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銀山の調停と隠れ家の銃声

恵瓊殿の書状に指定されていた会議の場所は生野銀山の鉱山奉行所だった。


生野銀山の斜面を削って建てられた鉱山奉行所は、

山中の建物とは思えぬほど整った造りをしていた。


 建物の中は黒光りしている板張りで

壁には銀の計量に使う古い秤や、鉱山の地図が掛けられていた。

中には囲炉裏の火が赤く揺れ、炭の匂いがほのかに漂っている。


その囲炉裏の奥に、将軍の調停役として

明智光秀が来ていた。

その立ち姿は、

武家の隙のない佇まいでありながら、

どこか静かな気品を帯びている。


囲炉裏を明智光秀、山名祐豊、赤松政秀、そして弥九郎の4人が囲う。

 今や生野銀山の鉱山奉行所は、

銀を管理する場所であると同時に──

但馬、播磨の行く末を左右する舞台になっていた。


囲炉裏の揺らぐ炎を一瞥し、光秀はゆっくりと口を開く。

「……赤松殿。山名殿。 この争いは、但馬を荒らすだけにございます」


声は低く、しかしよく通る。

怒鳴らず、威圧せず。

それでも誰も逆らえない声だった。

政秀は腕を組んだまま動かない。

祐豊は視線を落とし、火の揺らぎだけが二人の表情を照らす。

光秀は左右の二人と交互に目線を合わせた。

「将軍家の名において、ここは争いを終わらせ、共に置塩城を奪還するべきです」


政秀としては共に山名を討ち果たすはずの織田の武将が敵と共に現れたのだ。

しかし、置塩城が落ちたという情報は政秀にとって大変深刻であった


政秀は拳を握りしめ、光秀の言葉を飲み込んだ


光秀の声が奉行所の土壁に吸い込まれ、

囲炉裏の火がまた小さく弾ける。

政秀も祐豊も、

その静かな言葉に押し返されるように頷き、

調停はひとまず形を成した。


これで、後は置塩城を奪還すれば羊の任務は完了だ

直家が置塩城を取ってしまうと政秀と後々遺恨を残してしまうので

直家が行動を起こす前に戻らなければならない。


「光秀様。 置塩城には赤松様のご家族が残っています。

 早く奪還しないとご家族も危ういかもしれません。

 それで、冒険者組合として1つ策がございます。」

家族はもう捕まっているかもしれないが......早いに越したことはない。


光秀が振り返る。

その眼差しは、先ほどまでの調停の場とは違い、

戦場の鋭さを帯びていた。

「……弥九郎殿、何か早く置塩城に行く手立てが?」


「はい。蟻二百で運んでいた兵站を、生野銀山に置いていきます。

 兵站は後から運べばよいので。

 まずは、二百名を蟻に乗せて先行し、 置塩城へ戻りましょう」


光秀が息を呑む。

「蟻に......乗れるのか?」


「鐙は付けていませんが、それでも蟻は人の五倍速いです。

 200名でまず、赤松殿のご家族を捜索すればどうですかね?」


光秀は短く考え、すぐに決断した。

「……それで行こう。 政秀殿の家族を守るのが先だ」


政秀はその言葉に胸を震わせ、深く頭を下げた。

「恩に着る……!まだ居館の隠れ家に隠れているはず。

 だが、見つかるのも時間の問題。......早く行かねば。」


光秀は囲炉裏の火を背に、静かに外を指し示した。

「赤松殿、此度は雑賀衆を連れて参っております。

 ご家族の居場所をご存じであるなら

 後は急ぎそこを守るのみ。

 守るだけならば鉄砲ほど頼もしいものはございません。

 ご安心めされよ。」


政秀の肩がわずかに震えた。

その震えが、どれほど家族を案じていたかを物語っていた。


──雑賀衆。


その名を聞いた瞬間、弥九郎の胸にひとりの顔が浮かんだ。

案内された先、坑口から吹き込む霧の中に立っていたのは──


背に八咫烏を染め抜いた赤い羽織。

火縄銃を肩にかけ、霧を割るように笑う男。


孫市だった。

「おおう?弥九郎やないけ。奇遇やのぅ!いつぶりや?」

その声は、山中の冷気をものともせず響いた。


弥九郎は思わず笑ってしまう。

「師匠やないですか!お久ぶりですー。いや、でもひと月ほどですね。

 そんなに久しぶりでも無かったです。」


「せやせや。備前福岡に行く言うて堺で見送ったばっかりやったな。

 わはは、元気そうで何よりや」

孫市は相変わらず自然体だった。

その飄々とした態度が、逆に場の緊張を和らげる。


「ところでなんでこんなところに? 本願寺に行ったんでしたよね?」


「ん? あぁ、いろいろあってな。今は光秀殿の手伝いやってんやしよ。

 弥九郎こそ、こげなとこで何しとんや?」


「あぁ、こちらもいろいろありまして。今は冒険者組合長言うんをやっとります

 それで赤松殿の兵站輸送を任されてまして」


「冒険者て......あの村上のかえ? おもろいことやってるやないけ。

 ......そういやほたるはどうしたんや? もうやったかや?」


「いやいや、ほたるさんは備中の組合本部で副長として働いてもらってます。

 ......やっては、ないです。」


 孫市の眉が見事な八の字に曲がった。

「はあ? おぬし...... そらぁ、かぁいそうにのぅ。

