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第36話 サタナキア=ヘルモンドロス

「悪魔……だと? アンタ、何言って……」


 空間に滞留した障器。排気ガスのように有害なソレが一箇所に収束し、現れたブロンドヘアーの男は、訳の分からない事を言った後でそう名乗った。

 奴は正真正銘、紛れもなく『魔王』のはずだ。障器の塊。人類の敵。それ以上でもそれ以下でもない、ただの害悪だ。衝動のままに人を襲い、駆逐する悪性の存在、のはずなのに。


 なのに、何なんだアイツは。

 まず第一に。


 ――人語を話す魔王なんて、見たことないぞ!?


 どんな事をしようとも、奴らは意味を持たない――少なくとも、僕等人間にはそう聞こえる――鳴き声や呻き声ばかり上げていたはずだ。少なくとも、三〇〇年前は。


 なら、三〇〇年経って常識が覆された? 確かに、『固有術式』なんてものが現れたくらいだ。そんな事があってもおかしくはない。だけどそれなら、どうしてステラさんやギルドナイトの人までもが驚いた表情を浮かべている!?


 悪魔。

 アイツは普通の『魔王』ではない。

 自分が知らない、未知の存在。


 僕はその単語がすんなり頭に埋め込まれるのを感じながら、ステラさん、そして他のギルドナイトさんを庇う様な位置取りに移動する。

 悪魔を名乗る男はその動作をいちいち気にせずに、


「そう、悪魔。だから、ベインネロン様以外を『魔王』って呼ぶのはやめてほしいんだよねえ。そもそも、君たち人間が『魔王』と呼んでいるモノは、障器が乱れて一箇所に収束するだけで生まれる様な存在だよ? つまり、障器があれば何体でも生まれてくる。"王"が何体もいるのって、おかしい事じゃないかい?」

「……、」


 まあ、ぶっちゃけたところ"そんな事は言われなくても気付いてる"って感じだった。屁理屈を言うなら『王』という言葉を"実力の優れた者"として扱ってる、だが。

 轟々と爆音を立てて雷が近くに落ちる。雨もまだまだ止む気配はない。

 ――この場にリオネーラやカレンさんがいなくてよかった。僕は心底そう思った。


「さっきから気になっていたんだけど」

「なんのことだい? ボクは今とても気分がいい。ついにこの刻が来たかと思うとね。今なら特別に、質問に答えてやってもいいよ」

「――ベインネロンって、誰のことだ?」


 その態度は、いつでも僕等を殺せるから問題ない、そういう余裕の表れなのか。

 でも僕は、そんな態度を一切無視して真っ直ぐな質問を投げかけた。初めて聞いた時からずっと気になっていた、その『名前のような』単語。

 対して悪魔は、目を見開いてソレを聞いていた。

 ――何を驚いている?


「く……ふふっ、くはっ、くははっ、アハハはははっ」


 驚いたのは僕の方だった。沈黙を続けているステラさんも、ギルドナイトさん逹も同様に驚いているらしいのが、気配で分かる。

 ブロンドヘアーの悪魔はその質問を咀嚼して数秒後、ようやくその意味を理解したらしい。急に腹を抱えて、その場で大笑いし始めた。


 何が可笑しい?

 そんなに爆笑させられると、こっちは腹が立つばかりなんだが。


「い、いやぁ、ごめんごめん、突然笑い出して。ちょっと、いやかなり面白くってさぁ。やっぱり人間って間抜けなんだなぁってね。まさか、君たちにとっての『大敵』の名前さえ知らなかったなんてさぁ!」

「大、敵……?」

「だってさぁ、君たちはベインネロン様に勝手な渾名をつけてたもんねぇ。分かるはずもないよねぇ?」

「ちょっと、待て」


 やめろ、この流れはマズい。

 だって奴の言い分は、ベインネロンとかいう名前が『アレ』のものなのだとしたら、また――


「その、ベインネロンってのは」

「様を付けないのは今回だけ許してあげようか」

「『獣』の事、なのか――?」


 そして。

 奴の、質問に対する解答は簡単なものだった。


「ヒ・ミ・ツ」


 直後、轟音が鳴り響いた。

 咄嗟の判断でマズイと感じとった僕は、瞬時術式の演算に移行していた。土剛器を使った地属性の上位術式、『ドラウ・エストレア』。


 言霊を放つ時間もなかった。

 左右の足元――地面から突き出た岩石の大槍が、地を砕いて突き進んでくる『悪魔』を迎え撃つ。

 悪魔は前傾姿勢のまま、眼前に迫る岩石の槍に右の拳を殴りつけた。

 ドパァァンッ!! という弾けるような音と共に、岩石の槍は粉々になって虚空へと消えていく。


「コイツ――ッ!?」

「驚いたぁ?」


 悪魔の拳に黒い靄(モヤ)が掛かっているのを見て、即座にコイツも『獣』と同様、障器を用いた攻撃が可能なのだと判断する。

 純粋な膂力も、他の魔王――悪魔とは桁違いだ。

 チッ。

 やっぱり戦闘になるのか。

 こっちには守らなきゃいけない人が四人もいるって言うのに!!


