銀山蜂起 ― 反撃の狼煙
因幡へ出陣してから、ひと月が過ぎた。
山陰の風はまだ冷たいが、備前の里には桜が満開となり、
弥九郎は久しぶりに デカ木島 の土を踏んでいた。
「それにしても、疲れたわー。木の道がどんどん出来て行くのは圧巻だけど、
もっと道を扱える人員を増やさないとだなぁ。
そろそろ、健太郎殿も石見攻略に乗り出すしなぁ。」
遠征の間、詩乃や国衆の若君たちに
“木の道”の作り方を教え込んだ成果は大きい。
詩乃は備前の天神山城付近から湖山池まで道を伸ばし、
その上で アヒル競鳥 を催して大盛況。
若君たちは目を輝かせ、
「次は我が領にも!」と競うように支部の設立を願い出た。
一方、弥九郎は因幡から月山富田城に寄り、
健太郎に会い、一緒にデカ木島から月山富田城までを木の道で繋ぐルートを確保した。
備中高松城にいた安国寺恵瓊に頼み、
三村氏・高橋氏・新見氏へ話を通してもらった。
いずれも親毛利の国衆であるため、
恵瓊の一声で道はすんなりと通った。
こうして“木の道”は
西の大川沿いに新見城付近まで伸び、
さらに法勝寺川を下って、
尼子氏の菩提寺である 法勝寺 へと繋がった。
山陰と山陽が、
二本の“生きた道”で結ばれた瞬間だった。
そして――
これから 新尼子軍 は、
月山富田城を発して 石見銀山 へ向かう。
その地へ、
ひとりの若者が潜り込もうとしていた。
――天野隆成。
毛利が石見に侵攻した際、
天野家は銀山の代官として抵抗し、
父・隆忠は討ち死にした。
隆成は尼子再興軍に入ってから、
密かに銀山の工夫たちと連絡を取り続けていた。
毛利の締め付けは苛烈を極め、
工夫たちは奴隷のように働かされ、
坑道は崩落寸前。
代官たちは銀を搾り取ることしか考えていない。
夜になると、
坑道から上がってきた工夫たちは
疲れ果てて地面に倒れ込む。
焚き火の煙が漂い、
遠くで狼の遠吠えが響く。
空には星が瞬いているのに、
谷底の銀山だけは、
まるで光を拒むように暗かった。
「……いつまで、こんな暮らしが続くんだや」
誰かが呟く。
その声は、
銀山全体の呻きのようでもあった。
「もうちぃと辛抱せぇ。
隆成様が、きっと救いに来てくださるけん。」
その希望だけを胸に、
工夫たちの願いが谷に木霊した。
そのとき――
地面が、ぼこり、と盛り上がった。
土が破裂するように弾け、
四尺(約一二〇センチ)もある巨大な螻蛄が姿を現した。
甲冑のような外殻、
鍬のように発達した前脚。
その背に、黒装束の若者が跨っている。
天野隆成だった。
「た、隆成様じゃ!!
ほんに来てくださったが!」
工夫たちが一斉に駆け寄る。
「隆成様、待っとりましたに!
……そやけど、何に乗っとられるだ?」
隆成は螻蛄の背を軽く叩いた。
「こいつを見せたかったんだわ。
穴掘り専用の冒険者《掘る造》じゃ。
掘る造率いる五十の螻蛄が、
これからはおまえらの代わりに土を掘ってくれるけん。
もう命を落とす必要はねぇ。」
そう言うと、掘る造は
瞬きの間に人が一人入れるほどの穴を掘って見せた。
「おおお~~~!!」
歓声が谷に響く。
そのとき、工夫のひとりがぽつりと呟いた。
「……こりゃあ、ますます尼子様に領主になってもらわんといけんわ。
隆成様が代官になってくだしゃったら、銀山も救われるけん。」
その言葉に、周りの工夫たちが一斉に頷く。
「ほんにそうだわ!」
「隆成様なら、わしらの命を粗末にせんけん!」
「尼子様の世に戻してごしなん!」
谷底の空気が、
絶望から希望へと静かに、しかし確実に変わっていった。
隆成は、ひと際大きな体の工夫に声をかけた。
「準備はできとるかや?」
「もちろんですわ、隆成様。 いつでもやれますけん。」
隆成はこの日のために工夫達に働きかけ、
いつでも反乱を起こせるように準備していた。
隆成は頷き、夜空を見上げて叫んだ。
「ほんなら始めるで! 銀山の反撃の狼煙じゃ!!」
暗がりから、大砲を背負った巨大な蜘蛛が姿を現した。
蜘蛛は身を低くして構え、大砲が天へ向けて撃ち上がる。
隆成は拡声器を取り出し、満面の笑みで叫んだ。
「たまや~~~!!」
弾は空中で花開き、
銀山の夜空に光の花が咲いた。
その光は、
工夫たちの胸に灯った“希望”そのものだった。
「な、なんだこの騒ぎはぁ!! 工夫どもが暴れとるぞ!!」
工夫達を管理している口羽通良は半ば寝巻きのまま、
腰の太刀を掴んで外へ飛び出した。
そこには――
信じがたい光景が広がっていた。
工夫たちが松明を掲げ、坑道から雪崩のように飛び出してくる。
その背後には、
巨大な螻蛄が地面を割り、
大砲を背負った蜘蛛が兵士を吹き飛ばしていた。
「ぎゃああああ!!」
「虫じゃ! 化け物の虫が来たぞ!!」
兵士たちは混乱し、
槍を構える間もなく蹴散らされていく。
口羽は叫んだ。
「落ち着けぇ!!
