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天神山が開く日



――中山左馬之助視点――


(……ほんまに、やるんか)


左馬之助は、兵糧を積んだ台車の取っ手を握りしめた。

手のひらが汗でじっとりと濡れている。


今日も兵糧は少ない。

最近兵糧がほとんど入って来なくなり

米蔵の底が見え始めている。


(こんな城、もう持たん……)


そう思いながらも、

胸の奥ではまだ“最後の一線”が揺れていた。


だが、搦手(裏)門の前に立った瞬間、その迷いは薄れていく。

山を丸ごと城に変えたこの城は、攻められたことが無いので

門の閂も横の方へ立て掛けられて、その役目を発揮したことは無い。

脇に置いてある閂の端を持ってくる。

左馬之助の足よりも太い棒が、ぎしりと音を立てた。


(……これを、台車に積むだけじゃ)


兵糧袋の陰に隠すように、

閂をそっと台車へ滑り込ませる。


誰も気づかない。

米が入るまでは粥になっており

皆、腹が減って気力がない。


(もう一つじゃ)

心臓が音をたてるが、頭は意外と冷静だ

左馬之助は二の丸の横手門に回り、もう一つ閂を積む。


左馬之助は台車を押しながら、

城の裏手へと回り込んだ。


人影のない場所で、閂を台車から草むらへ放り捨てる。


その瞬間──


「おう、左馬之助!」


心臓が跳ね上がった。

振り返ると、同僚の足軽が水桶を抱えて立っていた。


「……なんじゃ、脅かすな」

声が震えないように必死で抑える。


「悪い悪い。兵糧、もうそれだけか?」


「……ああ。これで終いじゃ」


足軽はため息をつき、

「まったく、今の季節から米が無ぇいうてなぁ

 わしんとこの田んぼは良ぅ採れたけどなぁ」


「ほんに。どがんなとんじゃろうなぁ」

と出来るだけいつもの調子を装う


「早う粥じゃねぇ飯がくいてえもんじゃのぅ……」

と愚痴をこぼしながら去っていった。


(……助かった)


膝が笑いそうになるのをこらえ、

左馬之助は深く息を吐いた。


その時だった。


「敵襲じゃあああああッ!」


城内がざわめき、兵たちが走り出す。


「搦手の門を固めろ! 急げ!」


「閂はどこじゃ! 閂が──」


「ないぞ! 閂がない!!」


叫びが、天神山の空気を裂いた。

左馬之助は、その場に立ち尽くし

(……もう、戻れんで)

と胸の奥で呟いて、閂を捨てた叢に身を隠した。




――弥九郎視点――


時は少し遡る。

魚屋の密談から数日が過ぎた朝──

冒険者組合の前には、見たこともないほどの長い列ができていた。


受付には弥九郎、ほたる、そして宇喜多家から派遣されたうづめが並び、

次々と押し寄せる登録希望者を迎えている。


その原因は児島衆の頭領・児島甚五郎と、熊山衆の頭領・熊山権六が、

手下を総勢引き連れて現れたからだ。

二人とも、阿部禅定からの紹介状を携えていた。


児島甚五郎は、潮風をまとった四十代後半の男だった。

背は低いが、肩幅と胸板で樽のように丸く、

日に焼けた腕には縄の跡が深く刻まれている。

海で生きてきた者の体だ。


一方の熊山権六は、六尺ほどの長身をひょろりと伸ばした男。

細身なのに、立っているだけで山の影のような重みがある。

風に削られたような顔立ちに、黒目がちの目が静かに光っていた。


二人の名を聞き、健司が浮かべる魔力ボードに情報を書き込んでいく。

年齢、所属、そして血を一滴垂らした短刀を横に刺せば──登録は完了だ。

刃に宿る淡い水色の光が、冒険者となった証だった。


ちょうど良い機会だと、弥九郎は二つの組に大仕事を任せることにした。

本太城から瑜伽大権現を抜け、児島の東端・小浦へ。

そこから海峡を渡り、宇喜多の守る沼城へ。

さらに北上し、備前福岡を経て天神山城まで──

“木の道”を十日で繋ぐ。

船を使えば、接ぎ木用の大枝も運べる。


甚五郎は豪快に笑った。

「わしら海賊は、村上殿に右へ倣えよ!

 それに禅定殿が言うなら逆らえん。……それになぁ」

弥九郎の短刀を覗き込み、目を細める。

「この“魔力付与”とやら、面白そうじゃねぇか。

 水が出るいうんは、どういう仕掛けなん」


うづめが静かに口を開いた。

「宇喜多様も、児島衆、熊山衆の加入を歓迎しております。

 ……弥九郎、これで船での運搬が可能になるな」


弥九郎は頷き、二人を見据えた。

「甚五郎殿、権六殿。

 児島から備前福岡、熊山、天神山の手前まで──

 木の道を繋ぐ材料の運搬をお願いしたい」


甚五郎は腕を組み、にやりと笑う。

「海の道はわしらの得意分野じゃ。木の道も、やっちゃろう。

 船でも道案内でも、使えるもんは全部使うてくれぇ」


権六も口元をわずかに緩めた。

「組で十日働いて二百二十万円……米にすりゃ百十俵か。

 こがぁに米が無ぇ時分に、ありがてぇ話じゃの」


この地域だけ米が不足しているのは、禅定が流通を調整しているからだ。

冒険者の通貨“円”は米と等価で交換できるため、

最近は町人も農民もこぞって登録に来ていた。


甚五郎が豪快に笑う。

「相変わらず堅ぇのう、権六!

