第34話 凍死
振り落ちる雨が体温を奪っていく中、エリアさんは樹に背中を預けたまま独白する。その声は身体の痛みの所為か、思い出したくない過去の所為か、震えていた。
僕は体内の魔力を循環させて体温がなるべく下がらない様にしながら、彼女の言葉を待つ。
「くだらない話だってんですよ。本当にくだらない。アタシにも、あのクソ野郎にも、何の救いもないクソッタレな過去の話だ」
「……、」
「アタシが第二級冒険者になった頃の話だ。当時のアタシはソロ活動をしていて、知り合いからパーティに誘われても、特に理由もなく断っていたんです。なんでだか、第二級冒険者になるまでは一人で活動しようと決めていた」
特に理由もなく、か。
冒険者の活動推奨人数は二人以上。いつ何があるか分からない街の外でソロ活動を行うのは危険が多いからだ。
そんな中で、一人で活動しようと考える理由なんて二つくらいしか思いつかない。
一つは単純に、一人でも戦えるように自分を鍛えようとしていたのか。
もしくは、自分の実力を見切ろうとしていたのか。
無事に第二級冒険者級冒険者になれれば、自分は実力があると感じられる。逆に、それが果たせず死んでしまったのならば、自分はその程度なのだ、と割り切った。
それはもう、ある意味での自殺志願者だ。そしてその多くが、人生に切羽詰っている人だろう。
冒険者、荒くれ者の集まり。普通の生活が出来無い人が行き着く、行き止まり。きっと『冒険者』からその上へと上り詰める事が出来るのは、未だかつていない『英雄格』くらいなのだ。
そして彼女も、その人生に切羽詰った一人だった。
「結果、アタシは第二級冒険者に昇格した。何度か死にそうになった事もあったけれど、それを全部切り抜けて成ったってんですよ。で、アタシは前から誘われていたパーティに参加する事にした。結構長い間絡みがあるやつだったから、なんの警戒もなく御呼ばれに応じたんだ」
……何の警戒もなく? そこでそんな、警戒が必要だったと示唆する言葉を何故使う?
「仲間逹に挨拶しようとか何とか言って、ソイツはアタシを自分の家へと呼び出した。部屋には適当な料理が並べられていて、アタシは手渡された飲み物を一口飲んだ。思い返せば、本当にあの時は油断しきっていたってんですよ」
エリアさんは尚も項垂れたまま続ける。
「料理をひとくち食べて、すぐにおかしいのに気がついた。奴らは誰ひとり料理に手を掛けようとしない。ナイフやフォークに手すら出していない。……順次、身体におかしな点を感じたアタシはその場から飛びずさった」
「おかしな点?」
「媚薬。ま、症状が軽い物なら比較的作るのが簡単なヤツが、料理や飲み物に混入していたってんです。そしてアタシは襲われた」
「……それはつまり」
「男複数人が女ひとりに襲いかかる。ま、そういうことだってんですよ」
「……、」
「身の危険を感じたアタシは、咄嗟にアイツ等を突き飛ばした。後はもう、頭にきたアイツ等と身を守るのに必死なアタシとの乱闘状態。相手は第二級冒険者が三人、こっちは一人でましてや女だ。もう、色々と諦めたってんですよ。でも、両手は勝手に、テーブルの上にあったナイフとフォークに伸びていた」
「それで、相手を刺し殺した。って事ですか」
僕の言葉に、エリアさんは無言の肯定を返してきた。
なるほどねえ。
何度でも言うが、冒険者なんてのは荒くれ者の集まりだ。気性の荒い奴なら、人目の付かない所で一人や二人殺しててもなんらおかしくない世界なんだよな。
エリアさんは、運悪く表立ってそれをやってしまった。
きっとこのあとの展開は大体こんな感じだろう。
ナイフとフォークを使って二人を刺殺し、残った一人がビビって人を呼んだ。結果、彼女が二人殺した事が公になり、人里にはいられない存在となった。その時に冒険者としての資格も剥奪されたのだろう。結果、生きていくために盗賊に身を落とし、実力があったからか頭を務める事になった、と。
一応彼女は指名手配犯という立場にいるだろうけど、ギルドがいちいちギルドナイト――ギルドの依頼ではなく『仕事』を受け合う冒険者の事だ――を動かす訳がないだろうし。理由は簡単。さっきも述べた通り、『表立っていない所で人殺しをしてる奴等なんてわんさかいる』からだ。ま、いちいちそんなのに当たっていたらキリがないよね。
少なくとも、三〇〇年前はそうだった。でも彼女がこうして野放しにされているということは、あまり体制に変わりはないんだろう。
だから、盗賊団の頭をやっていて、この街の近くに潜んでいるという情報まであるこの状況でも、彼女はこうして盗賊活動に勤しんでいるのだ。
大体彼女の事情はわかった。彼女も彼女で、それなりに悲惨な人生を送ってきたらしい。
エリアさんは、下を向いたまま口を開いた。
「……で、どうするってんですか? アンタは、アタシをどうしようってんですか? 致命傷を負わせ、動けなくなったところを、血の匂いで誘った魔物に食わせて満足しようってんですか? 生憎、アタシはそうなる前に自害するつもりですけど」
僕は彼女の言葉を聞きながら、周囲を見渡した。
……倒れている盗賊の男達の中で、今まだ息をしている奴らはひどく少なかった。致命傷による出血多量に、容赦なく身体を叩きつけてくる雨。体温を奪われて、ゆっくりと死んでいったのだろう。
さぞ辛かったことだろう。
なんて、僕は自分で巻き起こした惨劇だという事を棚に上げながら、まるで他人事のように思う。
「そうですね」
森に広がる地獄絵図から視線をずらし、彼女へと向けながら言う。
「ならせめて、これ以上痛みも恐怖も絶望も感じないように、一瞬で殺してあげましょう」
徐に、彼女の方へと手を伸ばす。ゆっくりとした動作だったのにも関わらず、彼女は抵抗しようとも反撃しようともしてこなかった。きっともう、反撃する余力もないのだろう。なにより、生きていく希望すら、ないのかもしれない。
僕は彼女の肩に手を触れ、水器を使って術式を演算した。
「熱量変化」
ビギィッ!!! という音が炸裂した。
彼女の身体の熱……人間の平均体温が三六度くらいだから、そのうちに一六度くらいを取り去った。
いわゆる、凍死。
人間は体温が三五度を下回ると睡気に襲われ、全身が倦怠感に包まれる。症状は他にもいくつかあるけれどね。三十度になると意識が混濁し、心拍不整を起こす。で、二六度を下回れば、もう、助からない。
なんでも、凍死は心地がいいという説もあるとかなんとか。実際にどうなのかは定かじゃないけれど。
自分の血で塗れることも、身体に大きな穴を穿たれることもなく、綺麗に命の灯火を消し去った彼女は、樹に寄りかかったままもう、動かない。
雨は今も尚、ずっと降り続いている。
雷が落ちたのか、轟音が炸裂した。
戦いは終わった。
――はずだった。
読んで下さりありがとうございました。
感想・アドバイス・誤字指摘などもありがとうございます。返信が滞っておりますがご了承ください。
やはり殺さないというのは無理があったので、後味とか気にせずに初期案にしました。前の話を少し改訂しております。
次の更新は三日以内の22時に。




