閑話 冒険者たちの日常
――三好義継の場合—
淡路島。
三好家の残党が最後に辿り着いた島であり、
今や彼らの“本拠地”となった場所。
畿内に残った三好勢はほぼ殲滅され、
四国に逃れた者たちも長宗我部に追われ、
行き場を失った者たちが安宅海賊に身を寄せた。
そして今では――
安宅海賊そのものが冒険者組合の一支部 になっている。
淡路支部の長はあの三好正康だ。
ギルマスと呼ぶらしい。
義継は “安宅三好組”の組長 である。
冒険者になってからというもの、
仕事は山ほどあった。
畑の開墾。
水の確保。
水路の調整と管理。
海の渡しに、船の護衛。
淡路の民は、義継たちが来てから
「三好様はよう働かれる」と評判だ。
だが、彼らの本業は――
瀬戸内の“ドラゴン退治” である。
瀬戸内海には巨大な太刀魚が多く、
網は食い破られ、
小早船ほどの大きさなら船ごとかじられて沈むこともある。
特に巨大なものは“ドラゴン”と呼ばれ、
大きな船を持っていない海賊衆は手が出せず、
近隣の海賊衆は次々と安宅に吸収され、
今や安宅三好組は 畿内の海を代表する冒険者の組 に成長していた。
今日も義継は海に出る。
「よっしゃ、今日も稼ぐで!」
義継が胸を張ると、
真鍋勘助が後ろから尻を小突いた。
「義継様ぁ……借金返すまでは調子に乗ったらあきまへんでぇ。
この船、分割にしてもろたんでっせ。毎月運よく返せているだけで、
ドラゴン釣れへんようなったら三好は終わりますのやで。」
かつて信長の命で堺を封鎖して、運悪くほたるに片目を撃たれた彼は、
今は冒険者になり、正康から義継の監視役として安宅三好組に派遣されている。
義継は笑ってごまかす。
「だ、大丈夫やって! ドラゴンは高値で売れるんやし、まだまだうじゃうじゃおるわ!」
そう、義継が買ったのは
冒険者組合製の“ドラゴン対応関船”。
三好家の財政が傾くほどの値段だったが、
義継は迷わず購入した。
(……ギルマスがうるさいから、早よ返さんとな)
そんなことを思いながら、
義継は巨大なテンヤに餌をつけ、海へ沈めた。
一抱えもある鉛の塊。
釣り具も冒険者組合で販売されている。
しばらくすると――
船に備え付けられた巨大な竿が、
ぐぐっ……としなった。
「アタリや!!」
義継が叫ぶと同時に、
熊の獣人・熊五郎が竿を立てた。
蜘蛛の糸で編んだ釣り糸は細いが、
滅多なことでは切れない。
むしろ船の方が危ない。
しっかりと船の向きを合わせないと転覆してしまう。
しかし、スクリューと呼ばれる推進機のおかげで
義継一人で操船が出来、後ろにも進める。
4人がかりでリールと呼ばれる滑車を回すと
海面が盛り上がり、銀色の影が跳ねた。
「来よったでぇぇぇ!!」
太刀魚――いや、
ドラゴン だ。
刃のような歯が陽光を反射し、
船の縁を噛み砕こうと迫る。
義継は叫んだ。
「熊五郎! 竿、離すなよ!
勘助! 槍持ってこい!
ワイらの借金返済のためにも、絶対逃がすな!!」
勘助が呆れた顔で槍を持ってくる。
「義継様、はしたのうございますな!」
「ええねん! 金は命より重いんや!!」
船が大きく揺れ、
ドラゴンが跳ね上がる。
義継は槍を構え、
叫んだ。
「三好家、再興のためにも――
今日も一本、釣り上げたるでぇぇぇ!!」
―――益田元祥の場合――
銀山から出た銀は、温泉津の港から船に積まれ、
毛利領の萩へと運ばれる。
その護衛と輸送の責任者――
それが今の益田元祥である。
冒険者になったとはいえ、
七尾城も三宅御土居もそのまま。
領地も治めるし、家臣も抱える。
ただそこに 「冒険者組合・石見支部」 が加わっただけだ。
支部長は父・藤兼。
石見支部は毛利方の冒険者支部として機能し、
元祥はその中で 益田組の組長 を務めている。
銀山にも支部はあるが、
あちらは銀山管理のための専門支部。
日常の依頼や雑務は、ほとんどが石見支部に回ってくる。
「……しかし、こんなに依頼が来るとは思わなんだな」
元祥は積み上がった依頼書を見て、苦笑した。
畑の開墾。
水路の調整。
山の獣や虫の退治。
海の渡し。
船の護衛。
冒険者組合になった途端、
石見中から「冒険者組合に頼めば何とかなる」という噂が広がり、
依頼が殺到したのだ。
おかげで――
毛利家との折り合いも良く、吉川様の娘、お芳との婚約もそのまま。
むしろ「働き者の婿」と評判が上がっている。
