閑話3 デカ木島の暮らし、根っこ亭の賑わい
―――健司くんの風呂・トイレ――
デカ木島の中心にいる“彼”――健司くんは、少し特殊な存在だ。
もとはただの木だった。
いや、正確には 木に転生した人間 である。
最初の頃は散々だった。
虫にかじられ、獣に皮を剥がれ、
雨風に耐えるだけで精一杯。
だが、ある日ふと気づいた。
――魔法が使える。
その瞬間から、健司くんの成長は加速した。
枝を伸ばし、根を張り、
魔力を吸い上げ、
自分の体を“設計”し始めたのだ。
最初の住人は、みつきだった。
オニヤンマとの死闘で傷つき、
なんとか辿り着いた小さな島――
それがここ、健司くんの芽吹いた亀の形をした“亀島”。
そこで倒れた彼女を、健司くんは本能的に保護した。
みつきは体が回復したのを感じ、ここへ住み始めた。
木と会話できるとは思わなかっただろうが、みつきは良く魔力で健司君に話しかけた。
その時、初めて意思疎通の方法を言葉以外でも出来ると知った。
自分の意思は、誰かに伝えられるのだと。
みつきはやがて蜘蛛と仲良くなり、
協力して魚を釣るようになった。
その光景を見て驚いたのは、
偶然近くを航行していた能島村上の船に乗っていた健太郎だった。
当時健太郎は京都の東福寺で僧見習いをしていたが、恵瓊に見いだされ、よく瀬戸内を往復していた。
こうして、
みつき・健太郎・健司くん――
三人の転生者が揃ったことで、
健司くんは一気に“島を覆う木”へと進化した。
やがて人が住み始め、
デカ木島と呼ばれるようになった頃。
健司くんが最初に力を入れたのは、
意外にも 風呂とトイレ だった。
デカ木島の内部には、
風呂やトイレから伸びる排水管が張り巡らされている。
それらはすべて地下の 浄化槽 に集められ、分解され、
最後には健司くんの“肥料”として吸収される。
汚れは残らない。
臭いもない。
衛生状態は、戦国の常識からすれば異常なほど良い。
三階層には、
獣人たちが暮らす居住区がある。
彼らのために作られたのが、
一度に百人は入れる巨大な共同風呂だ。
湯はかけ流し。
しかも、健司くんが付与した 回復と洗浄の魔法 が常に働いている。
だから――
体を洗わなくても、湯に浸かるだけで清潔になる。
口を漱げば、歯磨きすら不要。
さらに、
筋肉を壊して強くなる“超回復”が、
この風呂では 数分で終わる。
そのため、
「風呂に入るために冒険者になる」
という者まで現れた。
トイレは、馬に跨るような姿勢で使う形になっている。
座るよりも踏ん張りやすく、
下腹に力を入れる鍛錬にもなる。
もちろんウォシュレット付き。
洗浄液は風呂と同じ魔法を付与した水なので、
常に清潔で、
痔などの病気も自然と治ってしまう。
トイレットペーパーは、
健司くんが生やす“紙用の木部”を
鉋職人が薄く削って作る。
柔らかく、丈夫で、吸水性も良い。
ちり紙としても大人気で、
冒険者組合が各地の店に卸している。
この風呂とトイレの整備によって、
病気は激減した。
子どもの死亡率も下がり、
村の人口は増え、
冒険者も増え、
デカ木島はますます賑わっていく。
健司くんは、
今日も静かに木の体を軋ませながら、
人々の生活を支えていた。
――デカ木島・根っこ亭――
かつて亀の形だった頃の“頭”の部分。
今は木の道と繋がり、デカ木島に最も近い安宿として冒険者で賑わっている。
一階は食堂、二・三階は雑魚寝スペース。
四〜六階は賃貸部屋。
風呂はないが、デカ木島三階の大浴場が使える。
食事は根っこ亭の食堂でも食べることができるが、
お金が乏しい冒険者はデカ木島の三階にある調理場で自炊している。
今日はもう日が暮れようとしているが、宿の前が妙に騒がしい。
「――だからね、弥九郎。雑魚寝が足りないんだよ」
お鶴が腕を組んで言う。
お鶴はここのオーナーで弥九郎とここで根っこ亭の増築について話し合っていた。
大内軍が大三島へ侵攻した際、大祝の娘で16歳の時に大内軍を撃退した強者である。
しかし、目の敵にされるので、隠れるように武吉をたより
矢柄島の女郎〈矢柄の巣〉を経営していた。
恵瓊ともつながりがあり、十二支の巳を束ねる。
海賊を黙らせた迫力は健在だ。
「いや、お鶴さん……そんなに要ります?
