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雑賀孫市

 今朝の堺の港は雲一つない秋晴のパリッとした空気に包まれていた。

そして穏やかな海面にででーんと福岡丸が浮かんでいる。

その横ではウミネコが羽を休めている。

ここ数年で鳥は大型化してきて、今いるウミネコも例外ではなく、

羽を広げれば2mを越すかもしれない。


「今日はカモで鍋でもするけぇ?」

 港がよく見える少し高くなっている波止の上で大男が座ったまま鉄砲を構えている。

頭には白い布を頭巾のようにして頭に巻いていて、

後ろに三本足のカラスが絵描かれている赤い陣羽織を着ている。

そして首からは大きな数珠をぶら下げている。

袖から生えた腕は太くて赤黒いく、身体も大きくてよく目立つ。


「ふふふ、おかしらぁ、あれはウミネコですよぉ。

 ニャーニャー鳴いとったやないですかぁ。

 しかも言いたかったんはカモメですよねぇ。まぁどっちも違ってますけどー。」

 オットリとした口調で町娘風の10代後半ほどの女が答えた。


「うぐっ、ほたるは備前に行くんやさかい、どうせ食べへんやろがい。」


「今日に今日乗せてもらえるか分からんや無いですかぁ。

 ほんと行き当たりばったりやわぁ。」

ほたると呼ばれたおなごはほっぺたを膨らましている。

「いける、いける。弥九郎はお前に惚れとるさけーの。

 乗してくれ言うたら無理してでも連れて行ってくれはるわー。

 わははは。 茶々麿(ちゃちゃまる)はこの後川に行こな。カモ食わしちゃろ。」

 孫市は楽しそうに茶々麿と呼ばれた10歳前後の少年の方に振り向いて言った。


 「孫市どん、今日堺に着いたばかりやんで、ちょっと休んだらどうですか?

 堺でもやる事があるんでしょう?」

 福岡丸の絵を描いてる手を止めて茶々麿と呼ばれた少年が言った。

 「それに、こっそり福岡丸見に来たのに、

 めちゃくちゃ目立ってるやー無いですかぁ。」

 確かに新造船を模写しているのを他の人が見たら何処かの間者だと思うかもしれない。


「かまへん、かまへん、わぇ(俺)は堺にとって上客やさかいのぉ。

 それに、この街はそげに堅苦しゅう無いしな。」


確かに良く目立っている3人だが、堺の者は別になんとも思っていないみたいである。

そればかりか

「あ、孫市はん、来てはったんでっか?こりゃ夜警も厳しせなあきませんなー、ハハハ。」

 と孫市は町でキュンとなった娘には夜這いをかけると評判なので

と冗談を言ってくる町人もいる程、堺の者には受け入れられているようだ。

 半分、いや、もっと冗談ではないが......


孫市の方も

「おうおう、ちゃんと戸締りしやな八咫烏様がお通りなさるさけな、ははは。」

などと返している。


八咫烏というのは日本神話において、神武天皇を導いたという鳥のことであるが、

孫市はこれを旗印に使っている。

この八咫烏は良い女子の所へ導いてくれると信じている。

この時代は夜這いというのは良く行われていた。

女性の寝所へ忍び込み、名を名乗って、よっぽど嫌でなければ床を共にしたらしい。

孫市はよく

「これは茶人が良い茶器を求めるのと同じでな。しかし、茶道と違うんは期限があるんや。道に草花があっても、咲いているうちにしっかりと愛でてやらんと、可哀想やからな。」