 ええか、師匠としての忠告や。

 童貞で死んだらあかん!ええかぁ、今回はしゃぁないから死なんようにせぇ。

 そんで、卒業するまで戦場に来たらあかん。絶対やぞ!」

孫一は本気で言っているようだ。

 孫一には美学がある。

戦場は命のやり取りを楽しむ場所。

だが──童貞だけは、まだその舞台に立つ資格がない。


ほっといてほしい。

心の中でため息をついた。


だが、雑賀衆がいるなら話は早い。

雑賀衆の鉄砲は、置塩城奪還において最強の切り札になる。


弥九郎は孫市に向き直った。

「師匠。先行部隊に加わっていただけますか。

 赤松殿のご家族を守るために、どうしても力が必要です」


孫市はにやりと笑った。

「言われんでも行くわ。 任せとき」


霧の向こうで、雑賀衆の火縄銃が静かに光った。




―――政秀の妻視点――


隠れ家の中は、冬の冷気よりも静かだった。

厚い布で覆われた入口の向こうからは、

時折、兵の怒号が風に乗って届く。


妻は子どもたちを抱き寄せ、

震える指先を悟られぬよう、そっと長男の背を撫でた。


「大丈夫よ。父上は必ず戻ってこられます」


言葉は落ち着いていたが、

胸の奥では心臓が痛いほど脈打っていた。


長男は唇を噛みしめ、

幼い長女は兄の袖を握って離さない。


「……お母さま。父上は、ほんとうに来てくださるのですか」


長男の声は、かすかに震えていた。

妻は微笑もうとしたが、うまく形にならなかった。


「来てくださるわ。あの方は、約束を違える人ではありません」


そう言いながら、

妻は隠れ家の奥に置かれた小さな灯りに目を向けた。

その揺らぎが、まるで家族の命そのもののように思えた。


外で、足音がした。


どん……

どん……


土を踏みしめる重い音。

義裕の兵が、ついにこの辺りまで来たのだ。


長女が小さく悲鳴を上げ、妻の袖に顔を埋めた。

「静かに……息を潜めて」


妻は子どもたちを背に庇い、

伯母がそっと前に出た。

その背中は細いのに、どこか頼もしかった。


「ここだ! この奥だ!」

怒号が響き、

隠れ家の入口が激しく揺れた。


布の向こうで、木が軋む音がする。

兵が押し破ろうとしているのだ。


(……間に合わなかったのか)


政秀の名を心の中で呼んだ瞬間、妻の胸に冷たいものが広がった。


長男が震える声で言った。


「お母さま……こわい……」


妻は子どもたちを抱き寄せ、自分の震えを押し殺した。

「大丈夫。私が守るわ」


その言葉は、祈りに近かった。


入口の布が裂け、

兵士の顔が、隠れ家の入口から覗かせた。


「……見つけたぞ。女と子どもだ」


妻は子どもたちを背に庇い、伯母が前に出た。


兵士の手が、妻の髪を掴もうと伸びた──その瞬間。


乾いた破裂音が響いた。


兵士の頭が、後ろへ弾け飛ぶように倒れた。


妻は声も出せず、ただ目を見開いた。


「……え?」


何が起きたのか理解できない。

義裕の兵たちも同じだった。

全員が動きを止め、倒れた仲間を見下ろす。


その静寂を裂くように、霧の奥から声が響いた。


「おいおい。女に手ぇ出すんは、感心せんなぁ」


霧が揺れ、

六本脚の巨大な影が滑るように現れた。


蟻だ。

その背にまたがり、火縄銃を肩に担いだ男がいた。


赤い羽織。背に八咫烏。


孫市だった。


「わぇの前で女に手ぇかけるんは……命知らずにも程があるで」


孫市がにやりと笑うと、

背後の霧の中から、次々と蟻に乗った雑賀衆が現れた。


義裕の兵たちは、

ようやく自分たちが“包囲されている”ことに気づいた。



妻は政秀の姿をとらえると

震える子どもたちを抱きしめながら、

胸の奥で何かが崩れ落ちるような安堵を覚えた。


(……助かった)


涙が頬を伝った。




 ―――弥九郎視点――


置塩城の本丸は、夕暮れの光に沈んでいた。

義裕軍が本丸にたてこもり、三日。

義裕の兵は一歩も外へ出られなくなっていた。


雑賀衆は撃つだけ 後の4人は弾を込める武田の兵

この妙な布陣で連射を可能にしていた。

唯の連射ではなく、100発100中の雑賀衆の連射だ。

義裕の兵は堪らず二の丸まで手放した。


二の丸の北に兵糧が積まれてあったので

本丸には兵糧がないはず。


弥九郎は本丸の石垣を見上げた。

かつては堅牢を誇ったその城も、

今は静まり返り、風の音だけが響いている。


「……そろそろ限界か」


雑賀衆の一人が呟いた。

弥九郎も同じことを感じていた。


補給は尽き、兵は飢え、

士気は地に落ちている。


やがて、本丸の門がきしむ音を立てて開いた。


中から現れたのは、義裕だった。

その目は虚ろで、

しかしどこかにまだ武将としての意地が残っている。


義裕はふらつきながら弥九郎の前に立ち、

乾いた声で言った。

「……赤松政秀殿に……会わせてくれ」


その声は、

敗北を認めた者の声だった。







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