声なき声が届くとき
会議がお開きになると、応接室のざわめきはゆっくりと薄れていった。
武吉は元吉と何やら言い合いながら廊下へ消え、
問田はお勝に深く頭を下げたまま、静かにその後を追う。
恵瓊は扇を口元に添え、弥九郎の耳元だけに届く声で囁いた。
「組合長さん。これから忙しくなるわよ。覚悟しておきなさいね。
海の方は冒険者組合で纏まるだろうけれど……
これから宇喜多も動く。陸地のことも考えなきゃいけないわよ。」
扇を閉じる音が、妙に冷たく響いた。
宇喜多が赤松と組んで浦上に反旗を翻す。
それに呼応して黒田も動く──
情勢は、まるで荒れた潮のように目まぐるしく変わっていく。
弥九郎は胸の奥に重いものを感じた。
自分が組合長になった意味が、
いま静かに、しかし確実に形を持ち始めている。
恵瓊は問田と共に去り、
応接室には静けさが戻った。
残ったのは、弥九郎・ほたる・凪・鹿之助、そして健太郎だけだった。
外はすでに夕闇が落ち、健司の枝に埋め込まれた月の欠片が淡い魔光を帯びて揺れている。
健太郎はその光を見上げ、静かに言った。
「……ちょうどいいですね。
弥九郎さん、ほたるさん、凪さん。
それに鹿之助も。
今から“魔力の捉え方”を教えましょう。」
ほたるが目を丸くする。
「え、今から?」
健太郎は微笑んだ。
「魔力は“夜”のほうが感じやすいんです。
静かで、余計な気配が少ないから。」
凪は天井を見上げたまま、ぼそりと呟く。
「今日も見えんかったけど……まあ、やってみるか。」
その横で、鹿之助が空気椅子の姿勢のまま、
プルプル震えながらも真剣な顔で口を開いた。
「け、健太郎様……!
前に教えてもろうた時のこと、まだ身体が覚えとりまして……
この通り、ちぃとばかしは体の強化に使えておりますけん……!」
健太郎は優しく頷く。
「もちろんです、鹿之助。そろそろその空気椅子はやめてください。
それでは皆さん、前は“感じる”事をしましたが
今日は、“触れる”ところから”同調”するところまでやりましょう。
それで会話が出来るようになるはずです」
健司の枝がふわりと揺れ、
部屋の空気が澄んでいく。
弥九郎は息を呑んだ。
ここ数日で感じることまでは何とか出来るようにはなったが
魔力が“見える”自分には、何が見えていて、何が見えていないのか。
その答えが、今ようやく明かされようとしていた。
健太郎は四人を見渡し、静かに言った。
「では、座ってください。座禅のように、背筋を伸ばして。」
全員が畳の上に腰を下ろす。
健司の枝が、天井でかすかに揺れた。
「目を閉じて、ゆっくり鼻から息を吸います。
その時、今感じ取っている魔力を
空気と一緒に体に入ってくるように想像してください。
今は健司くんの中にいるので、魔力を感じやすいはずです。」
弥九郎は目で捉えていた魔力を
言われた通りに呼吸を整えた。
すると──
今まで“目”でしか捉えていなかった魔力が、
胸の奥に、皮膚の下に、静かに触れてくる。
凪が小さく息を呑む。
「……え……これ、か……?」
どうやら、ほんのわずかだが捉えられたらしい。
健太郎は続ける。
「その魔力を、額まで持ってきてください。
両目の真ん中──指四本分ほど上です。
そこに、魔力を溜めていきます。
それが健司くんの魔力です。」
ほたるが眉を寄せる。
「あー……散っちゃった。もう一回……」
集中が切れると魔力はすぐに霧散する。
健太郎は優しく声をかける。
「大丈夫です。ゆっくりでいいですよ。息を吐くのに併せて
その健司くんの魔力をゆっくり丹田(へその下の辺り)まで降ろしていきます
その降ろしていく段階で体の中の魔力も合流させて...」
弥九郎は額に集めた魔力を感じながら、
そのまま息を吐き、丹田へと降ろしていく。
腹の奥がじんわりと温かくなる。
外から取り込んだ魔力と、自分の内側にある魔力が、
下に降りてくる健司の魔力に引っ張られて
今まで感じ取っていなかった魔力が感じられる。
「……これが……僕の……魔力……?」
健太郎が頷く気配がした。
「そうです、弥九郎殿。
その状態を保つ努力をしてください。
そして──その魔力を、健司くんの魔力と“同化”させてみてください。」
弥九郎は深く息を吸い、
外の光と内の光をひとつに溶かすように意識を向けた。
すると──
丹田の光が、健司の魔力の波と重なり、
同じリズムで脈打ち始める。
世界が静まり返った。
次の瞬間。
『……初めまして。健司です。聞こえる?』
声ではない。
音でもない。
頭の奥に、直接“響く”感覚。
弥九郎は目を見開いた。
健司の“声”が、確かに聞こえた。
健司の声が弥九郎の頭の奥に響いた瞬間、
ほたるが目を見開いた。
「……え、今なんか聞こえた……?」
凪も眉をひそめ、額に手を当てる。
「……ちょ、待って……
なんか……誰かが……しゃべっとる……?」
鹿之助は驚きのあまり固まった。
「け、健太郎様……!
