銀山の新秩序
――健太郎視点――
普賢田砦を守り抜き、石見一帯の支配が揺るぎないものとなってから、数日が過ぎた。
その朝、うづめがカラスに乗って羽音を震わせながら健太郎のもとへ降り立った。
手には、安国寺恵瓊からの言伝。
「――勝ちすぎるのは、良くない。この辺りで毛利と和議を結ぶべきである」
健太郎は短く息を吐いた。
確かに、このまま押し切れば毛利は死に物狂いで反撃してくる。
吉川軍が壊滅した以上、次に動くのは小早川隆景だ。
そして隆景は、ただの武将ではない。
合理と外交を武器にする、毛利家随一の切れ者。
その隆景が、銀山の近くまで軍を寄せている。
――ここで和議を結ぶのが最善か。
健太郎はうづめに頷き返した。
「……会いましょう。銀山街道の途中にある寺院で」
こうして、
尼子勝久と、小早川隆景との会談が決まった。
銀山街道を北へ進むと、山の斜面に寄り添うように古い寺院が建っていた。
苔むした石段、杉木立の間を抜ける風、遠くで鳴く山鳥。
戦の匂いがまだ残る石見の地とは思えぬほど、静謐な空気が漂っている。
健太郎――いや、勝久としての装束を纏った彼は、
寺の山門をくぐりながら周囲を見渡した。
蜘蛛たちは森の奥に潜ませてある。
蜂隊は上空の木々に紛れ、蟻は寺の裏手に散開。
どれも目立たぬように配置したが、いざとなれば一瞬で動ける。
境内の奥、灯明の揺れる本堂の前に、
恵瓊が静かに立っていた。
「健ちゃん、やったじゃない。でも、これ以上尼子が勝っちゃったら、均衡が保てなくなるわ。」
恵瓊はにっこりと笑い、片目を閉じる。
その顔には、毛利の覚悟と、僧としての静けさは感じられない。
この人はどこまでが演技なのだろう
健太郎はいつも不思議に思う。
「隆景様は、すでに待っておいでよ。」
本堂の扉が、きしりと音を立てて開いた。
恵瓊の後に続き本堂へ入ると、中には小早川隆景が一人、灯明の前に座していた。
甲冑ではなく、簡素な直垂姿。
しかしその佇まいは、戦場の将というより、
国の行く末を見据える政治家のそれだった。
隆景はゆっくりと顔を上げ、
灯明の揺らめきの中で、健太郎をまっすぐに見据えた。
「……まずは、見事な戦ぶり。
吉川の軍が敗れたのは、そなたの才覚ゆえであろう」
健太郎は静かに一礼した。
隆景の眼差しは鋭い。
勝久の“裏”にいる自分の存在を、どこまで察しているのか――
その底が見えない。
隆景は続けた。
「戦を続ければ、毛利も尼子も疲弊する。
銀山を巡る争いは、いずれ両家を滅ぼす火種となろう」
灯明の火が、隆景の横顔を淡く照らす。
その声音には、敗者の卑屈さも、勝者への媚びもない。
ただ、冷静な“合理”と、遠くを見据える“未来”だけがあった。
「ゆえに――和議を結びたい。
互いに利を得る形で、な」
恵瓊が横から巻物を差し、健太郎は巻物を受け取り、静かに目を通した。
銀山の採掘権と流通権を分ける案。
毛利の面子を保ちつつ、尼子の支配を認める内容だ。
隆景は言葉を継ぐ。
「勝久殿。
そなたが石見を治めることに、私は異を唱えぬ。
ただ――銀山の利は、毛利もまた必要としておる」
健太郎は巻物を閉じ、隆景を見据えた。
「……話は分かりました。
確かに銀山で泥沼の戦を続けるのは避けたいところです。
ですが、銀は“掘る”より“流す”方が利になります」
隆景の眉がわずかに動く。
健太郎は続けた。
「そこで、冒険者組合に採掘を任せ、
毛利と尼子が買い取る形にしてはどうでしょう。
どちらが管理しても不満は出る。
ならば――中立組織に任せるのが最も良い」
隆景の目が細くなる。
その奥に、計算と驚きが同時に灯った。
「……勝久殿。
銀山を巡る争いは百年の禍根となる。
だが、冒険者組合が銀を掘り、我らがそれを買い取るのであれば――
誰も血を流さずに済む。
これほどの妙策、他にあるまい」
隆景は小さく息を吐き、微笑を浮かべた。
「その策こそ、毛利と尼子が共に生きる道である。
しかし……そうなれば、そちらの利も毛利と同じになるが、よろしいのか?」
健太郎は迷いなく答えた。
「そのかわり、組合の銀山担当職員の任命権はいただきたい。
すでに天野隆成という者が銀山奉行を務めておりますが、
尼子の家臣ではなく――
冒険者組合の職員として、銀山を管理してもらうつもりです」
隆景は目を細め、ふっと笑った。
