者という得体の知れぬ者らを引き入れるのも、いささか……。
彼らは本願寺の教線に従う者ではありません」
茶々麿は扇子をぱちんと鳴らす。
「だからええんや。
門徒衆だけでは信長に対抗しきれん。
高野山と組んで魔法使い増やしても、まだ足りん。
惣国連合の冒険者を味方につけたら、戦の形が変わるで」
慎重派の二人が口をつぐむ中、頼旦が報告書を手に取り、にやりと笑った。
「わしは賛成じゃ。 この連合、侮れん。
山名、赤松、一色、……将軍のお墨付きで纏まるいうことや。
特に西の方の物流は冒険者がおらんと始まらんそうな。」
蓮如がゆっくりと茶をすすり、静かに口を開いた。
「……茶々麿。 そなたは惣国と手を結ぶべきと申すか」
「はい。 しかも、ただの同盟やない。
若狭を取り戻す策を持っていけば、向こうも乗ってきます」
雷礼が目を見開く。
「若狭……朝倉の領地を、ですか」
「せや。
石山と加賀と惣国連合が協力して朝倉を攻める。
こっちは朝倉の三国湊まで一揆をおこして、加賀から兵を南下させる。
そんで、三国湊まで自治区にしてしもうたらええやん?
惣国連合は若狭を取る。
同時に石山から魔法兵を援軍で向かわせれば魔法兵の実力も測れるし、
そうすれば、朝倉もひとたまりもないやろう。
んで、若狭は――」
茶々麿は扇子で報告書の一行を叩いた。
「武田元明に治めさせる。
あの若狭武田の若は領地も後ろ盾も朝倉に取られてしもうて
今は惣国連合に居るらしんよ。
本願寺が手を貸す言えば、恩義を感じる思うで。」
頼照が低く唸る。
「……大胆すぎる策ですな」
「大胆でええんよ。
なんせ――」
茶々麿は声を潜めた。
「孫市どんが惣国に協力しとるらしい。
あの男が動くなら、戦の流れは変わる」
雷礼と頼照が顔を見合わせる。
蓮如はしばし沈黙し、やがて深く頷いた。
「……よかろう。惣国連合と会うてこい。
明智光秀がどれほどの器か、その目で確かめるがよかろう。」
茶々麿は満面の笑みを浮かべた。
「承知しました。 惣国連合の置塩城へ行って、話まとめてくるわ。
頼旦も行くやろ?」
頼旦が立ち上がり、茶々麿の肩を軽く叩く。
「もちろんですじゃ。茶々麿様一人で行かれましては
どのような話になってしまうのかと夜も眠れませぬ。」
「それには同意いたしまする。更には頼旦殿だけでは後の尻ぬぐいが大変になる故、
今回は私も同行させていただきます。」
雷礼は茶々麿と頼旦を見据えて言う。
頼旦に任すと適当な取り決めでなあなあになり、
細かい尻ぬぐい等は大体雷礼に回って来るので、最初から同行するつもりである。
茶々麿と頼旦は互いに目を合わせて不服そうだが頼照はコクコクと頷いている。
蓮如が三人を見据えながら静かに言った。
「……惣国連合との同盟が成れば、信長がどう出るか予想も出来ぬが、
それもまた“道”の一つよ」
茶々麿は振り返り、にやりと笑う。
「道なら、僕らぁが切り開いたらええんや」
本願寺の空気が、わずかに揺れた。
惣国連合と本願寺――
新たな同盟の火種が、静かに灯った。
石山からの船が尼崎の湊へ近づくにつれ、
茶々麿は胸の奥がざわつくのを抑えられなかった。
海の上に――壁があった。
いや、壁ではない。
木だ。
船から見ると海の上にあるように見えるが、
近づくと海岸からそそり立つ巨大な木の壁が、
延々と西へ、明石の方角へ伸びているのがわかる。
「……なんだ、あれは」
頼旦が呟く。
雷礼は目を細め、風に揺れる枝の影を追った。
木の壁はただの板ではない。
幹が絡み合い、枝が編まれ、
まるで大陸そのものが生きているかのように、
ゆっくりと脈動している。
その木の壁から、一本だけ異様に太い幹が
尼崎の湊へ向かって伸びていた。
まるで海から生えた巨木。
その根元には、ぽっかりと洞が開き、
洞の上には 「以和為貴」 の旗が揺れている。
「……あれが、木の道か」
茶々麿は息を呑んだ。
木の壁は海沿いに延び、
明石を越え、さらに西へ――
置塩城の方角へと続いている。
「尼崎まで来れば、一刻で置塩に着くという話、
あながち嘘じゃなかったりして……」
頼旦が苦笑する。
船が湊に着くと、
巨木の根元に掲げられた看板が目に入った。
《冒険者組合 尼崎支部》
入口の洞の中へ足を踏み入れた瞬間、
茶々麿は思わず立ち止まった。
中は――部屋だった。
木の内部とは思えないほど広く、
天井には月の欠片が埋め込まれ、光がこうこうと降り注ぎ、
冒険者たちが行き交っている。
武具の音、笑い声、依頼の呼び声。
まるで湊の喧騒がそのまま木の中に移り住んだようだ。
受付に向かうと、
若い受付嬢がにこやかに頭を下げた。
「置塩城までですね? 一番早いのは蜘蛛になります。
少々お待ちを。」
「……蜘蛛?」
聞き返す間もなく、受付嬢は後ろの部屋へ入って行った。
間もなく背後で“ドスン”と重い音が響いた。
振り返ると、
馬より大きな黒い蜘蛛が三体、静かに三人を見下ろしていた。
八つの目が光り、
脚はしなやかに曲がり、
背には人が乗れる鞍。
「この冒険者が置塩までお送りします」
受付嬢が戻って来て、説明をした。
料金は一人100文!
