あのボンボン侮れねぇ
ーーうづめ視点ーー
はぁ......雨は...降らないな。朝っぱらから空気が冷えてやがる。
こんな日は無茶苦茶晴れて、風も無くて、良い鷹狩り日和になるだろう。
鷹狩は予定通りやるんだろうなー。行きたくねぇ。
なんであたしが“あのボンボン”と一緒にに行かなきゃなんねぇんだ。
弥九郎とかいう、妙に線が細くて、妙に気取ってて、妙に気が利くふりだけは上手い若造。
ああいうのが一番腹が立つ。
恵瓊様は「使える駒だ」とか、もっともらしいこと言ってたけど
、正直あたしにはさっぱりだ。
あんなののどこが使えるんだか。
風が吹いたら飛んでいきそうな体つきだし、目つきは優男だし、腹の底が見えるわけでもない。
なのに、恵瓊様は妙に買ってる。
……いや、買ってるというより、勝久が評価しているから使えるやつだという評価なんだろう。
使えないと分かったら、そのまま捨て置いても痛くはねぇ。
まあ、あの人の“目”には何か見えてるんだろうけどさ。
はぁ……めんどくせぇ。
どうせ、あのボンボンは下準備なんかほとんどやらずに直家にいい顔だけしておいて、口先だけの手合いなんだろう。
直家に見破られて終わるのが目にみえてらぁ。
なのに恵瓊様は「仲良くなってこい」だと。無茶いうにもほどがある。
でも、行くしかない。恵瓊様の命令だし、あたしはあたしの役目を果たすだけだ。
草を踏む音がやけに響く。まだ朝日が昇りきらねぇ薄暗さの中、宇喜多の連中がずらりと並んでやがる。どいつもこいつも、狐の手下みてぇな目つきしやがって、空気がぴりついてる。
その真ん中で、直家が鷹を前に、にやりとも笑わねぇ顔で空を見上げていた。
あの男、何考えてるのかさっぱり読めん。
偉そうにはしていないが表情を顔には一切出さない。
どんな育ち方をしたらこんなに無表情になれる?
鷹は今では人の背丈ほどの大きさになっている。
それになんか機嫌が悪そうだ......危ねぇことないか?
……で、そんな場所に、よりによって“あのボンボン”を連れて来なきゃならねぇあたしの気苦労よ。
「おお、おいおいおい......」
鷹を籠から出した途端暴れだして、鷹匠が飛ばされる。
場が騒然となる中、弥九郎が鷹に近づいていく。
(あいつも跳ね飛ばされるぞ)
少し期待して見ていたが、
弥九郎は鷹になにかしたのか、急におとなしくなった。
そればかりか弥九郎の頭にくちばしをこすりつけている。鷹匠もおどろいている。
直家がちらりと視線を寄越す。あの目は、獲物を値踏みする目だ。
そして、直家の視線は弥九郎に吸い寄せられる。
「……ほう。あの若造は?」
声は低いのに、妙に通る。周りの家臣たちが直家に説明している。
弥九郎は気づいてねぇのか、気づいてるけど気づかねぇふりなのか、落ち着いた顔で頭を下げた。
あたしは心の中で少しだけ安堵した。
――まぐれでもいい。今日一日だけ化けのが剝がれなければいい。
直家が鷹の足紐を緩める。鷹が翼を震わせ、空気が一瞬だけ張り詰めた。
「ほんなぁ、始みょうか」
その声と同時に、鷹が空へ跳ね上がる。
鋭い風切り音が耳を裂き、弥九郎の髪が揺れ、空気が変わった。
張りつめた、あの独特の“狩りの匂い”だ。
直家が目だけで鷹の軌道を追う。
あの無表情の奥で、何を考えてるんだか……いや、考えてるんじゃなくて“測ってる”んだろうな。
獲物も、人も。
鷹が急降下した。
風が裂ける音がして、草むらが一瞬だけ揺れた。
次の瞬間、兎が跳ね上がる。
白い腹を見せて、逃げようとしたところを――鷹の爪ががっちり掴んだ。
「おお……!」
家臣どもがざわつく。
まあ、こんな茶番、正直怠いが、
この瞬間だけは心が弾む。
鷹は兎を地面に叩きつけ、羽を広げて押さえ込む。
宇喜多の家臣が兎を鷹から外す
……と、そこで。
草むらの奥から、ぬるりと黒い影が伸びた。
蜘蛛だ。
しかも、普通の蜘蛛じゃねぇ。
デカい。3尺、いや4尺ほどもある。
最近はデカイ虫が頻繁に出るようになって厄介だ。
家臣が兎を押さえたまま威嚇するが、蜘蛛は怯まねぇ。
するりと兎の傷口に口を差し込み、血を吸い始めた。
「ひっ……!」
「なんだあれは!」
宇喜多家臣が一斉に後ずさる。
槍を構える者もいるが、誰も近づこうとしねぇ。
そりゃそうだ。あんな気味の悪いもん、触りたくもねぇ。
直家は……相変わらず無表情だ。
ただ、興味深そうに目だけが動いている。
あの男、こういう“異常”が好きなんじゃねぇか?
