閑話2 デカ木島産業革命
―――冒険者組合釣り具開発部――
デカ木島の外壁――
巨大な幹の表面から、一本の蜘蛛の糸がすっと伸びていた。
その糸の先に、
1mはあろうかという餌木を抱えたみつきが飛んでいる。
餌木というのは烏賊を釣る道具で、
海老や魚に似せて作った疑似餌にカンナという針が付いたものである。
『よーし……今日こそ“餌木”の最終テストだよ……!』
みつきは背中の針をピンと立て、
海面をじっと見下ろした。
餌木は、彼女が健司と共同で作成した特製のもの。
烏賊が抱きつきやすい形状に調整してある。
『……じゃ、下ろしてー!』
みつきが声を上げると、
デカ木島の内部にいる巨大蜘蛛が反応し、
糸をスルスルと伸ばし始めた。
餌木が海面を割り、
ゆっくりと沈んでいく。
海底に着いた瞬間――
みつきは空中から糸を引っ張り、
餌木をふわりと跳ね上げた。
『ほいっ……ほいっ……
烏賊さん、こっちだよ~……』
海中で餌木が踊る。
その動きは、まるで本物の海老のよう。
みつきは空中で器用に体をひねり、
蜘蛛の糸を操りながら、誘っては止めるという動きを繰り返している。
たるんだ糸は蜘蛛が巻き取る。
その時――
ぴくっ。
蜘蛛の糸が、わずかに震えた。
『……来た!!」
みつきは空中で体を反転させ、
全身の力でアワセを入れた。
海中で餌木が跳ね、
烏賊の足がしっかりと針に絡む。
『よし、かかった! 引き上げてー!』
巨大蜘蛛が糸を巻き上げると、烏賊特有の強烈な引きがある。
みつきは引っ張り込まれないように上へ引き上げる
海面から巨大な烏賊がずるりと姿を現した。
墨を吐きながらも、しっかり餌木に抱きついている。
そのまま海面を引きずられてデカ木島で網をもって待機してある冒険者によって回収される。
みつきは満足げに頷いた。
冒険者組合は釣りの研究も行っており、
こうしてできた釣り具を量産して
弥九郎の義父である九郎右衛門の経営する魚屋に卸している。
今や魚屋は釣具店として遠方から客を呼べる店になっていた。
『よーし、次はもっと大きいの釣るよ!』
背中の針をぴょこんと揺らし、
みつきは再び餌木を構えた。
今日もまた、
彼女の“釣り道具革命”が始まる。
―――玉島造船所、今日も大忙し――
デカ木島の西に浮かぶ、
二つの丸い島――玉島。
まるで海に転がった二つの玉のような島で、
その狭い水道が、今や 新造船の心臓部・操船所 になっている。
浦田権左は、潮風に焼けた腕を組み、
今日も忙しなく動く造船所を見渡した。
「……まさか、こんな島で船を造る日が来るとはのう」
権左は元々、
児島の船大工だった。
弥九郎にスカウトされ、
デカ木島の技術を見せられた瞬間、
心を撃ち抜かれた。
――樹脂を固めて部材を生み出す。
デカ木島の内部には、樹脂が出る蛇口があり、
それを型枠職人が型枠に樹脂を流し込み舟板や肋材を作っている。
それを玉島造船所に運び込み、
デカ木島特製の樹脂接着剤で組み上げていく。
「おーい、次の竜骨降ろすどー!
気ぃつけーやー。」
若い船大工の与市がクレーンと呼ばれる機械を操作しながら叫ぶ。
「へいへい、わかってますって!」
別の若者、新八が下で笑いながら受け取りゆっくりと地面に降ろされる。
権左はその様子を見て、
鼻を鳴らした。
「……若ぇのが増えたもんじゃ」
それもそのはず。
最近では 安宅三好組が新造船を購入し、
さらに 村上四家(能島・来島・因島・赤間) からも注文が入った。
「権左頭領! 能島から“二十間船を二隻”って追加注文です!」
「またか……!
あいつら、羽振りが良すぎりゃあせん⁉」
権左は頭を抱えたが、
口元はどこか嬉しそうだ。
忙しいのは、良いことだ。
「……しかし、ここだけじゃ手が回らんのう。
温泉津にも造船所を作るって話があるが、
瀬戸内にももう一個作ってもらわにゃ、身が持たんわ。」
権左は玉島の海を見渡した。
潮の流れは穏やかで、
二つの丸い島が天然の防波堤になっている。
ここは、造船にうってつけの場所だ。
そこへ、デカ木島から伸びる太い幹から、
冒険者によって、また新しい部材が運びこまれる。
「おーし、次は船底の合わせじゃ!
