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湖山池に灯る火


 俺は山名義親だ

父は祐豊、この但馬の守護なのだ。

だが、最近は将軍の権威が揺らいできて、守護も名ばかりだ。

隣の因幡の守護、豊国叔父などは鳥取城から家臣に追い出されている。

ウチはまだそこまででは無いが、似たり寄ったりだ。

ただ、家臣に恵まれているだけである。


それなのに、今さら将軍家が動いた。

なんでも、毛利と織田に挟まれた者同士で一つの国を作ってしまおうという事だ。

上手くいくか? いや、今までだったら、いくら将軍家が優秀だったとしても無理だったろう。


しかし、―――木の道。

これがもし、本当に実現出来るなら、あるいは......


だが、因幡を実際動かしているのは豊国の家臣であった武田高信だ。

豊国叔父が今更何を言っても聞き入れられることはあるまい。

武田に直接行けば良いのに。

ここに至っても体裁を気にするなんざ、結局同じことになりはせぬだろうか。

まあ、行けと言われれば行くが......。


義親は祐豊の命で因幡の守護、山名祐豊に会わせるべく、布勢天神山城までやって来た。

案内をしたのは、光秀の娘、詩乃と冒険者組合の弥九郎、それに雑賀衆の孫市である。


――あの城の麓の守護館にいるはずだ。


それにしても、この蟻はすごい。

全く疲れることなく、ここまで来れてしまった。

これだけでも冒険者を入れる価値はあると思う。

外堀の手前で蟻から降りる。

蟻はそろそろと森の方へ消えていった。


外堀から中へ入る道にも見張りもいない。

皆、守る気力も無いのだ。いや、守るべきものはここには無いのかもしれない。

そう思いながら守護館へ近づくと、怒号が聞こえた。


「山名は終わりだ! 豊国様では国は守れぬ!」


「武田殿に従う方がまだましよ!」


国衆たちが守護館の前で揉めていた。

その中心に立つ青年――豊国の息子、直兼が必死に食い下がっている。


「終わらせぬ! 父上は……山名は、まだ立て直せる!」


「立て直す? 何を使ってだ。兵も金も無い。あるのは名ばかりの守護の看板だけだ!」


「……それでも、私は山名の子だ。逃げるわけにはいかぬ!」


直兼の声は震えていた。

怒りか、悔しさか、それとも恐怖か。

国衆たちは彼を守護の子として扱っていない。

ただの若造として押し返している。


俺は思わず足を止めた。


――これが因幡の現実か。


但馬の俺は、まだ恵まれているのだ。

父が弱っても、家臣たちが支えてくれる。

だが直兼には、それすら無い。


詩乃が小さく息を呑んだ。

弥九郎は眉をひそめ、孫市は無言で状況を見極めている。


直兼はなおも叫んだ。


「山名を……因幡を、見捨てるな!」


その声は、誰にも届いていなかった。

国衆たちは背を向け、守護館の門前から散っていく。

残された直兼は、拳を握りしめたまま立ち尽くしていた。


俺はその背に声をかけた。

「久しいな、直兼。元服の時以来やな」


直兼が振り返る。

驚いた顔が、すぐに懐かしさへと変わった。

「ん……? 其方、もしや義親ではないか?

 久しいのぅ。どうしたんや、こんなに突然」


先ほどの悶着を感じさせないほど、明るい声だった。

だが、その目の奥には疲れが滲んでいる。


「先ほどのは、国衆か?」

俺が問うと、直兼は苦笑した。


「え……ああ。知っての通り、鳥取城からここに押し込められてからは

 皆、鳥取の方に行ってしまうのでな。

 それでも何とか引き留めようとしておるんじゃが……何ともならん」

言葉は軽く装っているが、声は自嘲に沈んでいた。


国衆まで次々に見限られては疲れも堪えよう。

しかし、ちょうど良い。叔父に聞いてもらえば少しは元気が出るかもしれぬ。

「そこで豊国叔父に、提案を持ってきた。会うことはできるか」


直兼が肩を落とす。

「父上は……奥の間に引きこもっておいででな。

 もう、人前に出られる状態ではない。

 代わりに、わしが話を聞こう。館に上がってくれ」


守護館の門が軋む音を立てて開いた。

中は静まり返り、かつての守護所の威厳は影も形もない。


直兼が先に立ち、俺たちを案内する。


やがて、広間の前で直兼が足を止めた。

「ここで話を聞こう。……提案とやら、説明してくれぬか」


俺たちは座に着き、順に口を開いた。


まず俺が木の道の構想を語り、

弥九郎が冒険者組合の仕組みを説明し、

詩乃が惣国一揆の理念を静かに、しかし力強く語った。


直兼の瞳は、みるみる輝きを増していく。


――惣国一揆。

改めて聞いても、胸が熱くなる構想だ。


だが、直兼の表情はすぐに曇った。


「しかし……因幡の実権は武田高信が握っておる。

 しかも最近は毛利に近しい。高信が首を縦に振るか……難しいだろう」


重い沈黙が落ちた。


その空気を破ったのは、弥九郎だった。


「なれば、直兼殿が冒険者になったらどうですか?

 最初は木の道を繋ぐ作業ですが、因幡のためにもなる」


「ちょっと待って」


詩乃が弥九郎を制した。

その目は真剣で、どこか楽しげでもある。

「わたしもなります。冒険者に。

 木の道は、ある程度組織立って動く方が良いでしょう?

 惣国一揆も、木の道があってこそですわ。

 ここを鳥取よりも繁栄させれば、

 国衆も自然と惣国一揆に参加するはずです」


孫市が腕を組み、天井を見上げた。


「道だけでも人は来るやろうけどなぁ……

 “ここに来たらええことがある”っちゅうもんがあったら、

 もっと早うに人が集まるやろな。なんか無いもんかの」


人が集まるもの――

俺の頭に浮かんだのは、但馬での祭りの光景だった。

「賭け事とかはどうやろ?

 相撲で賭けたら、あないに楽しいことはない」


直兼がぱっと顔を上げた。

「相撲か! それなら湖山池の中の青島に土俵がある。

 だが……相撲取りを毎回呼ぶとなると、年に一度か二度が限界じゃな」


弥九郎が湖山池を見やる。

「この大きな池ですよね。

 相撲は年に一、二回として……池で出来る催しがあれば」


その時、詩乃が手を打った。

「アヒルの競争をやるのはどうでしょう?」


全員が詩乃を見る。

「アヒル……?」


「はい。毎日でもできますし、賭け事にも向いています。

 冒険者組合には鳥もいるのでしょう?

 “競鳥”という形で、この湖で新しい祭りを作れるのでは?」


直兼の目が、再び輝いた。

「……競鳥。

 湖山池で、毎日できる祭り……!」


その声には、

追い詰められた因幡の若き当主ではなく、

未来を見つめる青年の力強さが宿っていた。


こうして因幡の湖山池で行われる競鳥というのもが誕生した。







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