家臣たちが騒ぎ、鷹が暴れ、蜘蛛が血を吸い続ける。
場が完全に混乱しかけた、その時だ。
弥九郎が、すっと前に出た。
「皆様、動かないでください」
声は落ち着いてる。
あのボンボンにしては珍しく、芯がある声だった。
弥九郎は腰を落とし、蜘蛛の動きをじっと見た。
逃げるでもなく、槍を構えるでもなく、ただ“観察”している。
「この蜘蛛、兎の血だけを吸っています。肉には興味がないようです。
兎の血を全部飲んだら、自然に退きます。
血抜きが出来てちょうど良くないですか?」
家臣たちがざわつく。
「な、なんでそんなことがわかる!」
弥九郎はすっと右手で海の方にある大きな木が生えた島を指さした
「デカ木島では良くあることです
あそこには良く行きますので」
そうこうしているうちに、蜘蛛はぴたりと動きを止めた。
そして、血を吸い終えた兎を置いて、草むらへすっと消えた。
……場が静まり返る。
直家が、初めて口角をわずかに上げた。
「弥九郎とやら、よう知っとるのぉ」
弥九郎は深く頭を下げた。
その横顔は、いつもの気取った優男じゃなくて……なんだろうな、少しだけ“武家の顔”をしていた。
あたしは思わず鼻を鳴らした。
――まぐれにしちゃ、上出来じゃねぇか。
でも、心のどこかで、ちょっとだけ思った。
……もしかして、こいつ、本当に“使える”のか?
直家に水を用意して家臣に渡している
家臣は自分の手柄のように直家に持っていくが、
元は弥九郎が用意したものだと目聡い直家は見抜いているようだ
それから何回か鷹は獲物を捕まえた。
直家の横顔は相変わらず無表情で
楽しんでいるというより呼吸するように淡々とやっている。
ここにいる全員の一挙手一投足を、まるで珍しい虫でも観察するみてぇに見てやがる。
血を見ると怯む者 鷹の動きに興奮して軽率になる者 主の顔色を伺う者 予想外の事態で取り乱す者 逆に冷静に動ける者 直家は、鷹よりも人間の反応を見ている。
「……昼にしよか」
直家の一言で、家臣たちが慌てて動き出す。
敷物が広げられ、湯を沸かす者までいる。
宇喜多の連中はこういう段取りだけは早い。
弥九郎が、風呂敷を静かに開いた。
「魚屋に昼飯をお任せ頂きまして毎度ありがとうございます。
本日はサンドイッチというものを持って参りました」
中から出てきたのは、見たこともねぇ形の食い物だった。
白い四角いもの?に、色とりどりの何かが挟まっている。
色鮮やかで、香りもいい。
なんだこれ……?