根っこ亭、今はパンパンですが、ずっと続くかはまだわかりませんよ」
弥九郎は苦笑しながら頭をかく。
「だから“別館”を作るんだよ。いないときはそっちを締めときゃえんじゃけん。
あんたの木の道の技術なら、ちょいちょいっと伸ばせるだろ?」
「ちょいちょいっとじゃないんですよ……!」
「できるよ。あんたなら」
お鶴がにっこり笑う。
弥九郎はその笑顔に背筋を丸めた。
「……はい」
完全に押し切られた。
「おはようございます!」
冒険者の組が帰って来たみたいだ。
冒険者は夜働くこともあるため、挨拶はだいたい「おはよう」というのが今の流行りになっている。
元農民の兄妹、弥市とお糸。同郷の魔法使い 宗太。
オオカミ獣人の ルガ。そしてリーダーの 嘉兵衛。
五人が宿に戻ってくると、
お鶴がふっと目を細めた。
「おや、嘉兵衛じゃないか。生きてたねぇ」
「お、お鶴さん……! お久しぶりで……」
嘉兵衛は背筋を伸ばし、妙に丁寧な口調になる。
お糸は目を丸くした。
(嘉兵衛さん……お鶴さんと話してる……すごい……!)
嘉兵衛はただの“矢柄の巣の常連”だったのだが、
お糸にとっては お鶴に顔を覚えられている=英雄 である。
「で、明日は何の依頼だい?」
お鶴が聞く。
嘉兵衛は胸を張った。
「砂糖の炊き出しです。
今日は五人で魚の取り込みしてへとへとなんで、
明日は楽な仕事にしようかと」
「砂糖かい。気を抜くんじゃないよ。焦げるからね」
「心得てます!」
デカ木島にはアブラムシを飼う区画がある。
健司くんの樹液を吸わせると、
アブラムシはお尻から甘い蜜を出す。
それを蟻が運び、
大鍋で煮詰めるのが冒険者の仕事だ。
危険度は低いが、
気を抜くと一瞬で砂糖が焦げるため、
新人はよく怒られる。
宗太は嬉しそうに言った。
「俺、魔法で乾燥できるから人気なんだよな。
火をいちいち焚かなくていいし」
「今日は疲れたけど明日は宗太の魔法で焦げる心配もないしな」
弥市が笑う。
今日の仕事は“魚の取り込み”。
デカ木島の海岸で網を構え、
蜘蛛の糸で釣られた巨大な魚やイカを受け取り、
締める。
血抜きは蜘蛛がやってくれるが、
締めるのは人の仕事だ。
ルガは尻尾を振りながら言う。
「……でかいさかな、しめる、たいへん。」
烏賊は急所があり槍で刺すとすぐに絞めることができるが、
魚はそうはいかない。目と目の間に冒険者の短剣を刺してぐるっと回さなければならない。
近寄った時にかまれたり、暴れられて針が刺さったりする事故が多い。
「お前は力があるから助かるよ」
嘉兵衛が笑う。
弥九郎が会話に入ってきた。
「砂糖は結構な値段で売れますからね。頑張ってください。」
弥市は誰?という感じで弥九郎とお鶴を交互に見ている。
お鶴が説明する
「この子はこう見えて、冒険者組合のギルマスだよ。
デカ木島から来てもらってるんだ。」
弥市は自分より若い弥九郎を見て目を見開いた。
「あの、ギルマス?若いんですね」
弥九郎は照れ臭そうに耳を触る。
「いやぁ、成り行きでこんなことになったんですが、
皆さんのおかげで何とかやれてます。
頑張って橙級目指してください。」
短剣は刀身の色と柄が同じ色をしているので、
彼らの水色の短剣を見るに初級であることがわかる。
「任せろ!先ずわしが来月の昇級試験で橙級になるけん。」
嘉兵衛は胸を張って答える。
「いや、来月みんなで受けるけん。嘉兵衛はだけじゃ無ぇけんな!」
と宗太が笑う。
お鶴はその様子を見て、満足げに頷いた。
「いい組だねぇ。
根っこ亭の常連らしくなってきたじゃないか」
嘉兵衛は照れくさそうに頭をかいた。
「へへ……いつか竿買って、自分で烏賊釣るのが夢なんで」
「夢は大事だよ。
だからこそ、別館は必要なんだよ、弥九郎」
「……はい」
また押し切られた。
根っこ亭の朝は、今日も賑やかだ。