工夫どもが反乱を起こしただけじゃ!!
虫は……虫はなんだこれはぁ!!?」
蜘蛛が大砲を向けると、
口羽は悲鳴を上げて転げ落ちた。
「何事だ。何が起きておる。」
銀山代官の小笠原長雄は帳面を閉じ、慌てて外へ出た。
そこへ兵が駆け込んでくる。
「だ、代官様! 工夫どもが反乱を……!
それに、巨大な虫が……!」
「虫? 何を言うとる。 もっと分かるように報告せんか!」
「い、いや…… 螻蛄みたいな……
いや、蜘蛛が大砲を…… わけが分かりません!!」
小笠原は眉をひそめた。
(工夫の反乱は分かる。
だが虫とは……? まさか尼子が何か仕掛けたか?)
判断は早かった。
「福原殿を呼べ! 兵を連れて援軍に向かわせよ!!
銀山を失えば、毛利家の財政が崩れるぞ!!」
福原貞俊は、
銀山街道沿いの陣屋で帳簿を広げていた。
「……銀の量が少し減っとるな。
工夫ども、またサボっとるんじゃないか?」
そこへ、
息を切らした兵が飛び込んでくる。
「ふ、福原様ぁ!!
銀山が……銀山が大変でございます!!」
「またか。 小笠原殿のところは騒ぎが絶えんのう。」
「い、いえ…… 工夫どもが反乱を……!
それに、巨大な虫が……!」
福原は眉をひそめた。
「虫? 何を言うとる。
まあよい、銀が止まるほうが問題じゃ。 兵を出すぞ。」
こうして福原は、
銀山へ向けて兵を率いて動き出す。
―――健太郎視点――
銀山の方角で、夜空が白く裂けた。
花火が尾を引きながら散り、山の影を一瞬だけ照らす。
「……始まったみたいですね。」
健太郎は静かに呟いた。
声は落ち着いているが、胸の奥では戦の歯車が確かに回り始めていた。
ここは、銀山代官の館から銀山へと続く街道。
毛利軍が銀山へ向かうなら、必ず通る一本道だ。
その両脇の森に、健太郎軍五百が潜んでいる。
全員、巨大蜘蛛の背に跨り、息を潜めていた。
蜂の報告では、館に駐屯している兵は三百ほど。
こちらは五百。
しかも蜘蛛の機動力と奇襲力がある。
戦闘にすらならない。
そこへ、夜目が利く偵察蜂が健太郎の前に着地した。
『福原貞俊が動いたよ。 銀山へ向かってる。』
みつきが今回連れてきた蜂は、
戦闘力を削ってまで軽量化された“夜間偵察特化型”。
三方面作戦に合わせて、三十ずつの偵察隊に分けてある。
その一隊が、福原の動きを逐一伝えてくる。
やがて、街道の向こうに松明の列が揺れた。
福原貞俊が先頭に立ち、銀山へ急いでいる。
健太郎は息を吸い、手を上げた。
福原の隊列が、森の中の健太郎軍の真横を通る。
兵たちは何も気づかず、ただ銀山の混乱に焦っていた。
先頭が完全に通り過ぎた瞬間――
健太郎は手を振り下ろした。
「撃て。」
次の瞬間、森が光った。
蜘蛛の背に乗った弓兵たちが、一斉に矢を放つ。
闇を裂く矢の雨が、福原軍の背中へ降り注いだ。
「ぐはぁっ!」
「な、なんだ!? 敵か!? どこだ!!」
悲鳴が連鎖し、兵が次々と倒れていく。
蜘蛛たちは木々の間を滑るように移動し、
別方向からも矢を浴びせた。
福原は振り返り、
自軍が瞬きの間に半数以上倒れたのを見て、
顔を青ざめさせた。
「ひ、引けぇ!! 退けぇぇ!!」
指揮官の叫びは悲鳴に近かった。
隊列は崩れ、兵たちは蜘蛛の影に怯えながら逃げ出す。
健太郎軍は追撃に移る。
逃げる兵に追いついては矢を放ち、
また追いついては矢を放つ。
夜の街道に、
矢が刺さる音と、倒れる音だけが響いた。
福原が三隅城に逃げ込む頃には、
彼の背後に残った兵は三十ほどしかいなかった。
健太郎は追撃を止め、静かに呟いた。
「……これで銀山へ向かう毛利の道は断たれました。
次は三隅城ですね。」
夜風が、花火の残り香を運んでいった。