「なんじゃぁ?この食い物は!」
「せーでも......ええ匂いじゃなぁ
こりゃ……美味ぇかもしれんでぇ?」
家臣たちが一斉にざわつく中
直家が、音もなく弥九郎の前に歩み寄った。
その動きは静かだが、獣が獲物に近づくような気配がある。
「弥九郎とやら。これ、おぬしが考えたんか?」
「はい。狩りの合間に食べやすいよう、手を汚さずに済むものをと思いまして」
直家はしばらく無言でサンドイッチを見つめた。
その視線は、さっき兎を掴んだ鷹を見る時と同じだ。
“値踏み”の目。
そして、ひと口かじった。
……その瞬間、直家の眉が、ほんのわずかに動いた。
驚いたような、感心したような、そんな微細な変化。
あの無表情の男が、だ。
「……うめぇのぉ」
家臣たちが一斉に息を呑む。
「直家様が……褒めた……?」
「まさか……!」
「弥九郎殿、これは……!」
弥九郎は慌てるでもなく、ただ静かに頭を下げた。
「お口に合いましたなら、幸いです」
その落ち着きように、あたしは思わず舌打ちしそうになった。
――なんなんだ、こいつ。
――なんでこんな時だけ、妙に様になるんだよ。
直家はサンドイッチをもう一口かじり、満足げに喉を鳴らした。
「弥九郎。おぬし……おもれぇのぉ」
その言葉に、家臣たちがまたざわつく。
“宇喜多直家に気に入られる”なんざ、普通は喜ぶべきことだが……
あたしには、どうにも不吉に聞こえた。
弥九郎は、ただ静かに微笑んでいた。
その横顔は、さっきよりずっと“大人びて”見えた。
……あれ?このボンボン、もしかして......。
少しだけ評価を上げてやっても良いくらいには活躍したかもしれん...
昼餉が終わって、家臣どもが片付けを始めた頃だった。
直家の側近の一人が、妙に青い顔で駆け寄ってきた。
「……直家様。中山殿が……宗景様に“正式に”臣従を……」
その瞬間、空気が変わった。
風が止んだわけでもねぇのに、背筋がひやりとした。
直家は、いつも通りの無表情。
だが、あの“無”が一番怖ぇんだ。
家臣たちも気づいている。
誰も息を吸わねぇみたいに静まり返った。
直家は、ただ一言。
「……そうか」
それだけで、場の温度が三度は下がった気がした。
(……やべぇ。これは本気で怒ってるやつだ)
弥九郎は……というと。
あいつだけは、直家の横顔をじっと見ていた。
怖がるでもなく、余計な口を挟むでもなく、ただ“観察”している。
(……なんなんだよ、お前は。
こういう時だけ妙に落ち着きやがって)
そのまま鷹狩りはお開きになり、一行は帰路についた。
帰り道。
馬の蹄の音だけが、やけに響く。
直家が黙りこくって歩いてる背中を見ながら、あたしは思わず舌打ちしそうになった。
……いや、舌打ちしたいのは直家にじゃねぇ。
あの“中山信正”ってやつと、浦上宗景の方だ。
中山信正。
備前の国人で、昔から浦上の家に出入りしてた男だ。
とはいえ、浦上の家臣ってほど従順でもなく、
どっちかってぇと「浦上の顔色を伺いながら、うまく立ち回る狐」みてぇなやつだ。
そんな中山を、直家はずっと前から“落としにかかってた”。
あの人は、刀で斬るより“口で斬る”方が得意だからな。
調略ってやつだ。
酒を送ったり、家臣を通じて恩を売ったり、
時には敵の弱みを握って揺さぶったり……
まあ、あの人のやり口は、見てても良くは分からんが...。
それでも、ようやく中山が靡きかけてた。
「直家様の方が先がある」って噂も流れてたし、
中山の家の若い衆も、宇喜多に出入りし始めてた。
……そこへ、浦上宗景だ。
あの狸親父、
直家が苦労して落とした獲物を、
横からひょいっと掠め取るのが得意なんだ。
「中山は元々うちの家臣だ」
「直家が勝手に動いた」
そんな言い訳を並べて、
中山を“正式に”家臣にしたってわけだ。
そりゃあ直家が怒るのも当然だ。
あの人は表に出さねぇけど、
“自分の働きを横取りされる”のが一番嫌いなんだ。
宗景は宗景で、
直家様が力をつけすぎるのを恐れてる。
だから、直家が調略した相手を
わざと横から奪って、
「お前は勝手に動くな」って釘を刺してるつもりなんだろう。
……まあ、そんな小細工で直家が大人しくなるわけねぇけどな。
あたしは横目で弥九郎を見る。
あいつは、直家の背中をじっと見ていた。
まるで、鷹の飛ぶ先を読むみてぇに。
(……こいつ、分かってんのか?
