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第35話 目を醒ました悪魔

 綺麗な顔で静かに息を引き取ったエリアさんの横で、僕は一人空を見上げていた。雨をもってしても消しきれない、鼻につく血の匂い。血と雨でグチャグチャになった地面。どこにも救いのない、惨劇の跡地が広がっていた。


「二一三人……」


 今まで憎しみのままに殺してきた人達の数だ。姉を失って以来、身内に害を及ぼされるのを恐れた僕は、『敵』とみなした相手に、憎しみをもってして報復してきた。


 感情はもう、悪魔に売り渡した所為で『正常の黄金比』を崩してしまっていた。

 大切な人を失う事を恐れ、憎み、排除する。


 それはもう、自分に害を及ぼそうとする相手を、恐怖ゆえに逆に殺めてしまう衝動的な物とは違う。

 明確な憎しみと、悪意と、殺意を持っての行動だ。


 殺す事に忌避感なんて、もう覚えない。抵抗すらない。この特有の血の匂いだってもう慣れた。街中で誰かが血を流せば、それに気が付くくらいまで身体が覚えてしまった。


 ――もしかすれば、これはもう黄金比が崩れたどころじゃない。完璧に、壊れてしまってるのかもしれないな。


「……ん?」


 空を見上げたまま少しぼーっとしていると、町の方向から複数の気配を感じとった。視線だけで気配の方を見やると、そこにはステラさんと四人の冒険者の姿があった。


 とはいえ、その四人の姿は普通の冒険者とは様子が違う。


 全員が同じ、白い地のバトルスーツを身に纏っている。まあ、バトルスーツと言っても、そんなに大層なものではない。急所部位にプレートが取り付けられた、簡単な装備品だ。


 揃いも揃って同じ防具を身に付けているという事。

 つまり、アレがこの時代におけるギルドナイトの制服なのだろう。


 ステラさんは眼下に広がる死体野原を見て眉をしかめ、ギルドナイトの皆さんも動揺していた。

 これが、普通の反応だ。


「……ユウヤ様、お怪我はありませんか?」


 それでもステラさんは、冷静を装って僕に問いかける。強い人だ。


「ええ、僕は大丈夫です。彼女の攻撃でコートはボロボロ、もう使い物になりませんが、傷はありませんよ」

「そうですか。それなら安心です」


 ホッと一息ついて、彼女は薄く微笑んだ。

 普通ならもっと忌避感を抱いたり、警戒心を露わにしたりするんだけどなあ。


 僕は過去に、こんな感じで盗賊の殲滅依頼を受けたりした事があるけど、その時はあまりの一方的さにドン引きされたくらいだし。自分でも異常性は理解しているから、傷つく事はなかったけれど。


「そんな事よりも、リオネーラは大丈夫ですか? 傷の方は、治りましたか?」

「ええ、エスカの治癒術式で傷を残さず綺麗に治しましたよ」

「よかった。カレンさんは?」


「彼女も無事です。今はリオネーラさんと一緒にギルドの休憩室で眠っています。心配には及びませんよ」

「……そう、ですか」


 よかった。

 リオネーラに、こんな反吐が出る程下らない事で傷を増やさせなくて。


「それで……ステラさん逹はこの死体の処理に来た、んですよね?」

「ええ。人間の死体は放っておくと、魔力――障器に当てられてアンデッド、『死霊(エビル)』化してしまう事がありますからね。なまじ人間の知性を失わずに成るものですから、普通の魔物よりも厄介ですし。ただでさえ危険な森の深部に、死霊(エビル)が大量に現れれば始末に負えません」

「確かに、一気に三十体もの死霊(エビル)が生まれるのは好ましくないですしね」


 話の流れで分かるとは思うが、死霊(エビル)とはゾンビのようなものである。とはいえ、地球のフィクションとかに出てくる「ウーアー」いって歩き回り、無差別に人を襲うようなものじゃない。もっとタチが悪いものだ。エリアさんの言ったとおり、知性をもってして人に襲い掛かる。パーティで遭遇すれば、強い人から集中的に狙われる事なんてもう常識みたいなものだ。


 ぶっちゃけ彼女逹が来なくとも、『死霊(エビル)』対策は出来たのだが。来てもらったからには任せよう。


「それでは、よろしくお願いします」

「分かりました。皆さん、洗礼術式をよろしくお願いします」

『はい』


 ステラさんの言葉にギルドナイトさん方が応じ、それぞれ死体へ近寄り洗礼術式を展開しだす。


 洗礼術式とは、死んだ身体等の媒体に宿る魂を祓う魔術である。遠回りな言い方をするのには理由があって、その使用対象が身体だけではなく、死んだ土地も含まれるからだ。命が失われた土地では多くの障器が生まれ、人知れず強力な魔王が生まれることもありうる。それを防ぐために生み出された術式がコレだ。


 ……僕が知っている洗礼術式は光器を用いた汎用だったはずだけれど、ギルドナイトさん逹は光器が少ない夜でも容易くそれを行使している。と言うより、光器を使っていなかった。三〇〇年の間にバージョンアップしているのかもしれない。