以前は船で二、三日かけて2貫(2,000文)はしていた。
茶々麿は言葉を失い、
雷礼は半歩下がり、
頼旦は無表情のまま固まっている。
「……なんやそれ?馬の草代ほどでごさいますな」
雷礼が何とか言葉を絞り出す
「やはり一刻で着くって言うてますな」
頼旦も噂で聞いたことが本当だったと驚いている。
「怪しゅう御座います。危険ではないでしょうか。やはり船で行くべきでは?」
雷礼は安すぎて逆に心配している
蜘蛛は静かに身を低くし、
三人が乗りやすいように脚を折った。
「ここまで来たんや。乗るしかないやろ。」
茶々麿は腹を括った。
「……よし、参りましょう。惣国連合の本部へ」
頼旦は静かに言っているが嬉しそうにソワソワしているのが丸わかりだ。
三人が背に跨がると、
蜘蛛は音もなく立ち上がり、
木の道へと駆け出した。
海沿いに延びる木の壁が、
風を切って後ろへ流れていく。
――置塩城まで、わずか二時間。
茶々麿は、ただ呆然と空を見つめるしかなかった。
置塩城の門前は、昼下がりの暖かい日差しがさしていた。
門兵と話していた若い女子が、こちらに気づいてぱっと顔を上げる。
「ようこそ! 置塩城へ!
……これ、一度言ってみたかったんです!」
満面の笑みで頭を下げるその姿に、茶々麿は思わず苦笑した。
雷礼が前に出て、いつもの調子で淡々と名乗る。
「本願寺から参りました。顕如の使いで御座います。
明智殿と面会をお願いしたく――」
「おう、茶々麿やないけ。それに雷礼よ。相変わらず辛気臭い挨拶しよんのう。」
背後から聞き慣れた声が割り込んだ。
振り返ると、陽の光を背に受けて孫市が立っていた。
肩で笑いながら、頼旦の方へ顎をしゃくる。
「顕如上人も惣国連合に興味を持たれたと見てもええんかいのぅ?
いや、なに、わぇも様子見ぃとったら、成り行きでのぅ……」
孫市は軽く手を振りながら続ける。
「やけんど、光秀殿は今日は接客中や。
明日一番に会うように言うといたる。
さけ、今日は飲みにでも行こうやないけ。」
そして門前の女子へ向き直る。
「詩乃殿、そういうわで、明日朝一で本願寺と面会な! 言うといてや。」
詩乃は一瞬、三人の僧侶を見つめたが、すぐに柔らかく頭を下げた。
「孫市様、承知しました。伝えておきますね。
本願寺の皆さま、明日お越しになるのですね。お待ちしております。」
そう言って、軽やかに城内へ消えていった。
宿を取ったあと、四人は置塩名物の山椒鍋を求めて
山椒屋 置塩本店 へ向かった。
店の前からすでに山椒の香りが漂い、
中は冒険者と武士でごった返している。
「おお、今日も混んどるのぅ……」
孫市がぼやいた瞬間、
奥から女給が孫市を見つけて目を丸くした。
「あっ、孫市様! どうぞこちらへ!」
まるで道が割れるように席が空けられる。
茶々麿は小声で雷礼に囁いた。
「……孫市どん、ここでも顔が利くんだな。」
雷礼は肩をすくめる。
「手籠めにしてるとか、してないとか……見境がありませんからな。」
孫市は聞こえているのかいないのか、
にやりと笑って席に腰を下ろした。
「まあまあ、細けぇことはええやろ。
まずは置塩の山椒鍋や。
これ食わんと惣国連合は語れんで。」
鍋が運ばれてくると、
山椒の香りが一気に鼻を突き、
鹿肉と山菜がぐつぐつと煮えている。
雷礼が箸を取って、珍しく目を丸くした。
「……これは、香りだけで身体が温まる。」
孫市は豪快に笑った。
「せやろ? 置塩は山の城やけん、山の幸が本気や。
今日は飲むで。明日は光秀殿に会うんやろ?
ほな、今のうちに聞いとくこともあるやろ?」
茶々麿は鍋をすくいながら、
この城が惣国連合の中心地として
確かに“動き始めている”のを感じていた。