「ユウヤ様!」


 ステラさんの声が聞こえてくる。けど、返答をしている暇なんてない。


「エル・ピアス・フラッド!!」


 用いたのは大量に集まる水器。上位汎用術式の一つだ。

 二つある岩石の槍を諸共粉砕し、そのままの勢いで僕の身体に大穴を開けようと迫る悪魔の腕。その掌を目掛けて、僕は地震の掌を打ち付けた。


 次の瞬間、轟! という音が炸裂する。

『突き貫く洪水』。

 僕の掌から放たれた貫通性能を持つ魔力の水流は、悪魔の男の腕をぐしゃりと潰し、突き抜け、後方の樹に直撃した。


 身体の右半分を持って行かれた悪魔は、衝撃で身体を斜め後方へと吹き飛ばす。

 雨という水器の恩恵と、僕の全力で編んだ術式だ。器(うつわ)が上位術式でも、かなりのダメージがあるはず――


「なんだぞ? 分かってるのか、アンタ」

「あー痛い痛い。まさか一撃で身体がこんなに持っていかれるとは思ってもいなかったよ。でもまあ、流石は『未来の希望』さんって感じだね。だけど、この程度で終わりならハッキリ言って論外だよねぇ」

「クソッタレ、まあそんな簡単に殺られてくれる訳がないか」


 ――平静を保っているように見せているが、内心ではかなり驚いていた。

 ふざけんな……再生している(、、、、、、)だと!?

 吹き飛ばしたはずの右半身は、沸騰したお湯の様にボコボコと音を立てながら膨れ上がっていた。それはやがて元ある腕へその形を整えていく。


 アレは……そうか。元々身体は障器で出来ているから、障器を補って身体を再生させているのか。と言う事は、アイツを殺すためには再生が不可能なくらい一気に消し去るか、障器を枯渇させて再生を不可能にするしかない。

 つくづく、『獣』関係の奴らはムカつく仕様になっているな。


「さーて、ボクも目が覚めたばかりだし、本調子には程遠いから、もう少しウォーミングアップに付き合ってもらおうかなあ。君のおかげで、ここにはたんまりあるからね」

「大勢の盗賊の死体。それから生まれた障器の事か」


 障器は『負の産物』だ。生き物の死体からも生まれるし、強い負の感情からも微弱ながらに生成される。

 盗賊の死体が沢山あるこの場所は、それこそ排気ガスを多く出す工場の様なものに成り果てていた。 


「ユウヤ様、大丈夫ですか?」

「問題ありません、ステラさん。僕が何とかします。残った盗賊の死体の後処理も僕がしますので、貴方達は先に帰っていてください」

「それは……いえ、私も戦います。ユウヤ様一人に任せる訳には――」

「ダメです」


 尚も引き下がろうとするステラさんに、僕は悪魔から目を逸らさず、語気を強くしてそう言い放った。

 例え彼女がすぐれた森妖種《エルフ》だったとしても、きっとあの悪魔には敵わない。傷を付けるくらいなら出来るだろうが、そこまでだろう。

 なら、僕一人で戦ったほうが勝算は大きい。

 ステラさんを巻き込まない為っていう意味でも、ね。


「くっ……」


 その言葉に、彼女は後ろで小さく歯噛みしていた。まるで隠している事を明かそうか、明かすまいか悩んでいる様に。

 だから僕は、その悩みを振り払うように言う。


「大丈夫です、ステラさん。絶対に死んだりしません。リオネーラ逹だって待っていますしね」


 きっとまだ彼女達は眠っているのだろう。

 そして起きた時後には、この時に何があったのかを全く知らず、いつも通りの生活に戻るのだ。

 なら、僕が死ぬ訳にはいかない。

 彼女逹のいつも通りを変えてはいけない。


「それに、貴方なら分かっているでしょう、ステラさん。僕を誰だと思ってるんですか?」


 彼女はその言葉を聞いて、ようやく小さな笑みを浮かべて頷いた。


「ええ、そうでした。貴方が戦うのなら何の心配もいりませんね」


 ステラさんはその場で振り返り、後ろに立つギルドナイトさん逹に告げる。


「ここは彼に任せて、私達は退きましょう」

「で、ですが! 相手はまお……悪魔です! 彼一人に任せて大丈夫なのですか!?」


 ギルドナイトさんが魔王と言いかけて、悪魔に向けられた威圧に身体を震わせながら言い換える。


「問題ありません。彼なら何とかしてくれます。それに、私達がここにいても足でまといなだけですからね」


 その言葉に、彼ら四人も渋々頷いたようだった。

 ごめんなさい、暗に足でまといだなんて言ってしまって。そりゃあ気がつきますよね。

 でも僕は、貴方達のプライドよりも『命』を優先する。

 足音を立てて去っていく彼女らを背中で見送っていると、ステラさんの小さな声が聞こえてきた。


「よろしくお願いします、ヴァルクロア様」

「――ええ、任せてください」


 足音はどんどん遠くなっていき、やがて聞こえなくなる。気配も感じ取れない範囲まで移動したようだ。

 僕の視線の先で、首をゴキゴキと鳴らしながら待っていた悪魔が口を開いた。


「もういいのかなぁー?」

「ああ。むやみに彼女らを逃がしても良かったのか?」

「ぜーんぜん、問題はないね。どうせ最後には死ぬんだし」

「そうか」


 そんな事、させる訳がないだろう。


「なら、戦争だ。僕は『夜之王』、ヴァルクロア=ウェスペルだ」

「……ふーん。名乗られたからには僕も名乗らない訳には行かない――とは思わないけど、まあ特別に教えてあげようか」


 悪魔はそこで優雅に一礼しながら名乗った。


「サタナキア=ヘルモンドロス。じゃあ、始めよう」

 

 

 

 

 読んで下さりありがとうございました。

 感想・アドバイス・誤字指摘などもありがとうございます。

 次の更新は三日以内の22時に。


 魔術名をカタカナ表記のみにしようかと思いますが、意見があればください。

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