福岡丸
2日後の朝、港の警戒の鐘が鳴った。
「ついに信長の水軍が来たかー」
堺の者は武器を持って港に集まった。
織田信長は足利将軍の上洛の際、堺に2万貫の矢銭を要求してきた。現在の価値で30億円ほどという大金である。
将軍は武家の棟梁なので商人の集まりである堺は払う理由はないと突っぱねたので絶賛敵対中である。それが先月の事である。
会合衆は三好三人衆に保護を求めているが、まだ、兵は来ていない。堺の自警団の数を増やして警戒にあたっていた。まだ断ったばかりなので今回がもし織田の水軍でも脅しでくらいで本気で攻めては来ないくらいの規模であるはずだ。
港に着くと既に武装した傭兵と自警団達と野次馬でごった返していた。ジョンおじさんが居たので聞いてみると
「あっこみてみー。多分船やけどあんなに速い船見たことないでー。船首が浮いてるわー。」
と興奮していた。港に入ってくるとスピードを緩めていく。甲板に人がざっと50人ほど出てきて手を振っている。側面には「福岡丸」と書かれていた。
「ありゃー千石船かいなー。漕ぎ手がおらんが、どうなっとるんや。」
「福岡丸というくらいやから、備前福岡から来たんかいのー。」
などと聞こえて来る。千石船は当時の商人の船でその名の通り千石積める船ということだ。積載量約150トン、全長50メートルほどもあったとされるものもある。福岡丸は30メートルほどだがそれでも大きい。備前には福岡の市というのが有名で日本中から物が集まる場所の一つである。現在の九州の福岡はここが起源とされている。福岡丸というのもそこからとった名前だろう。
養子に行く先である魚屋九郎右衛門が福岡丸という船で迎えに行くという旨の手紙をもらっていたので、警備の者も、なーんだ、信長軍じゃねぇのかと武装を解除している。
「えらいお騒がせしましたなー。おおきに、おおきにー。」
堺の人に合わせて関西弁を使っているのか変な発音で九郎右衛門が船から降りてきた。
九郎右衛門は少し小ぶりで中肉中背、頭には髪はなく、捻り鉢巻を巻いている。前掛けには魚屋という文字が書かれている。
九郎右衛門は硝石を運んで来た。硝石は木灰とか硫黄とかを混ぜると火薬になるので、とても高値で取り引きされていた。配合の比率は各製造場所で秘匿とされており、堺にも火薬を配合する火薬師がいて、火薬師が硝石を火薬にして、そこから火薬を卸して小西家などが販売している。手紙には11月3日の辰の刻に来ると書かれてあったが、この時代では梅が咲く頃とか桜が咲く頃といったように大体しか書かないのだが、時間まで書いてある事で冗談だと思っていたのに、時間通りに来たので小西家もビックリである。
「この福岡丸は世界初のスクリューいうのを回して動いとるらしいけんなあ。ぼっけぇもん(とてもすごいもの)ができたもんじゃわー。二刻ほどで来れるんじゃもん。」
備前の訛りで九郎右衛門が得意そうに話している。
普通なら最低でも3日はかかる。港に入って来たスピードといい、船の素材といい、ツッコミ所が満載である。一体どういうことだろうか?この時代の船は皆どんなに大きな船でも人力である。
スクリューはどうやって動いるのか尋ねると「しらん」とのこと
何で出来ているのか聞いてみると
「これもようは知らんけど木の汁を固めたとか言うとった。鉄砲でも穴ぁ開かんけんな。軽りーし。福岡からちょっと西ん行ったとこで作っとんじゃけど、あそこは今えらい事になっとるけんなぁ。まぁ、近々行く事になっとるけん、そん時に聞いてみたらええわな。」
と笑いながら言った。
船内には硝石と魚の干物が積まれていた。硝石は天然物と人工物とに分かれる。天然物は輸入品になるが、魚屋は質の良い人工硝石を扱っていて、荷揚げの人夫さんが運び出している。
このくらいの船は普通漕ぎ手が400人程、なんやかんやで600人程乗っているけど、福岡丸は100人ほどだという。硝石は高価なので襲われる心配は無いかと聞くと
「この船に追いつける船はおらんけん、心配せんでええでー。海賊もおるしの。」
海賊は通行料を払うと一人顔役を乗せて行ける。顔役は安全な航路を教えてくれるし、哨戒している海賊船に会うと話をつけてくれる。拠点毎に海賊が違うので、その都度お金を納めて顔役に乗ってもらうスタイルが一般的である。瀬戸内海にはこうした海賊が沢山いて、陸からも常に監視役がいて、狼煙などで知らせるようになっていた。
帰りの便には家で作ったクリームを沢山積んで帰る。このクリームは菜種油に薬草を漬け込んで作ったもので、肌に塗ると傷が直ぐに治っていく。2年ほど前に光る草を見つけて、作ってみた所、大反響で直ぐ売り切れるのでウチの主力製品になりつつある。光る草は何種類かあるがそれらを結構適当に混ぜて乾燥して油に漬け込むだけである。光るのは他の人ではわからないみたいなので、レシピ的な物を作って小西家で作成して僕が居なくても作れるようになっている。
「このくりぃむっちゅうのが福岡の市で飛ぶように売れるけんなー。あんまり魚で儲けが出んけん、えかったわ〜。」
魚は大きくて凶暴な魚が増えたので今は何処も漁が命懸けである。例えばサワラだと2mを超えるような個体がいて、手でも噛まれると失ってしまう。おかげで何処も魚は値が上がっている。
「魚はどうしてるんですか?」
「魚ぁなー。まぁその、虫が取ってなー。それをまた違う虫が運んで来てなー。そりょう仕入れて売りょんよー。って言ぅてもこれは内緒じゃったわ。儂もよぅ分かってねぇし、また今度おせぇちゃるけん。」
虫が魚獲るわけないと思ったが、今聞いても教えてくれそうにないし、向こうに行ってから調べた方が良いみたいである。
そして出発の日の朝を迎えた。