 そんな事を考えていると、ギルドナイトさん方の様子を伺っていたステラさんが、こっちに振り向きながら、


「ユウヤ様」

「??? どうかしましたか?」


 ステラさんの言葉に、首を傾げながらそう応じた。

 彼女は何かを考えるような表情で僕の顔をジッと見つめると、続けて視線を横へと向けた。その先には、樹に寄り掛かったまま死んだエリアさんの身体がある。


「……何か、あったのでしょうか? 彼女と」

「どう言う意味でしょう?」

「いえ……。彼女はリオネーラさんを攫った盗賊、それらを纏めるリーダーです。こんな言い方をするのもどうかとは思いますが、彼女だけ妙に、死に方が綺麗なので」

「ああ」


 まあ確かに。

 他の人逹は身体に巨大な穴を穿たれ、雨に汚れて地面に倒れてるのに比べ、エリアさんは小さな傷はあるものの、比較的綺麗な死に方をしている。まるで眠っているかのようにも見えるくらいには。


 とは言え、何かあったのか、か。

 もし彼女が根っからのクズで、悪性の塊だったのならば、僕は容赦なく、最も残酷で悲惨な殺し方をしていただろう。


 そうならなかったのは、彼女の話を聞いたからだ。まあ、いくらプラス値が増えても、リオネーラを殺そうとしている肉塊を止めようとしてなかった時点で、マイナス値を上回る事は無かっただろうが。


 僕はエリアさんの死体を一瞥して、


「……特に、何もありませんでしたよ。ただ、一つだけ言える事があるのだとしたら」

「???」


 疑問符を浮かべるステラさんに告げる。

 だからどうという訳じゃないけれど。


「悪人になってしまった人にも、それなりの理由があるかもしれない、という事でしょうか」


 少なからず、忘れてはいけない事なのだろう。

 そして。

 呟いた直後の出来事だった。


 ヴォンッ! という鈍い音が炸裂した。


「あ?」


 肌から伝わるおぞましい感覚に全身が粟立つ。ジジジと、回線の悪い無線機が鳴らすようなノイズが耳に届いた。まるで地震が起きているかの様な大気の揺れ。加えて、頭上から強大な威圧がぶつけられる。


 僕はこの特有の現象に慣れているから態勢を崩さずにいられたけど、ギルドナイトの方々は耐え切れずに地に手を付いていた。


 知っている。

 僕はこの感覚を、嫌というほど、しっている。


「――クソッタレ」


 きっと今の僕は、引き攣った、しかし獰猛な顔を浮かべていただろう。

 視界の先で、暗い闇の中を動く存在があった。それはここら周域に生息する魔物のように弱いモノじゃない。


「この感じ、『獣』か――ッ!?」


 小さく構え、いつでも戦える準備を済ませた僕の言葉に、ソレは軽い調子で応じた。


「あー首痛い。なんだなんだ? ボクが目覚めたって事はもう刻が来たっていうことかい? 時間っていうのはなんとも過ぎるのが早いものだね?」


「あ?」


 なんだコイツ。

 気配は『獣』にそっくりなのに……『獣』じゃない?


 暗闇の中に佇むソイツは、長いブロンドの髪を後ろで一つに纏め、黒い身体に金色の模様を描いていた。口からは鋭い牙がはみ出て、赤色の瞳はダルそうな様子を伺わせる。


 どう見ても『獣』ではない。

 だが、コイツからは『獣』と同じ何かを感じる。


「うん、てことはアイツもそろそろ目を醒ますのか。ふん、あんな奴がいなくても、ボク一人でちゃんと役割を果たせるのにさあ。あの時はちょっと油断しちゃったけれど」


「……お、おい、お前は一体何者だ!?」


 ステラさんを含め、街からやってきた五人は硬直状態に陥っていたが、その内の――ギルドナイトの一人が、最初に硬直から抜け出してそう声を掛けた。

 それがマズかった。


「あー? うるさいなあ」


 まるで寄ってくる蚊を振り払う様な仕草だった。

 それだけで空間中の闇器が蠢き、具現化し、声を掛けたギルドナイトさんの元へと殺到した。


 さながら、それは投擲された槍の様だった。夜の暗闇から浮き彫りにされた長さ一メートル程の槍は、一直線にギルドナイトさんに向かい駆ける。


 彼は突然の出来事に反応しきれていないようだった。術式を用いて防御行動に出ることも、身を投げ出して回避することもままならない。

 だから。


 僕は既に集めていた闇器を用いて術式を演算していた。闇属性汎用術式、闇陣の城壁《エル・ウーア・ランパード》。対闇属性に特化した障壁を、ギルドナイトさんを包み込むように展開する。


 その障壁は、かろうじて槍からギルドナイトさんを守ることに成功した。

 同レベルの効力だったのか、槍と障壁が激突した瞬間、ガラスが割れるような音が炸裂。両者が粉々に砕け散った。


「ん? 今のは……」


 自分が放った攻撃が防がれた事に気が付いたソイツは、術式の展開元を辿り、僕を見た。

 そして、笑う。


「へえ。君が、アイツが呼んだ『未来の希望』か」

「……何を言っている?」


 全く訳が分からない。

 アイツ? それは誰のことだ。それに、『未来の希望』だと?


「意味が分からないことばかり並べてないで、突然現れたアンタは一体何者なのか、教えろよ」

「それが人に質問をする態度かい? まったく、これだから人間(、、)は」


 まるで自分が人間ではない様な言い方。

 いや。

 コイツが人間じゃないって事は、姿を見る前から気がついていた。


「――魔王」

「いーや、違うね。僕なんかには重すぎる。ソレは、ベインネロン様にこそふさわしい」

「ベイン、ネロン……? アンタ、いい加減に――」


「悪魔」


 ソイツは告げる。


「――僕等(、)の事は、そう呼称してくれ」 


 読んで下さりありがとうございました。

 感想・アドバイス・誤字指摘などもありがとうございます。返信が滞っておりますがご了承ください。


 次の更新は三日以内の22時に。

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