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国を作る一揆

天神山を出たのは、まだ朝靄の残る刻だった。

宇喜多直家は馬上から振り返り、

霧に沈む城を一瞥した。


「政秀の留守をついての奇襲じゃけん、

 義裕はそがぁに兵糧も用意して無かろぅて。

 置塩は、わしのもんになる、かぁ」


その声に、家臣たちは静かに頷いた。

直家の野心は、誰よりも重く、熱い。

その熱に焼かれぬよう、皆が距離を測っている。


山道を抜け、川沿いの平地に陣を敷いたのは日が暮れた頃だった。

焚き火がいくつも灯り、兵たちの影が揺れる。

直家は地図を広げ、明日の進軍を思案していた。


直家は政秀より先に置塩城を獲らなければならない。


だが直家には勝算があった。


「黒田んとこも動きゃあな。

 政秀には悪ぃけど...... これが戦国の世というやつかの」

黒田の兵と共に囲って、”降伏すれば置塩城を任せる”と言えば

義裕は直ぐに折れるだろう


そのときだった。


風が、ひとつ。

焚き火の炎が揺れ、幕舎の入口に黒い影が立った。

「……誰じゃ」


直家が顔を上げると、

そこに立っていたのは、

黒羽の外套をまとった少女――

宇喜多家の諜報役として、直家が最も信頼する影の一人。

「直家様に急ぎお伝えすべきことがあり、参りました」


直家は眉をひそめた。

「うづめか。何の用じゃ。 置塩は目前ぞ」


うづめは、静かに膝をつき、顔を上げた。

「置塩城は…… すでに赤松政秀殿が奪還されました」


直家の指が、地図の上で止まった。


「……何?」


「本丸は政秀殿の軍勢が押さえ、

 義裕殿は降伏。

 その嫡男・千代丸を、人質として差し出すとのこと」


焚き火の爆ぜる音だけが幕舎の中に響いた。


直家の目が細くなる。

怒りと計算が、同時にその奥で燃え上がった。

「黒田は……官兵衛は何と言うた?」


うづめは一拍置き、まるで温度のない声で答えた。

「『置塩を攻める大義は、もはや存在しない』

 ――官兵衛殿は、そう申されました」


直家の拳が、地図を握り潰した。

「ちぃ、政秀め……山名は如何した?」


うづめは微動だにせず、直家の怒気を受け止める。

「山名殿と政秀殿は将軍の調停者がおいでになり同盟を結ばれました。」


「将軍の調停者?……誰ぞ?」


「明智光秀、というお方にございます」


直家は口角を上げたが目は笑っていない。

「明智……将軍家におったな。

 じゃが織田にも出入りしておるはず。

 政秀と共に山名を攻めるはずじゃのに…… 謀られたかのう」


直家は天井を仰ぎ、深く息を吐いた。

「それにしても早えぇ戻りじゃ。 これが冒険者の力か……」


うづめは、わずかに視線を伏せた。

「さらに、お伝えすべきことがございます」


直家は目を見開き、うづめを睨みつけた。

「まだあるんか⁉」


「はい。......阿知潟が三村によって抑えられました」


直家の顔から血の気が引いた。

「……なん、だと……。 それを先に言え!」


うづめは無表情のまま、ほんの少しだけ肩をすくめた。

「申し訳ございません。 流石に言いづらくて」


直家は握り潰した地図を見下ろし、低く呟いた。

「……おのれ元親。 このままでは終わらぬぞ」


「毛利とも連携して動いているようです」


「ぬうう、ならば櫛崎城が前線になってしもうたわ。

 ......そうじゃ、冒険者に沼城と木の道を繋げてもらえ。

 そうせねば、あの城も奪われる」


直家はうづめを鋭く見据えた。

「謝礼は出す。 早急に頼むぞ」


うづめは深く頭を下げ、闇に溶けるように姿を消した。


夜風が吹き、焚き火の炎が揺らぐ。

その揺らぎの中で、直家の影は、

怒りと野心に燃える獣のように蠢いていた。




―――弥九郎視点――


春の光が差し込む置塩城の大広間は、戦の痕跡をまるで感じさせなかった。

無傷で奪還されたことで、赤松家の威厳をそのまま残している。

正面には、堂々たる 赤松扇の紋 。

その前に座る光秀の姿が、場の空気を引き締めていた。

その静謐な空間に、武将と異色の面々が次々と姿を見せた。



「殿、こちらへ」

黒田官兵衛が小寺政職(まさもと)の袖を軽く引いた。

逃がす気などない、静かな圧がこもっている。


小寺政職は播磨(姫路)の領主であるが、

ほとんどの業務は官兵衛はやっており、

今日の会議も何だか嫌そうである。


政職は露骨に渋い顔をした。

「なぜ私が……。置塩は赤松殿の城であろう。

 播磨のことは、私が出るまでも――」


官兵衛は声を落とし、しかし言葉は鋭く諭す。

「殿、今の播磨は一国で諸大名に太刀打ちできませぬ。

織田に毛利、どちらにも付きたくは無いのでしょう?