「……つまり、石見国衆には干渉を控えよ、ということですな。
勝久殿。
そなたは戦だけでなく、国を治める才も持っておられる」
その声には、敗者の悔しさではなく、
ひとりの政治家としての敬意があった。
隆景は静かに頷いた。
「……よかろう。
それが、この地の安寧につながるのならば」
恵瓊が、胸を撫で下ろすように安堵の息を漏らした。
こうして――
石見の未来を決める和議は、静かな寺院で結ばれた。
―――弥九郎視点――
デカ木島――冒険者組合本部事務所――
弥九郎は健太郎の通信を待っていた。
そろそろ小早川隆景との会談が終わった頃だ。
「終わったら連絡する」と言われていたので、
事務所の奥に据え付けられた“健司製モニター”の前に腰を下ろす。
画面の上に付いた電球のような装置が赤く光れば、
そこを押すだけで通話が繋がる仕組みだ。
――赤く光った。
弥九郎が押すと、画面がふっと明るくなり、
健太郎の顔が映し出された。
その隣には、見覚えのない若者が緊張した面持ちで座っている。
「やあ、終わりましたよ。小早川隆景に会ってきました」
健太郎が軽く手を振る。
「どんな人でした?」
思わず聞くと、健太郎は笑って答えた。
「思ったより話しやすかったですよ。
後世では有名な人ですから、私も気になっていたところでした」
そう言ってから、健太郎は急に真顔になった。
「さて――会談の結果なんですけど、この天野隆成をクビにします」
「……はぁ......」
意味が分からず頷くと、
隣の若者――天野隆成が、青ざめた顔で叫んだ。
「え、え? クビて……どがなことですか!?」
出雲訛りの強い声が、モニター越しに響く。
健太郎は笑いながら肩をすくめた。
「ええ、尼子家をクビです。
その代わり、冒険者組合に就職してください」
「はぁあ!?」
隆成はさらに青くなる。
健太郎は続けた。
「就職というのは、尼子家のように“家ごと仕える”のではなくて、
組合から給金をもらって、組合の仕事をするということです」
「そ、そげな話、聞いとらんが……!」
「もちろん銀山奉行は続けてもらいますよ。
ただ、銀山の管理を“冒険者組合”に任せることになりまして」
今度は弥九郎が「えっ」と声を漏らした。
銀山の管理など、組合にできるのか――?
健太郎はその疑問を見透かしたように言った。
「銀山の管理は隆成に任せれば大丈夫です。
ただ、掘ったり運んだりする作業は虫がやります。
工夫さんたちは冒険者になってもらって、
虫たちの管理をお願いする形です」
「虫……?」
「ええ。螻蛄部隊、蟻部隊、そしてミミズですね」
健太郎が操作すると、モニターに三種類の巨大な虫が映し出された。
「螻蛄と蟻は意思疎通ができるので冒険者登録できます。
ミミズは意思疎通ができませんが――」
画面には、直径三十センチ、長さ一メートルほどの巨大ミミズが映る。
「このミミズは“石を食べる”という画期的な生き物です。
石の成分は分解されますが、そこに含まれてある銀は消化されないので
そのまま出てきます。
体内で銀同士がくっついて、ある程度の塊で排出されるので
分別も楽ですよ。
このミミズを組合の所有物として、各組に貸し出します」
隆成が目を丸くした。
「ほ、ほんなら……火吹きせんでええんですか!?」
出雲弁が強くなる。
それだけ衝撃が大きいのだろう。
本来は火吹き法といって、銀を含んだ岩盤まで掘り進むと
岩壁に薪を積み、火を焚いて岩を熱し、冷水をかけて急冷させ、
脆くなった岩をつるはしで砕いて採取される。
更に銀を含む鉱石だけを選別し、槌や石臼で粉状にして
鉛と混ぜて溶かし、銀は鉛と結びつくので、その後、炉で鉛を灰になるまで熱し、
やっと銀が抽出できるのだ。
この工程をミミズの糞を分別するだけという事になるのはかなりの効率化が期待できる。
隆成にとっては願ってもないことである。
健太郎は頷いた。
「そうです。螻蛄が掘り進め、
手の甲に“土を固める魔法”を付与してあるので、
掘ったそばから補強されます。
蟻が土砂を運び、岩盤に当たればミミズの出番です」
隆成は頬を赤らめ、興奮気味に言った。
「そ、そげなことになったら……
危険も減るし、一日に獲れる銀の量、桁違いになりますがな……!」
弥九郎は思わず笑ってしまった。
――銀山課。
どうやら、本当に必要になりそうだ。