こ、これ……今日はわしにも聞こえとります……!」
健太郎は静かに頷く。
「はい。
今、皆さんの魔力が健司くんの魔力と“重なった”状態です。
集中していれば声が聞こえますが……」
その瞬間、ほたるが「あっ」と声を上げた。
「……切れた。
ちょっと気が散ったら、すぐ消える……」
健太郎は微笑む。
「そうです。
魔力会話は“集中”がすべてです。
糸のように細い繋がりなので、意識が逸れるとすぐ途切れます。」
凪は目を閉じ、必死に額へ意識を向ける。
「……あ、戻った……これ……むずい……」
弥九郎は丹田の光を保ちながら、
健司の声をもう一度呼びかけるように意識を向けた。
『……健司くん、聞こえます?』
『はい。弥九郎。ちゃんと届いているよ。
やっと会話できるようになったね』
その声は、木の葉が触れ合うように柔らかく、
しかし確かに“言葉”として存在していた。
健太郎はふと、健司の枝を見上げた。
「……ここまで魔力会話が出来るようになれば、大丈夫でしょう。
ここからデカ木島にとって重要な人物に会ってもらいます。
とはいえ、人ではなく、元人というべきか...
この人と出会えていなければ、冒険者組合も出来ては無いでしょうから」
ほたるが首を傾げる。
「重要な人? 誰よ?」
健司の枝が、かすかに震えた。
『……みつき。いま、随身の間にいて、待っているよ』
凪が目を丸くする。
「みつき……?おなご?」
鹿之助は会ったことがあるらしく、ごくりと喉を鳴らした。
「み、みつき……虫の……?」
健太郎は頷く。
「はい。でも──魔力会話なら、話せます。
皆さんが今できたように。みつきは随身の間にいます。
これから向かいましょう」
随身の間はデカ木島の最上階、6階にある
ここまで蜘蛛に乗ってやってきた健太郎は、
皆の表情をひと通り確認すると、少しだけ声を落とした。
「……みつきに会わせるのは慎重にしたかったんです。
あの子は優しいけれど、見た目が……どうしても怖いでしょう?」
ほたるが首を傾げる。
「怖いって……どれくらい?」
健太郎は指で高さを示した。
「……だいたい、四尺(120cm)のオオスズメバチです。
しかも、随身の間で自分の体を“改造”しているので……迫力があります。」
凪が息を呑む。
「……そら、怖いわ……」
鹿之助は気まずそうに視線をそらした。
健太郎は苦笑しながら続ける。
「鹿之助さんが初めて会った時は、まだ魔力会話ができなかったんです。
だから……完全に“敵”だと思ってしまって。」
鹿之助は頭をかいた。
「す、すんません……あん時は、ほんまに殺られる思いましたけん……
反射で斬りかかってしもうて……」
健太郎は頷く。
「みつきも驚いて、仕方なく押さえつけたんです。
あの子は悪くない。むしろ、誰も傷つけないように必死でした。」
ほたるが小さく呟く。
「……そんな子が、ずっと一人で待ってるの?」
健司の枝が、かすかに震えた。
『……はい。
みつき、ずっと……話したかったんです。
でも、怖がらせたくなくて……』
その声は、どこか寂しげだった。
健太郎は立ち上がり、皆を見回した。
「今の皆さんなら大丈夫です。
魔力会話ができれば、みつきは“怖い存在”ではなくなります。
さあ──開く前に魔力を同化させてください」
弥九郎たちは頷き、健太郎の後に続いた。
目を瞑り、魔力を感じ取る。
すると、健司の魔力の中、みんなの魔力を感じる。