新八、与市、準備せぇ!」
「へいっ!」
権左は深く息を吸い、
潮の匂いを胸いっぱいに満たした。
「……さぁ、今日も造るぞ。
戦国一の船をな」
玉島造船所は、
今日も忙しい。
――デカ木島内部・魔道具開発部――
デカ木島の内部一階には、
枝と根が複雑に絡み合ってできた広い空間がある。
そこが 冒険者組合・魔道具開発部 だ。
壁も床も天井も、すべて健司くんが“生やした”木材。
だが木のくせに、金属のように硬い部分もあれば、
紙のように薄くしなる部分もある。
ここでは、
健司くんと冒険者たちが相談しながら、
次々と新しい魔道具が生み出されていた。
健太郎が最初に提案したのは、
「魔力通信を“誰でも見える映像”にする」こと。
魔法が使える者なら、
魔力で送られた映像を直接脳で受け取れる。
だが、魔力が使えない者にはそれができない。
そこで開発部は考えた。
“魔力を視覚化する板”を作ればいい。
健司くんは、
魔力を流すと表面に映像を描く特殊な板を生やした。
しかし、そのままでは魔力が見える者しか見えない。
そこで――
烏賊の皮 が役に立った。
烏賊の皮は、
魔力に反応して色が変わる性質がある。
それを薄く伸ばし、
健司くんの板に貼り付けると……
映像がくっきり浮かび上がった。
最後に透明な樹脂を上から張り付ければ、
魔力で動く、“魔道モニター”の完成だ。
モニターは、
デカ木島の根や枝に触れさせるだけで通信が繋がる。
まるで木そのものがネットワークのようだった。
最近では、詩乃も開発部に顔を出すようになった。
「健司くんの樹脂で、熱くなる魔法を付与した鍋を作れませんか?」
その一言から、
魔力調理具 の開発が始まった。
健司くんが樹脂に、“加熱の魔法”を付与し、鍋の形の型枠に流し込む。
それを机の上に置くと、
木から魔力が送られ、
湯が沸き、炒め物ができ、煮物まで作れる。
魔力が使える者なら、
外でも自由に加熱できるため、
冒険者たちの間で大ヒット商品となった。
「これで遠征中でも温かいご飯が食べられる!」
「鍋が焦げ付かないのが最高だ!」
「魔力の量で火加減が調整できるの便利すぎる!」
開発部は今日も大賑わいだ。
――デカ木島の二階層――
そこには、木の内部とは思えないほど明るく広い空間が広がっている。
ここが 学校 だ。
壁は健司くんが生やした白木で、
光を反射して柔らかく輝いている。
天井には月の欠片が並び、
昼夜を問わず一定の明るさを保っていた。
年齢も種族も関係なく、
読み書きそろばんから魔法、航海術、鍛冶、医療まで、
あらゆる知識がここで学べる。
小さな子どもたちは一般教養を、
大人たちは職業訓練を、
獣人たちは言葉を――
それぞれの目的に合わせて学んでいた。
そして、
その中心に立つのが 凪 だった。
第一期生として学び始めた彼女は、
今では立派な“教える側”になっている。
魔力の扱いに関しては、
すでに論文を残せるほどの研究者でもあった。
今日は、
魔力を体に巡らせて身体を強化する授業の日だ。
「はい、みんなー!
今日は“魔力循環の基礎”をやるよー!」
凪が声を張ると、
教室に集まった生徒たち――
ほとんどが海賊の子弟――が一斉に姿勢を正した。
「冒険者になったら、
この身体強化は絶対に必要になるからね。
魔力を巡らせるだけで、
重い荷物も軽くなるし、
海に落ちてもすぐに浮かべるようになるよ!」
「おおーっ!」
子どもたちの目が輝く。
授業料は 円 で支払われる。
円は短刀に記録され、
健司くんに“刺す”だけで更新できる仕組みだ。
奨学金制度もあり、
「授業を受けてから稼いで返す」こともできる。
だから、貧しい家の子でも学べる。
デカ木島の外側には、
一階・二階層に沿うように 寮 が増築されていた。
それに合わせて、
デカ木島の根本も太くなり、
島全体がゆっくりと成長している。
凪は生徒たちを見渡し、
にっこり笑った。
「じゃあ、まずは呼吸からね。
魔力は“息”と一緒に動くから――
はい、吸ってー……吐いてー……」
海賊の子どもたちが、
真剣な顔で呼吸を整える。
デカ木島の学校は、
今日も世界で一番進んだ授業をしていた。




