冒険者の夜明け
冒険者という言葉が場に落ちた瞬間、空気がわずかに揺れた。
皆が「何のことだ?」と眉を寄せる中、健太郎だけがはっと目を見開き、膝を打った。
「その手がありましたか……!」
彼は皆の視線を受けながら、静かに、しかし確信を帯びた声で語り始める。
「冒険者というのは漢語で“険”つまり危険を冒す者のことです。
誰かに仕えるのではなく、自ら危険に踏み込み、人の役に立つ者。
大名家に被官される必要もない。管理はデカ木島でできる。
……考えれば考えるほど、海賊こそ冒険者になるべきだと思えてきました」
その熱のこもった説明に、場の空気が変わった。
健太郎がここまで食いつくとは思っていなかった者たちは、互いに顔を見合わせる。
海賊の頭領・武吉は腕を組み、しばし考え込んだ後、ぽつりと呟いた。
「海賊っちゅう言葉より良い名称なぞ、有りはせんわい。
じゃが……まあ、慣れじゃろうの。最初は皆、違和感しか無かろうて」
反対ではない。むしろ、受け入れる余地がある。
その一言に行長の胸に小さな自信が灯った。
「ならば――冒険者組合を作り、海賊たちに冒険者になってもらいましょうか?
それなら僕も手伝えます」
行長の目が輝いた。
彼はこの“冒険者”という響きが大好きで、未知の集団をまとめ上げる構想に胸を躍らせている。
だが、吉充が現実的な問題を指摘した。
「儂らは冒険者になっても構わん。
じゃが、他の海賊をどう説得するかじゃ。
特に塩飽の連中は航行技術が高ーて、あやつらがおらんと通れん海峡もあるけん、仕事にも困りゃーせん。海賊の名を捨てる気は無いかもしれんの」
確かに、海賊の誇りは簡単には変わらない。
行長が凪に問いかける。
「うーん、海賊がいつも持ってるものって何やろね?」
「小刀じゃね?」
凪が答え、ほたるも頷く。
「あっしも鉄砲は持っとるけど、それ以外なら水筒と小刀は絶対やわぁ」
健太郎はその答えに微笑んだ。
「樹脂で作る刀ならすぐに量産できます。
しかも、その小刀に冒険者証の代わりに情報を書き込めますよ」
行長はパッと明るい表情になり
「それですね!最初それを冒険者特典で配れば…こぞって冒険者になるんでは!?」
と言うと場にざわめきが走った。
形が見え始めたのだ。
「何やら形になりそうね。
では健太郎、その“冒険者”とやらを作りなさい。
細かいことは後で詰めればいい。ワタシも応援するわ」
恵瓊はすべてを理解しているわけではない。
だが、健太郎が自分の道を見つけたと感じ、背中を押した。
「じゃ、私は帰るわね。
これから三原城へ行って隆景様に報告して、その後は赤間関へ。
国人衆をそれとなく誘導しておくわ」
そう言い残し、恵瓊は九郎右衛門とともにデカ木島へ向かい、魔力補給のために姿を消した。
残された者たちは、静かに息を呑む。
――海賊から冒険者へ。
その一歩が、今まさに踏み出されようとしていた。
武吉が腕を組み、にやりと笑った。
「さて──なれば、お前らはいつ、大祝に勝利祈願に行くんかの?」
視線の先には健太郎と鹿之助。
鹿之助が一歩進み、迷いのない声で答えた。
「はい。如月の立春の頃に参ります。
祈願を済ませ、その足で月山富田城へ向かうつもりです」
その声音には、若き武将の焦燥と決意が滲んでいた。
武吉は満足げに頷き、豪快に笑った。
「そうか、そうか。ならば──婚儀もその時に一緒にやってしまおうや。
瀬戸内海中の海賊を呼んで盛大にの。……いや、もう冒険者か。まあええ、盛大にしてやるわい」
その言葉に、元吉が慌てて口を挟む。
「いやいや、こっそりした方が……毛利を刺激することになりませんか?」
武吉は鼻で笑った。
「阿呆。これから赤間関を取ろうとしとる奴が、コソコソしてどうするんじゃ。
大祝(大山祇神社)で祈願したら、わしらも赤間関を取るんじゃからの。
月山富田城より、こっちの方が早よーなるど」
ガハハと笑う声が、広間に響いた。
「……うむ。その予定で動くとしよう」
吉充は立ち上がり、軽く裾を払った。
「では帰る。青影城の片付けもせんといけん。…10日の後、順次因島の海賊をデカ木島へ送りつける。準備をしておけ。
それと──昨日の大声はお主じゃな、弥九郎とやら。顔は覚えたけんの」
鋭い視線を残し、吉充は去っていった。
静けさが戻ると、健太郎が息をつきながら言った。
「さて、我々も戻りましょう。やることが山ほどありますからね」
その時、凪がそっと袖を引いた。
「あの、先生……あちしも職員になっていい?
