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不落の牙が折れる朝


月山富田城は、山そのものが牙を剥くような城だった。


七つの尾根に七つの砦。

一つ落としても、次の砦が待ち構える。


上からは矢が降り、石が転がり、斜面は急で、足を踏み外せば谷底へ真っ逆さま。


そして何より厄介なのは── この山には“水”がある。

普通の山城なら、井戸を枯らせば終わりだ。

だが月山富田は違う。

湧き水が絶えず、兵は疲れず、士気も落ちない。


毛利元就ですら、

正面からは落とせなかった城。

それが、月山富田城だった。


姫路に待機していた800の兵はそのまま蜘蛛に騎乗して

月山富田城に迫る。

――早い。蜘蛛は道なき道を走り、寝ていても暗いうちにここまで辿り着いた。

 まだ日が昇るまでには一刻はかかるだろう

月山富田城は不落の城だ

しかし、上から攻められる想定はしていない


「ここじゃ、毛利はこの崖を登れるとは思うまい」

人が歩くことを想定していない、獣道ですらない急斜面。

ここが本丸の裏手になる

鹿之助が健太郎をみてうなづく。


健太郎も短く頷き、騎乗している蜘蛛の背を軽く叩いた。

次の瞬間――

蜘蛛たちが一斉に崖を駆け上がる。


音はない。

ただ、影が流れるように崖の上の塀を超えていく。


本丸の見張りが気づいたのは、

蜘蛛が天守の縁に達した瞬間だった。


「な、なんだ──」


その声が最後だった。


上から攻められることはないので兵のほとんどはまだ居館にいる

ここへは戦になれば麓の居館からここへ登ってくるので

本丸、二の丸、三の丸と合わせても全部で50人ほどだ。

それを、800の兵で一気に抑えた。


そこで周囲が明るくなり始めた。



――七曲輪の見張り兵視点――


――夜が明けた。


この季節、明け方の冷え込みは骨に染みる。

見張り兵の市松は、火鉢に手をかざしながら小さく舌打ちした。


「交代、早う来んかの……」


眠気が一番きつい時間帯だ。

早く山を降りて寝床に潜り込みたい。

月山富田城は堅城だ。敵が攻めてくるなど、まずあり得ない。

最近は“人ほどの大きさの虫”が出るせいで、

七曲輪の仕事はほとんど虫退治になっていた。


「また虫でも出たんかの……?」


上の砦の方が騒がしい。

この砦からは喧噪しか聞こえないが、

どうやら相当な“大物”が出たらしい。


はぁ、とため息をついた瞬間だった。


――どさっ。


上から、人が落ちてきた。


「ちょ、ちょっと! 大丈夫ですかいの!」


慌てて駆け寄ると、兵は生きていた。

だが背中を強く打ったのか、声が出ない。

ただ、震える指で“後ろ”を指している。


市松は眉をひそめ、ゆっくりと振り返った。


「……え?」


上の砦にいたはずの兵たちが、

こちらへ向かって全力で駆け下りてくる。


その後ろには──

巨大な“盾”のようなものが、地響きを立てて迫っていた。


理解が追いつかない。

何が起きているのか分からないまま、

上の兵が一人、二人と門をくぐり、

七曲輪を素通りして下へ逃げていく。


「お、おい! 何があったんじゃ!」


市松は走りながら、追い抜いていく兵に叫んだ。

だが返ってくる言葉は、どれも支離滅裂だった。


「む、虫じゃ! いや、虫じゃない! なんか、なんか……!」


「本丸が……! いや、わしは見てないが……!」


「とにかく下がれ! 居館まで下がれと……!」


市松は混乱のまま、

七曲輪の兵たちとともに山を駆け下りた。


居館に着くと、先に逃げてきた兵が必死に報告していた。


「七曲輪が……! 上から……!」


武将たちが怒号を飛ばす。


「落ち着け! 何が来ると言うのだ!」


その時だった。


砦の方から、

“何か”がこちらへ迫ってくる気配がした。


弓兵が一斉に弓を構え、

緊張で空気が張り詰める。


市松も思わず息を呑んだ。


朝日が差し込み、

砦の影がゆっくりと伸びてくる。


その影の中から──

八本の足を持つ巨大な影が、静かに姿を現した。

巨大な蜘蛛から盾が生えている


弓兵の手が震えた。

「な……なんなんじゃ、あれは……」

誰も答えられなかった。

盾の隙間からはこちらをにらむ尼子の旗を背に刺した兵が見える


堪らず誰かが弓を射るが盾が生えた蜘蛛が移動して矢を防いだ

「ひぇ...」

ただ一つだけ分かったのは、

月山富田城が、もう守りきれないということだった。




――—健太郎視点―――


――月山富田城攻めは、驚くほど順調だった。


夜明け前に本丸を押さえ、

二の丸・三の丸も静かに制圧した今、

日が昇ってからは、もはや“行軍”に近い。


健太郎は蜘蛛の背から七曲輪を見下ろし、

淡々と状況を確認した。


砦の兵は、ほとんど前方だけを警戒している。

月山富田城は“外から登ってくる敵”を想定した造りだ。

後ろから迫る蜘蛛の軍勢に気づいた頃には──

もう声を上げる暇すらない。

蜘蛛が影のように砦へ忍び寄り、

兵が振り返った瞬間にはもう勝負がついている。

逃げた兵を見て、別の兵が何事かと気づき、

また逃げる。

逃げ遅れた者は、すでに倒れていた。


七曲輪の砦は、