ならば、我らが手を取って協力せねば飲み込まれてしまいますぞ」


政職は顔をしかめる。

「……それは、わかっておるが」


「殿がここに座らねば、

 “播磨は時代に取り残される”と見られましょう。

 それは小寺家にとって致命的にございます」


「……うむ」

政職は息をのみ観念したように席へ向かった。



赤松政秀は堂々と歩み入り、光秀に深く一礼する。


「光秀殿、置塩は無傷で取り返した。

 この城で会議を開けること、誇りに思う」


その声には、”これからは本家の赤松に遠慮しなくても済む”という自信が滲んでいた。



続いて山名祐豊が大広間を見渡し、満足げに頷く。


「良い城ですな。 武の象徴として申し分ない。

 ここに学問と芸能が加われば、但馬と播磨はさらに栄えましょう」


政秀が鼻を鳴らす。

「文化で国が守れるならよいのだがな」


祐豊は微笑み、あえて返さなかった。




「アニキ、ここ座っていいんですかの?」


孫市は肩をすくめる。


「好きにせぇ。お前も若狭の領主や。

 今は朝倉に国を獲られとるがのがの」


と笑う。

武田元明は本圀寺の変で雑賀衆の下手間をしてから

孫市のことをアニキと言って慕っている。

将軍家に援軍に来たものの、

帰る場所は朝倉義景に占領してしまっているため、

孫市に引っ付いている。


孫市は壁際に立ち、腕を組む。


「今日は戦の話だけやあらへん。

 国をどう回すかって話やろ」


光秀が静かに頷く。

「おのおの方、今日は播磨と但馬のこれからについて、

 存分に意見を述べていただきたい。

 瀬戸内を統べる冒険者組合の長・弥九郎殿、

 そして雑賀衆の孫市殿にも参加してもらった」


突然名前を呼ばれたので肩がわずかに跳ねたが、出来るだけ堂々と胸を張る。

実は健太郎から、西日本の詳細な地図を預かっている。

これを広げ、淡々と述べる。

「今、備中にあるデカ木島という所から

 天神山付近まで木の道が通っております。

 それを京まで繋げようと考えております。

 それによって海から陸の運搬も段違いに変わって参ります。」


孫市が眉をひそめる。

「木の道いうんはなんや?冒険者は海だけとちゃうんけ?」


「木の道言うんはデカ木島から生えている木なんですけど、

 成長が非常に早いんです。

 冒険者組合では、 

 それを挿し木や接ぎ木で道を作れるようになりまして。」


「道は既にあるではないか。新しく作ることもあるまい。」

政職が腕を組みのけぞっている。


「その道なのですが、最初は虫が荷や人を枝から枝へ渡り運ぶのですが、

 そのうち木が育って参りますと、

 坂道のない、一直線の道が出来上がります。

 ここは冒険者なら行き来できるようになりますので

 往来は格段に楽になります。」


広間がざわついた。

坂道のない真っすぐな道――それは物流の革命だった。


祐豊が目を輝かせる。

「それはどこからどこまで通すおつもりか?」


「京から赤間関まで山陰と山陽を貫く道です。

 南北にも数本通します。

 京から赤間関まで、一日で行けるようになります」

と地図をなぞり、説明していく。


祐豊は前のめりになった。

「こんなことが...... もしこんなことが可能なら

 文化や芸能にも革命が起こるぞ!」


政秀が腕を組む。

「しかし、木の道とやらに関をおくのか?」