このまま皆んなを支えたいんよ。デカ木島に住みたいんじゃ」
その真剣な瞳に、健太郎は柔らかく微笑んだ。
「もちろんです。歓迎しますよ」
そして、ふと思い出したように声を弾ませた。
「よし、今日は鰻ですよ。四尾もありますから、腹いっぱい食べられますよ。
一本三尺もある大物です」
凪の目が輝き、鹿之助も思わず笑みを漏らした。
霜月の冷たい空気の中、
それぞれの胸に灯る小さな温もりが、
これから始まる大きな戦いを照らしていた。
行長がデカ木島へ戻ると、待っていた狐の獣人が、胸の前で丁寧に両手を揃えながら一通の手紙を差し出した。
封を切ると、九郎右衛門の端正な筆跡が目に飛び込んでくる。
――今夜、一人で備前福岡の魚屋へ戻られたし。
短いが、ただならぬ気配を含んだ文面だった。
ちょうど日が傾きかけた頃で、今すぐ出れば夜には福岡へ着ける。しかし、行長の脳裏には別の思いがよぎる。
(せっかく鰻があるのに……)
その心の声を読んだように、健太郎が笑って言った。
「大丈夫ですよ。鰻を食べてからでも間に合います」
その一言で、行長の迷いは霧散した。せっかくのご馳走だ、腹を満たしてから向かえばよい。
「まずは部屋を作らないとですね。弥九郎さんとほたるさんの部屋は、もう出来ているはずです。次は凪さんの部屋を作りましょう」
健太郎はいつものように、樹脂でできた刀を軽く振り、木の壁にドアの形を描くように切り込みを入れた。
凪も隣に部屋を作ることになり、同じように壁へ刀を走らせる。
「さて、弥九郎さんとほたるさんの部屋はこうなってます」
健太郎が先ほど切っておいた“前ドア”を押し倒すと、厚さ一メートルの木壁が、まるで巨大な立方体の木材としてごろりと転がり出た。
「この木材でゴーレムとか、簡単な命令を聞くものを作れるんです。下で舟に加工してもらっておきます。夜には備前まで行けますよ」
(夜までに舟に……? いや、デカ木島ならやりかねん)
行長は半ば呆れ、半ば感心しながら木材を見つめた。
鹿之介の部屋は健太郎の部屋の近くにあるらしく、部屋を作る必要はないという。
その代わり、切り出した木材を蜘蛛たちと一緒に運んでいった。
鹿之介は、どうやら少しだけ意思疎通ができるようだ。
「練習したらもっと出来るようになりますよ。明日から練習しましょう」
健太郎は皆にそう言うが、行長にはどんな練習なのか想像もつかない。
切り取られた壁の奥には、奥行き十メートル、幅五メートルほどの空間が広がっていた。
一番奥の壁には四角い穴が開いており、そこへ蜘蛛が透明なガラスを運んでくる。
樹脂で作られた枠は開閉でき、鍵まで付いている。
「透明の樹脂は魔力を蓄えられないんですが、ガラスの代わりに使っています」
樹脂にも色々あるんだるろうか。そんな健太郎の言葉を聞きながらそれを穴にはめ込み、樹脂を塗ると、まるで魔法のように窓が完成した。
外を覗くと、凪の部屋が“生える”ように膨らんでいくのが見える。
「こうやってできるのか……」
行長は思わず感嘆の声を漏らした。
持ってきてもらった戸の部品を取り付け、戸をはめ込めば、とりあえず部屋は完成だ。
さらにベッドや家具が運び込まれ、戦国の常識では到底あり得ない部屋が形を成していく。
最後に布団まで運ばれてきた。
「家具はまた作ってもらってもいいので、とりあえず、これを使ってください」
布団もデカ木島で作っているらしい。
行長は思わず想像する。
(これを福岡千軒で売ったら……とんでもないことになるな)
新しい部屋の柔らかな空気の中で、行長はふと、九郎右衛門の手紙のことを思い出した。
鰻を食べ、部屋を整え、そして夜には福岡へ向かう――。
静かに、しかし確実に、物語が次の段階へ動き出していた。