 わしなら百五十俵はもろうとるぞ!」


「お主は取りすぎじゃ」


ほたるが短刀を差し出した。

「ではぁ、今日からあなた方も冒険者です。

 児島甚五郎殿、熊山権六殿」


二人は短刀を受け取り、

刃に宿る淡い水色の光をじっと見つめた。

「……時代が変わるんじゃな、弥九郎殿」


弥九郎は静かに頷いた。

「変えるんですよ。わしらの手で」


その瞬間、

冒険者組合の空気が、確かに動いた。




――宇喜多直家視点――


天神山城が落ちた。

曇り空の下、崩れゆく石垣を見下ろしながら、

宇喜多直家は静かに立っていた。


歓声も、怒号も、血の匂いも──

すべてが遠くに感じられた。

「……終わったか」


背後で、うづめが膝をつく。

「直家様。 天神山、完全に制圧いたしました」


直家は頷き、山の向こうへ視線を向けた。

そこには、かつて主家であった浦上宗景の領地が広がっている。


「宗景様……」

その名を口にした瞬間、胸の奥に微かな痛みが走った。

敬意でも憎しみでもない。

ただ──時代が終わる寂しさ。


宗景は無能ではない。

だが、時代の流れに取り残されただけだ。


直家は静かに息を吐いた。

「これからは、わしがやる。

 浦上の名に頼らず、 浦上の影に怯えず、

 わし自身の手で、この国を動かす」


その時、足音が近づいた。

「……直家様」


黒田官兵衛が現れた。

若いが、眼光は鋭く、すでに小寺の軍勢を動かしている。

「政秀殿が二千五百を率いて竹田城へ向かったとの報せです。

 山名攻めに全力を注ぐつもりでしょう」


直家は官兵衛を横目で見た。


「置塩は空になるな」


「はい。政秀殿は義裕殿を軽んじておられます故……

 義裕殿は政秀殿を良く思っておりませぬ。

 “政秀が隙を見せれば必ず突く”と、家中でも噂されております」


赤松家は本家が義裕で分家が政秀であるが、

本家を差し置いて将軍家や織田家に取り入っている政秀の事が気に入らない

城は近くだが、お互いに犬猿の仲である


政秀は義裕に知られないように出陣したはずだが......

直家の口元がわずかに歪んだ。

「政秀が山名へ出陣し、置塩城は空。

 しかも、わしが浦上を攻める

 つまり背後が空く──

 その情報を聞けば、必ず置塩へ向かう」


うづめが静かに言う。

「すでに、義裕側の諜者に“聞かせて”おきました。

 『政秀殿は竹田城へ向かい、置塩は手薄』──と」


官兵衛が頷いた。


「我らが三日で天神山を攻略したとは思いますまい

義裕殿は、まだ動いておりませんが……置塩城を狙うことは時間の問題」


直家は天神山の向こうを見据えた。

「宗景様……

 あなたが守れなかったものを、わしが拾う。

 置塩も、播磨も、 そして……この国も」


風が吹き、天神山の煙を押し流す。

その煙の向こうに、木々の間を縫う一本の“道”が見えた。


木の道──

あの日、弥九郎が始めた奇妙な計画。

あれが、戦の常識をひっくり返した。


直家はそっと目を閉じる。


潮風をまとった児島衆が、デカ木島から切り出した巨木を東の大川まで運び出す。

熊山衆はその木材を北へ、北へと押し上げる。

運ばれてきた材は、虫たちの手で縄に括られ、

鳥たちの翼によって“木の道”の建設地点へと運ばれていった。


そこから先は、接ぎ衆──

木と魔力を扱う奇妙な冒険者たちの仕事だった。


彼らが木を繋ぐたび、

木は生き物のように脈打ち、

みるみる太り、

夜が明ける頃には一本の太い“道”へと姿を変えていた。


常識では考えられぬ速度だった。

船よりも早く、馬よりも確かに、

虫に乗れば阿知潟から天神山城まで一直線に駆け抜けられる。

そのおかげでギリギリまで浦上に気取られずに兵を進めることが出来た


直家の脳裏に、ふっと弥九郎の顔が浮かんだ。


──何処に生えるかわからん、と言っていたくせに。


とんだ食わせ物よ、と直家は思う。

欺かれたはずなのに、

気づけば口元が緩んでいた。


自分でも驚くほど、自然に。

「……まったく、あやつは」


天神山の風が、直家の頬を撫でた。

その風の向こうに、弥九郎の笑みが見える気がした。



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