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第28話 夜之王 後編

 酒場フロアではなく冒険者フロアに置かれたテーブルに向かい合わせで腰を掛けた僕らは適当に雑談をしていた。


「そう言えばユウヤ様は一体どこに泊まっていらっしゃるので? トーラスはあまり宿屋が多くありませんけれど」

「今までは格安の宿に泊まっていたんですけれど、今日から別のところに移動しましてね。『白涼亭』という所ですね」

「『白涼亭』ですか。私の友達が働いているところですね。受付に栗色の髪をした女の子がいませんでしたか?」


 ステラさんに言われて記憶を呼び起こす。

 あの僕をドン引きしていた受付の女の子の事だよね……。


「いましたね……ドン引きされましたけれど……」

「は……? あの子、何て事を……!」

「いや、え?」


 何故僕に真っ先に「一体何をしでかしたんです?」と聞いてこないのか。

 むしろ、あの受付の子に大して若干怒っている様にも見えるんだが……。


「違いますよ。僕が無意識のうちに一人でブツブツ呟いてたから、変な目を向けられただけです」

「はあ……そうだったのですか。それは引いても仕方ない、ですね」

「やっぱりそうですよね……」


 違うんだよ。

 あの時は本当に葛藤していたのです。


「にしても、ステラさんは臨時でこっちに来ている方なんですよね?」

「はい、そうですよ。元々迷宮都市の冒険者ギルドで働いていたのですが、人員不足で臨時派遣されました。『白涼亭』の友達は、前は同じ職場で働いていましたが、家庭の事情で実家がある――この町に帰ったんです」

「なるほど」


 ステラさんは迷宮都市のギルド員だったのか。

 仲間を探すことを第一に考えるなら、迷宮都市に行くのは最優先事項の様に思える。

 今ではどうなのか分からないが、迷宮都市と言えば世界で最も多く冒険者が集まる都市だ。


 仲間達も皆馬鹿じゃあない。

 僕達が皆同じ事を考えていると思いついて、既に迷宮都市に着いている人もいるかもしれないのだ。


「この町を出ることも早めに視野にいれとかないと、だな」


 呟いた時だった。

 冒険者ギルドの扉がドン! と音を立てて勢い良く開かれた。


 突然の大きな音に驚いた僕やステラさんも含め、フロアにいた殆どの人逹が何事かと思って扉の方へ一斉に視線を向ける。


 その先には。

 全身を雨の水でびしょ濡れにし、長く綺麗な黒髪は酷く乱れ、頭に生える二つの猫耳を力なく倒した、全身を傷だらけにしたボロボロの女の子が立っていた。

 ――僕は。


 あの人を知っている。


 僕より一つ年上の、まさしく元気が取り柄の様な猫人族(ケットシー)の女性。


 カレンさんだった。


 どうして、カレンさんはあんなに傷だらけなのか??

 何故カレンさんは一人だけなのか!?

 なんで! リオネーラが一緒にいないんだッッッ!!!


 勢い良く席を立った僕の所に、傷だらけになって満身創痍な状態のカレンさんが、その身体を無理やり動かして走り寄ってくる。


 フラフラと。

 今にも倒れてしまいそうな、抱きしめたら折れてしまいそうな、小さな女の子だった。


 彼女は、カレンさんは、僕の下までやってくると弱々しく倒れてくる。

 僕は咄嗟にそれを支え、叫び出したい気持ちを抑えて一言尋ねた。


「――大丈夫ですか、カレンさん」


「おにいさん! 森で、盗賊たちに襲撃されて、二人で戦ったけれど全然太刀打ちできなくて! あたしが脚を怪我してたから役にたてなくて! リオちゃんが、あたしに先に逃げてって! 囮役を受けおって! 拐われちゃって……! あたしの力不足で……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ」


 もう、最後の方は蚊の羽音の様な、絞り出す様な小さな声だった。

 涙を流しながら、懇願するように懺悔するカレンさんの声を聞いて。

 僕は。


「――ッ!? ユウヤ様ッッ!!?」


 無意識に膨大な殺気を周囲に撒き散らし、明るいギルド内の少ない闇器に干渉していた。

 突如視界が真っ暗に染まる。

 明るい冒険者ギルド内に滞留する少ない『闇器』だけでは足りず、外にあった闇器までもが僕にまとわりつき、まるで巨大化した影の様になって暴れ狂う。


 あ?

 森で盗賊たちに襲われた?

 リオネーラは、そいつらに拐われた?