直家が宗景に“見切り”をつけ始めてるってことを)
直家はずっと黙ったまま。
家臣どもは誰も話しかけようとしねぇ。
そりゃそうだ。今の直家に声をかけるなんざ、自殺行為だ。
……と思っていたら。
弥九郎が、ぽつりと口を開いた。
「直家様。
中山殿の件……宗景様は、直家様の働きを恐れておられるのでは?」
(おいおいおいおい!!
なんで今それ言う!?死にてぇのか!?)
心臓が跳ねた。
だが、直家は怒らなかった。
むしろ、興味深そうに弥九郎を見た。
「……弥九郎。おぬし、よう見とるのぉ」
その声は低いが、さっきの冷たさとは違う。
“値踏み”の声だ。
弥九郎は続けた。
「赤松様も、宗景様にお悩みのご様子でした」
(……は?)
直家の目が細くなる。
「……ほぉ。赤松も、か」
「はい。 宗景様が赤松家の領地に手を伸ばしておられる、と」
直家はしばらく黙り、前を向いたまま呟いた。
「……わしと同じ目に遭うておるわけか」
その声は、怒りでも嘆きでもねぇ。
ただ、何かを決めた男の声だった。
その声を聞いて、あたしは確信した。
(……あーあ。直家はもう、浦上宗景の下にいる気はねぇな)
中山信正の横取りは、
ただの“きっかけ”に過ぎねぇ。
直家は、もっと大きな動きを考え始めてる。
……で、赤松の名を出したわけだ。
赤松ってのは、
浦上の家中でも扱いが難しい連中だ。
武勇はあるし、領地も広い。
家臣もよくまとまってる。
本来なら宗景がもっと大事に扱ってもいいはずなんだが……
あの狸親父は、赤松を“力を持ちすぎた家”として警戒してる。
だから、赤松の領地にちょっかい出したり、
赤松の家臣を勝手に引き抜こうとしたり、
妙な圧をかけてくる。
赤松の方も、そんな宗景にうんざりしてるって噂だ。
(……まあ、あの家は“誇り”が強ぇからな。
宗景みてぇな狸に頭を押さえつけられるのは、
一番嫌うだろうよ)
つまり――
直家様と赤松は、
どっちも宗景に不満を抱えてるってわけだ。
利害が一致してる。
(……弥九郎は、それを分かってて赤松の名を出したのか?
こいつ、本当に“使える”のか? いや、使えるどころじゃねぇ。
直家の“次の一手”を引き出しやがった……?)
弥九郎は静かに頭を下げた。
「直家様が選べる道が、増えるかと存じます」
直家は、ほんのわずかに口角を上げた。
「……おもれぇのぉ」
その一言で、空気がまた変わった。
さっきまでの冷たさじゃねぇ。
もっと厄介な、何かが動き出す前の静けさだ。
直家の背中から、
“宗景の下で大人しくしてやる気はねぇ”
って気配が、じわりと滲み出てくる。
ふと横を見ると、弥九郎は落ち着いた顔で歩いていた。
直家の機嫌がどう変わったか、
あたしより先に気づいていたみてぇな顔だ。
(……ん?)
今日の弥九郎を思い返す。
鷹を黙らせ、蜘蛛の騒ぎを一瞬で収めた。
直家の怒りの向きを読み、
赤松の名を出すタイミングまで外してねぇ。
あれは偶然じゃねぇ。
あいつ、全部“狙って”やがった?
(……いや、待てよ。
恵瓊様が“使える駒だ”って言ってた時、
あたしは鼻で笑ったけど……)
直家の背中を見つめる弥九郎の目は、
優男のそれじゃなかった。
獲物を読む鷹の目だ。
(……こいつ、もしかして……
本当にすげぇやつなんじゃねぇか?)
認めるのは癪だ。
癪だが――事実は事実だ。
ため息が、さっきより少しだけ軽くなった。
(……ま、いい。 こいつがいるなら、なんとかなるかもしれねぇな)
そう思った自分に、
あたしは心の中で舌打ちした。