海の仕事も多い。
出雲、石見にはサメが多く、
網を破り、船を襲うこともある。
だが、そこは心強い仲間がいる。
「海渡殿、今日も頼むぞ!」
元祥が声をかけると、
海豚獣人の海渡が水面から顔を出した。
「キュッキュッ キュキュキュキュ」
海渡は尼子軍だと思っていたが、
実は冒険者だった。
今ではなんとか意思疎通が出来るようになり、
石見支部の常連で、海の依頼はほとんど海豚組と共闘している。
サメは危険だが、
倒せば組合が高値で買い取ってくれる。
肝は肝油に。
ヒレは料理に。
皮は丈夫で防水性が高く、
足をすっぽり覆う“長靴”というものに加工される。
「……しかし、冒険者というのは、実に便利なものだな」
元祥は海を見ながら呟いた。
領主としての務めも果たし、
冒険者としても働き、
銀山の利も守る。
益田家は、
戦国の荒波の中で沈むどころか、
むしろ新しい形で浮上しつつあった。
「さて、今日も働くか。
益田組、出るぞ!」
元祥の声に、
海豚組の仲間たちが水しぶきを上げ、
益田の兵と冒険者たちが動き出す。
石見支部の一日は、
今日も忙しい。
―――天野隆成の場合――
冒険者組合が銀山にできてから、
石見銀山の暮らしはまるで別世界になった。
接ぎ蜘蛛衆がやって来て、
銀山の入口に木を植えたのが始まりだった。
最初はただの苗木だったのに、
数日も経たぬうちに幹は太く伸び、
枝は空を覆い、
やがて――
その木の内部に、冒険者組合・銀山課の事務所ができた。
木の中に階段があり、
部屋があり、
窓まである。
しかもこの木は、
月山富田城や瀬戸内のどこかとも繋がっているらしい。
これから石見支部の方に伸ばして行くのだそうだ。
隆成は最初、冗談だと思った。
だが、実際に銀山には色んな所から冒険者が押し寄せ、
海の幸も豊富に届き、
物資も潤い、不便という不便がきえていった。
「……世の中、わからんことばっかりだわ」
そう呟きながらも、
隆成は銀山課の仕事をこなしていた。
銀の産出量は三倍。
あまりに増えすぎて、
勝久様からは
「出荷を調整しないと銀が暴落する」
と釘を刺されたほどだ。
そんな折――
事務所のモニターが赤く光った。
通信の合図だ。
隆成がボタンを押すと、
映像が映し出された。
蟻の視界だった。
『これ、どうする~?』
蟻の声が頭に響く。
隆成は虫と意思疎通が得意である。
特に蟻や蜂などの社会性昆虫は、
視界を共有する魔法まで使える。
映像の先には――
岩盤にずっぽり入り込んだ巨大ミミズの尻尾があった。
「あー……またかいな」
隆成は額を押さえた。
ミミズは三十匹しかいない。
銀山の生命線だ。
だから、100ほどある組に平等に掘らせるには
ミミズの掘り進む方向をきちんと誘導してすぐに回収するようにしないと回らなくなる。
そして、少し目を離すと、
こうして岩盤の奥へ奥へと潜ってしまう。
すると、その部分まで全体が掘り進むまで糞を回収できなくなってしまう。
奥に入ったミミズは、
岩盤の向こう側まで掘り抜き、
またこちらに戻ってくるまで待つしかない。
いつ戻るかは、
ミミズの気分次第。
「はぁ~……これで三匹目だぞ。頼むけん、気ぃつけてくれや」
1匹はこないだ回収できたのだが、自然と愚痴っぽくなってしまった。
蟻たちの奥には申し訳なさそうにしている畑迫組の連中が見える。
ミミズの進む角度を調節している元工夫の冒険者だ。
バツとしてこのミミズが帰って来るまで畑迫組は新たにミミズを借りることができない。
『ごめん~。ちょっと目ぇ離したら、すぐ行っちゃうんよ~って言ってる』
「わかっとる、わかっとるけん。
ほれ、もうええわ。戻ってくるまで、音聞いとくしかないがな
畑迫組には宍道湖でシジミを獲ってもらうけん」
ミミズは岩盤を食べるとき、
独特の“ゴリゴリ”という音を立てる。
耳の良い獣人の冒険者に頼めば、
どこを掘っているかすぐに分かる。
「……しゃーない。獣人の耳借りるか」
隆成はため息をつきながらも、
どこか楽しそうだった。
銀山は危険が減り、
仕事は増え、
冒険者たちの笑い声が絶えない。
かつての“地獄の銀山”は、
今や“働きやすい銀山”になりつつある。
「……まぁ、ええわ。
銀が出るんは、ええことだがな」
隆成はモニターを閉じ、
木の壁に手を当てた。
今日も銀山は動いている。
虫たちと冒険者と、
そして自分の手で。