「そこなんです。木の道は基本関を置きません。

 ただし、城へ向かう道だけ、詰め所を設けられます。

 そうすることで、経済がより良く回り、結果的に税収は上がるでしょう。

 道は無料で敷設しますので、関の件はお願いいたします。」


この時代、関所は重要な収入源であったが

政職が以外にも乗り気になった。


「無料で道が付くのなら良いではないか。

 出入り口に関を設ければ済むことじゃ。のぅ、官兵衛。」


官兵衛も静かに頷く。


「しかし、誰でも入れるわけにはいかん」

政秀は腕を組んだまま目を閉じている。


「それについては、冒険者しか通れませんし、

 冒険者はこの登録証を持っていますので、

 木の道の中では誰がどこにいるか把握できます。」


短刀を抜き、光る刀身を見せると、広間がどよめいた。


「それはすごい!是非私も協力したいです」


場が静まった。

声を発したのは、光秀の後ろに控える詩乃だった。



「詩乃。ここは国の代表の場じゃ。女子のお前が口を挟むところではない。」

光秀は詩乃に冷たく言い放ち、全員に向けて言う。

「娘が失礼をいたした。この場は控えて居るようにと申したのですが......」


「ええやんけ。詩乃殿は織田家の相談役にもなっとるんや。

 むしろ意見を願うくらいや。」

孫市は詩乃をうっとりとした目で見て言った。


その“織田家の相談役”という言葉が、空気を変えた。

政秀も祐豊も、政職でさえも、

詩乃をただの娘として扱えなくなった。


光秀殿の娘さん、めっちゃかわええ……

しかも織田家の相談役って、すごすぎる……

「詩乃殿、よろしければ意見をお聞かせください。」

その若さでしかも女性で織田家の相談役と言うことは、”できる人”に違いない


その視線が一斉に詩乃へ向けられた。

詩乃は一歩前に出て、静かに口を開く。

「……皆さま。 いま必要なのは、国を守るための“同盟”ではありません」


その声は震えていない。むしろ、場の誰よりも落ち着いていた。


「戦で国を奪い合う時代は、もう終わりにすべきです。

 木の道が国を繋ぐのなら、 私たちもまた、国を繋ぐ仕組みを作らねばなりません」


祐豊が息を呑む。


詩乃は続けた。

「但馬も、播磨も、皆が力を出し合い、

 “国を一つに治める仕組み”を作るべきです」


光秀が目を見開く。


政秀が腕を組んだまま、わずかに身を乗り出す。


孫市が口角を上げる。


そして詩乃は、

この場にいる誰もが思いつかなかった言葉を落とした。

「――惣国一揆そうこくいっきを、結びませんか」


広間が揺れた。


政職が思わず立ち上がる。

「惣国……一揆……?」


祐豊が呟く。

「国を……一つに……?」


孫市が笑った。

「おもろいやないか。

 国を守るための一揆やのうて、 国を作るための一揆か」


光秀は娘を見つめた。

その瞳には誇りと、驚きが少しずつ混ざっていた。


詩乃は深く頭を下げる。


「織田と毛利に挟まれている国衆を一つの国として纏めるのです。

 どうか、皆さまのお力を。

 この国を、戦ではなく“協力”で繋ぐために」


惣国一揆という言葉は、

 この少女の口から生まれたのだ。




 

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