まるで積み木を崩すように次々と落ちていく。


健太郎は冷静に指示を飛ばした。

「七曲輪、最下段まで制圧完了。

 残るは居館の毛利兵だけだな」


ここから左手に、毛利の居館がある。

騒ぎを聞きつけた兵が、前の広場に集まり始めていた。

盾を構えた蜘蛛の部隊と対面している


健太郎は砲兵隊に目を向ける。

「砲兵。ここから撃てるか?」


砲兵隊は三匹一組で動く。


大砲を背負った蜘蛛

砲手が乗った蜘蛛

火薬と砲弾を運ぶ蜘蛛


それぞれが役割を分担し、

まるで一つの生き物のように連携していた。


大砲を背負った蜘蛛が、

塀の上へするすると登っていく。


「……よし、撃て」


大砲を背負った蜘蛛が塀の上に登って体制を低く構え、

砲手が短く呪文を唱えると、火薬に火が走った。

次の瞬間、

轟音が山中に響き渡る。


居館前の広場が爆ぜ、

土煙が舞い上がった。


続けて二発、三発。

蜘蛛たちは寸分違わぬ動きで大砲を撃ち続ける。


毛利の兵たちは、

その異様な光景に恐慌をきたした。


「ひ、ひけぇっ! 麓へ下がれ!」


誰かが叫ぶと、

堰を切ったように兵が逃げ出した。


健太郎はその様子を見下ろし、

静かに息を吐いた。


「……これで終わりですね」


月山富田城。

毛利元就ですら正面からは落とせなかった堅城が、

今、蜘蛛の軍勢によって音もなく崩れていく。


健太郎は蜘蛛の背に手を置き、

次の指示を出すため前へ進んだ。




――吉川元春視点――


出雲の山々を渡る風は冷たく、

春とは名ばかりの鋭さを帯びていた。


吉川元春は馬上から前方を見据えた。

毛利元就の次男であり、毛利家の“武”を担う男。

若い頃から前線に立ち続け、その剛勇は山陰一帯に鳴り響く。

敵を前にすれば迷わず突き、退き際もまた迷わぬ──

そんな戦場の申し子である。


その視線の先には、

つい昨日まで毛利の旗が翻っていたはずの月山富田城がある。

だが今、天守に立つのは──

尼子の旗。

元春の奥歯が軋んだ。

「……よくも、わしの縄張りで好き勝手を」


怒りを押し殺し、

彼は背後に控える兵を振り返った。

集まったのは、

出雲・石見の即応兵、三千余。

遅れて伯耆からの援軍が加わり、

総勢は五千に届こうとしていた。

月山富田城を奪われた報告を聞くと直ぐに取り返すための兵を引き連れ、

ここまでやって来た。

本来ならば、

この規模の軍勢が月山富田城に迫れば、

城内は震え上がるはずだった。


だが── 今日は違う。


兵たちの顔には、緊張と、言いようのない不安が浮かんでいた。

「元春様……本当に、攻めるので?」

若い足軽が震える声で問う。


元春は睨みつけた。

「当たり前じゃ。 城を奪われて黙っておれるか」


だが、その言葉とは裏腹に、

胸の奥には重いものが沈んでいた。


赤間関の兵が何者かに追い出され、

月山富田城が“一晩で”落ちた。


どちらも、常識では説明できない。


元春は馬を進め、前線の丘に登った。


そこからは、七曲輪の下段まで見渡せた。

「……静かすぎる」


城は動かない。

兵の姿も見えない。

狼煙も上がらない。


まるで、城そのものが息を潜めているようだった。


元春は軍監に命じた。

「よし、ここを本陣とする。 旗を立てよ!」


元春の号令で、

毛利の赤母衣が次々と翻る。


槍が整然と並び、兵たちが陣形を整え始める。

「月山富田を奪われたとて、 毛利が黙っておると思うなよ……」


元春は馬上で息を吐き、城を睨みつけた。

その時だった。


――ドォンッ!!


大地が揺れた。


「な、なんじゃ!?」


元春が振り返るより早く、前列の兵が吹き飛んだ。

土煙が上がり、悲鳴が響く。


「大砲……!? どこから撃ってきた!」


軍監が叫ぶが、答えはすぐに見えた。


七曲輪の石垣の上──

黒い影がぬるりと姿を現した。


巨大な蜘蛛。

その背に、大砲を背負っている。

「ば、化け物じゃ……!」


兵が叫ぶ。

元春は怒鳴った。

「怯むな! 毛利の武威を見せ──」


言い終わる前に、二発目が飛んできた。


――ドォォン!!


毛利軍の中央が裂け、

槍が宙を舞い、太鼓が転がり落ちる。


「ひ、ひけぇっ!!」


誰かが叫んだ。

その声が引き金となり、

兵たちは雪崩のように後退を始めた。


元春は馬を立て直し、必死に叫ぶ。


「戻れ! まだ戦は始まっておらん! 戻れと言うておる!!」


だが、蜘蛛の影が石垣の上にさらに増えていく。


三匹、五匹、十匹──

すべてが大砲を構えている。


元春は悟った。


これは戦ではない。

 “未知の怪物”との遭遇だ。

「……退くぞ」


軍監が目を見開く。

「も、元春様!? しかし──」


「退くと言うたら退くのじゃ!!

 ここで兵を死なせるわけにはいかん!」


怒号が響き、毛利軍は混乱の中で撤退を始めた。


元春は最後まで馬を返さず、月山富田城を睨みつけた。


「尼子…… そして蜘蛛の怪物……

 必ず正体を暴き、叩き潰してくれるわ」


その目には、戦国武将としての闘志が宿っていた。


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