 ふざけるな。


「な、なんだよコレ……部屋が、暗く……」


 誰かが呟いた、酷く震えた声が聞こえた。

 ふと気がつけば、冒険者フロアだけでなく酒場フロアの人々も皆、声を失って硬直状態に陥りながら僕の方を呆然と見ていた。

 そんなものは無視してカレンさんに告げる。


「分かりました、カレンさん。あとは僕に任せて今は休んでいてください」


「おにい、さん。あたしがお願いできるような立場じゃないことは分かってる。でも、お願い、リオちゃんを……」


「安心してください」


 カレンさんが安心して休めるように、力強く言う。


「リオネーラは、僕が必ず助け出します」


 その言葉を聞いて、カレンさんは安心した様に目を瞑る。

 直後、ストンとその身体から力が抜け、僕の腕に彼女の全体重が伸し掛って来た。


「……誰か、カレンさんをお願いします」


 僕の言葉に反応したのはステラさんだった。


「エスカ、カレンさんに治癒術式を」

「わっ、分かりました!」


 治癒術式が使えるのか。

 ステラさんの呼び掛けに応じた件の新人受付嬢、エスカさんが飛び出してきて、意識を失うカレンさんに近寄ろうとして止まった。


「……?」

「いや、あの……」


 ……ああ、闇器(これ)の事。

 殺意によって暴れ狂っていた闇器を沈静化させる。とは言えこれも魔力操作の一環。殺意まで押さえきれた訳じゃない。

 途端に冒険者ギルドを包み込んでいた黒い影にも霧にも見える闇器は散り散りになり、明るさが取り戻された。


 目に見える恐怖と殺意の矛先が森の方へと向けられた事にホッと息つく音があちこちで聞こえる中、エスカさんはおどおどした挙動で近づいてきて、カレンさんに両の掌を向ける。


「光の治癒《メル・ソエル・クラーレ》」


 術式が展開し、彼女の掌を淡い黄色の光が包み込んだ。それはやがてカレンさんの全身を包み込み、その傷を癒していく。

 ……きっと彼女は全力でギルドまで戻ってきたんだ。息を切らし、木の枝で身体に傷がつくのも惜しまずに、ただリオネーラを助けるために。

 僕に助けを求めるために。


「おそらく盗賊を手引きした男と言うのは、ユウヤ様が以前返り討ちにしたあの冒険者の男の事でしょう」

「……ああ、アレのことですか」


 人を指す代名詞に「アレ」って言葉は使わない?

 ただの肉塊になる予定の物に人と同様の扱いをする必要はあるのか?

 ある訳ねぇよ。


「では僕はリオネーラを助けにいきます」

「一人でですか?」

「この町に顔見知りの冒険者はいませんからね。一人で行って、盗賊とやらとアレを適当に殲滅してきます」

「……、」


 僕の言葉にステラさんは黙りこんだ。


「応急処置終わりまーーひっ!?」


 カレンさんを包み込んでいた光が途絶え、術式を解いたエスカさんは僕の方を見上げて喉をひきつらせると、怯えた表情のまま動かなくなった。

 どうやら凄く怖い顔をしているらしい。


 それにしても、前にカレンさんが言ってた盗賊がこんな風に作用してくるとはな。


「殺気をばらまきながらも落ち着いているのですね」

「……拐ったということは、本来の目的は彼女じゃないはずです。あの男が関わっているとすれば……大方、僕に対する報復でしょうか。まあなんにせよ、そこまでゆっくりしている暇はありませんが」


 ステラさんにそう返しつつ、僕はギルドの扉の前まで移動する。

 そこで足を止め、僕は後ろに振り返ってエスカさんに微笑みかけた。


「治癒、ありがとうございます。リオネーラを助け出したら、彼女にも掛けてくれたら有り難いです。……僕には、出来ませんから」


 僕には僕がやれることをしよう。


「は、はい……」

「それでは行ってきます」


「――待ってください」


 扉を開いた僕の肩をステラさんが掴んだ。

 彼女は僕と目を合わせると、有無を言わせぬといった声音で告げる。


「私も着いていきます」

「いや、でもステラさんは」

「私はこれでもエルフですよ?戦う能力がない訳でも、それが理由で受付嬢をやっている訳でもありません。それに……」

「???」

「リオネーラさんに、血みどろの光景を見せるんですか?」

「……そう、ですね。では、着いてきてください」

「はい。リオネーラさんを助け次第、ギルドへ戻ります」


 ステラさんは受付嬢の制服のまま来るらしい。時間を無駄にできないという配慮だろう。

 よし。


「行きましょう。――盗賊団を、殲滅します」


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