と周りには説明していて、崇高な道だと信じている。


 孫市というのは世襲制の名前で紀州の雑賀衆の頭領の事を指す。

雑賀衆は日本一の鉄砲保有数を誇る傭兵団である。

戦になった時、この雑賀衆がどちらに味方するかで戦況が変わってしまうと言われている。

雑賀の里では独自に鉄砲も火薬も作っているが、

堺にも良く買い付けに訪れるし、憎めない人柄で街の者にも人気があった。

 雑賀の里に居た孫市であるが、福岡丸の情報を聞きつけて、

そりゃあ行ってみるかと二人を引き連れて堺に到着した所であった。


「あ、師匠、お疲れ様です。こっち来てたんですね。

 夜警厳しゅうするように言わなきゃですね。」

荷物を担いだ弥九郎がやって来た。


 「弥九郎よ。お前もか。」

 孫市が項垂れると周りの町人もどっと笑った。


 孫市の事は小西家に火薬を買い付けに来た時に鉄砲の事をあれこれ聞たりしてお師匠と呼んでいる。

「この船はなんなよぅ。漕ぎ手はどこ行ったんや。魔法か?」

最近、説明できない現象の事を()()という言葉で言い表す事が流行っている。


「僕も良くは知らないんですよねー。ほんと魔法かもしれないですね。」

ここは魔法に便乗しておこう。


「魔法のぅ。」


「これに乗って備前に行くんです。」


「前に言うてたやつな。」

前回会ったときに備前に行くのでと、既にお別れを言ってある。

お別れをした後にまた会ったので少し気まずい。


「そうです。これから出航なんです。

 ほたるさんもお元気で。っとこっちの子ぉは?」


「茶々麿言うねん。仕事先の坊な。

 少し雑賀崎で鉄砲仕込んでやっててん。

 それはええんやけどなぁ、ほたるは連れてったてや。

 鉄砲はよう撃つで。いや、知っとるか。」

とほたるを指差している。


茶々麿が小さな声で

「どうも」と返した。


雑賀崎は里の中の鉄砲の練習場になっている。


 ほたるのことも孫市と共に小西家に買い付けに来るので良く知っている。

小さい頃から鉄砲の練習で蛍を撃っていたのでほたるという名前になったというほどで

鉄砲の腕前は行長から見ても底が見えないくらい上手い。


茶々麿に「おー、絵ー上手いですね。」と軽く返してから

「もう出るとこなんでぇ、ほたるさんも準備とか無理じゃないです?」

というと


「あっしは大丈夫よぉ。ちょっと乗ってみたいしぃ。

帰ったら親方からその分の人夫代も貰えるしぃ。」


ほたるは行っても大丈夫みたいだ。

孫市もほたるも()()の正体を知りたいのであろう。僕も知らないけどね。

「ほたるさん来てくれはるんなら頼もしいけどー、

 ほんならちょっと1人増える言うて来ます。」


これから暫くほたると一緒に居れるなんてステキすぎる。

これは無理を言っても一人増やしてもらおう。

ウキウキして後一人乗る旨を九郎右衛門に報告しに行った。


孫市は行長が居なくなると、ほたるに念を押すように言った。

「しっかり()()()()()()()

 ほしたら人夫賃弾んだろ。」




「ほな、出発するでー。」

九郎右衛門の声が大きくなって港に響いた。

拡声器だろう。港で見送りに来た人も今まで聞いたことの無い音量に驚いている。

ロープが外されると福岡丸はゆっくりと動き始め、

港から出ると文字通り飛ぶようにどんどんと小さくなっていった。


「さて、三好んとこと上手う連携出来たらええんやけどなぁ。

 えーつら(あやつら)ーはどうも鉄砲の良さに気がついちゃあらん。

 頭ぁ硬てぇさけのぅ。」

孫市は耳を小指で掻きながら茶々麿に向かって言った。


「堺も信長に無理難題をつけられたのは同じでしょう。

 でも、石山と違うんは会合衆の中には信長についた方が良いとの声も多くあるんで、

 三好さんとこが、どうなるかで様子見してるっぽいですよね。」


 石山というのは現在の大阪城のある場所で、元々本願寺の本拠地であった。

信長は堺と同じ時期に石山本願寺にも5000貫の矢銭を要求してきた。

これにより本願寺は信長討つべしという声が大多数である。


 本願寺は親鸞から出来た教えで 

全ては阿弥陀如来にお頼みいたします 

という意味で「南無阿弥陀仏」と唱えれば来世では極楽浄土に行けてしまうという、

この時代、民衆の間で大変流行っている宗教で一向宗と言われている。


 そして雑賀衆のほとんどは一向宗である。

孫市は「困ったなぁ」と思う。


領民は現世の主人よりも来世の主人の言う事が優先される。

雑賀衆の傭兵としての性質も、

唯の報酬にしてしまった方がスムーズに事が運ぶので自然とそのようになって行った。


そればかりか孫市の家ごと入信してしまって、

父などは引退してからというもの、ほぼ南無阿弥陀仏しか言わなくなったし、

紀州の豪族の集まりでも大半が南無阿弥陀仏で終わってしまう始末である。

「どっぷり浸かり過ぎよな」とも思う。


領民と一体感は出来たが、これでは本願寺の軍隊では無いか、と。

それでも孫市は本願寺蓮如の息子である茶々麿を連れて鉄砲を教えたりしているのだが。


「思たようにはならへんなー。」


「全く。」


孫市のこのまま本願寺の手先になってしまう懸念とは別に、

茶々麿の懸念は三好三人衆のことを言っているが

二人の会話は自然にかみ合っていた。

 

 

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