戸の向こうに意識を集中してみると大きな魔力の塊を感じた。
その魔力を取り込み、自分の魔力と同化させた。
そして──
随身の間の扉を静かに開く。
随身の間の扉を開けた瞬間、
空気が一変した。
甘い樹脂の香りと、微細な魔力の粒が漂い、
外界の音がすべて吸い込まれたような静寂が広がる。
部屋の中央には、透明な樹脂でできた 巨大なカプセル がいくつも並び、
内部の樹液が淡く光りながらゆっくりと渦を巻いていた。
その前で──
四尺ほどの巨蜂が、前脚をぱたぱたさせながら跳ねていた。
「……え?」
ほたるが思わず声を漏らす。
巨蜂は、こちらに気づくと
ぱあっと複眼を輝かせ、
四本脚で器用に立ち上がった。
『やっほー! やっと来た!』
声なき声が、弾むように頭の奥へ飛び込んでくる。
『みつきだよ! ずっと待ってたんだから!
ねえねえ、みんな魔力会話できるようになったんでしょ?
すごいじゃん! やっとしゃべれるー!』
そのテンションは、
見た目の恐怖を一瞬で吹き飛ばすほど明るかった。
凪がぽかんと口を開ける。
「……めっちゃ元気やん……?」
鹿之助は震えながらも頷く。
「こ、これが……あの時わしを押さえつけた……?」
みつきは前脚をぶんぶん振った。
『あれは事故! 事故だから!
だって鹿之助、いきなり斬りかかってくるんだもん!
びっくりして押さえただけ! 悪気ゼロ!』
健太郎が苦笑する。
「……まあ、そういうことです。
みつきは本当に優しい子なんですが、見た目が……ね。」
みつきは胸(外骨格)を張った。
『見た目は…カッコいいと思うけど。
まあ、スズメバチの材料だからこれ以上はどうしようもないの!
でもね、虫たちの“なりたい姿”を作るのは得意なんだよ!』
そう言うと、
みつきはカプセルの表面を前脚でコンコンと叩いた。
『ここに入るとね、自分のイメージした形に再構築されるの。
でもイメージが下手だと変な形になるから、
みつきが“デザイン”手伝ってあげてるの!』
ほたるが首をかしげる。
「……デザインって何ぃ?」
凪も眉をひそめる。
「い、いめえ...?なんか知らん言葉出てきたぞ……?」
鹿之助は完全に置いていかれていた。
「で、でざいん……? なんの術式ですかの……?」
みつきは「あっ」と前脚をぱたぱたさせた。
『あ、そっか! みんな知らないんだ!
えっとね、“かっこよくなる絵”を先に決めるってこと!
ガ〇プラと同じ! センスが命!』
三人はさらに固まった。
「が……がん……?」
「ぷら……?」
「なんの呪文や……?」
健太郎が苦笑しながら助け舟を出す。
「つまり──
『理想の姿を絵姿として思い描き、それを形にする』
という意味です。
みつきは、その“絵姿作り”を手伝っているんですよ。」
ほたるが「ああ!」と手を打つ。
「それならわかる! 絵姿を決めてから形にするってことね!」
凪も頷いた。
「なるほど……“絵姿の職人”みたいなもんか。」
鹿之助は感心したように目を丸くする。
「ほぉ……それなら話が早いですわい。」
みつきは胸(外骨格)を張り、針をぴょこんと上げた。
『そうそう! そういうこと!
みんなの“なりたい”を形にするのが、みつきの仕事!
今日はね、弥九郎たちにも見せたかったの!』
カプセルの樹液が、ぼうっと光を強める。
『さあ、見せてあげる。
これが──随身の間の“ほんとの力”。』




