第27話 夜之王 前編
リオネーラ逹と別れた後、僕は図書館に向かって只管に書を漁っていた。
三〇〇年前に『果ての荒野』で起きた僕等の戦いの話から、およそ七〇〇年前くらい前に絶大な力を持つ魔王を倒した英雄の話、他に先天的に魔術の力をその身に宿す子供が生まれる様になったという話やら何やら、僕が飛ばしてきた時間の情報を補強した。
勿論一番知りたかったのは自分逹『陽無き世界の支配者』についての話だったけれど、残念ながらリオネーラから貰った情報以上のものは手に入らなかった。
僕等が迫り来る『獣』とその軍勢に応戦する前に呼んでいた援軍。
彼らが到着した頃には既に僕等の姿はなかったらしい。
やっぱりこの記述の仕方だと、皆が殺されたっていう可能性は限りなく低くなるんだよね。
「きっと生きてる、よな」
何回こんな思考をループしたか。
皆が死んでしまっているのなら正直、この世界を生きていける自信がない。
勿論要介護系な人間っていうわけではない。
精神的な意味で、皆がいないとやっていけないかもしれない。
姉さんを失ってから、僕は『獣』を殺す事を仲間逹――『陽無き世界の支配者』の皆を守る事を目的として生きてきた。
だからこそ、獣を殺し、仲間とバラけてしまった時の無力感が凄かったんだ。
……さて。
「そろそろ今日から泊まる新しい宿の方に向かうか」
僕がこの時代に来た日からお世話になった宿の宿主さんには既に挨拶をして、チェックアウトも済ませてた。
今も足元にちょっとした着替えや雑貨の諸々が入った袋が置いてある。
今日からは新しい宿だ。
泊まる先はカレンさんが今利用している所なんだけれど、まだその事は彼女に伝えていない。
いわゆるサプライズってヤツだね。
リオネーラがポロリと口に出さないかは少々心配なところだけれど……彼女に限ってそんな事はないだろう、と信じたい。
別にサプライズが失敗したところで、失敗した事を察知したカレンさんにいびられるだけだろうし。
図書館を出て四時頃の町を歩く。
やがて着いたのは、今まで泊まっていたところより一際大きな宿だ。
流石に冒険者ギルド程の規模はないけれど、町の建物を見回せば目立つ位大きかった。
他の住宅より見た目も大きさも立派な宿の扉を開き、僕はカウンターに立つ受付さんに歩み寄る。
栗色のミディアムヘアーがよく似合う童顔の女の人だった。
「『白涼亭』へようこそ」
「こんにちわ。部屋を取りたいんですけれど、ルームタイプってどうなってます?」
「当宿はシングル、ツイン、ダブルの三種類となっております」
「値段の方は?」
「シングルは一部屋五〇〇〇レギン、ダブルは六〇〇〇レギン、ツインが八〇〇〇レギンとなっております」
受付さんの言葉を聞いて、僕はそれを咀嚼しながらゆっくりと頷いた。
……さて、ここが正念場だ。
僕的にはシングルの部屋を二つ取ってもいいのではないか、と思う。
一日一〇〇〇〇レギンの消費になるけれど、それくらいは貯められるからね。
でもリオネーラは許さないだろう。
ならツインの部屋を取るのはどうだろうか? こちらはシングルを二部屋取るより安く済むし、ベッドが二つある。
今までは一つの小さなベッドに身を寄せ合って寝ていたから、二人分かれて一つのベッドで寝れるのはとてもいいことなんじゃないか?
でもリオネーラは許さないだろう。
きっと彼女は、
『ダブルの部屋が一番安いのなら、その部屋にしましょう』
って言うはずだ。
……普通はね? ダブルって言うのはカップルや夫婦が取る部屋なんだぜ?
だけどリオネーラはそんな事お構いなしに『ダブルで良い』と言うと思う。
「強行的にツインを選ぶって言うのも一つの手か……? いやしかし、それが原因で食事を抜くとか言いだしたらかなり面倒だぞ? いや、言い出すな。リオネーラなら絶対言い出す。最近ちゃんと食べるようになって来て、身体も以前のガリガリから普通の体型に戻ってきたというのに、ここで食べなくなったら意味がないじゃないか。それに、リオネーラはもう一人の冒険者なんだ。食事を取らないってだけで体調不良に繋がってくる。そして体調不良は術式演算の悪害以外のなにものでもない。集中できなければまだ魔術師になって一ヶ月の彼女には演算なんて出来無いと思う。そうなったら、肉体を使った戦闘力がほぼ無いリオネーラはアウトだ。いくらカレンさんが付いているからといって、彼女だってフォローには限界がある。……なら、ご飯を食べないって言いだしたら僕が無理やり食べさせるか? いや、ダメだ。小さい子供に無理強いをするフードの男……いくらなんでも怪しすぎる。――ハッ!?」
気がつけば、顎に指を当ててブツブツブツブツ小声で喋っていた。……ついでに、すぐ目の前に立つ受付さんからドン引きされていた。泣きそう。
「え、えーと、お客様?」
「……すいません。もう一人連れがいるので、ダブルの部屋をお願いします」
「か、かしこまりました」
尚も「この人、大丈夫かしら……。それにダブル? ってことは男の人が連れじゃないのよね? 連れの子も大丈夫かしら」みたいなドン引き顔をして手続きを始める。
取り敢えず三泊でダブルの部屋を取り、僕は別の従業員さんに案内されて移動した。
「……うん、やっぱり立派だな」
別に今まで泊まってきた宿をショボいと言っているわけではないよ?
僕は適当な場所に荷物を置いて、ベッドに正面から倒れこむ。
ちょっと文字を読みすぎたかな。ざっと十冊近く読んできたし。
……それにしても、天気が、悪くなってきたなあ………………。
※ ※ ※
気が付くと僕は新しく取った宿の部屋、そこに置かれた柔らかなダブルベッドの上で気を失っていた。
「ん……ああ、やばい、寝過ごしたか?」
本当はリオネーラ逹を冒険者ギルドで待っている予定だったのだけれど……もしかしたら待たせちゃっているかもしれない。
僕はベッドから起き上がって適当に身嗜みを整え、受付さんに一声掛けて宿を出た。
「それにしても天気悪いなあ」
上を見上げれば黒い雲が広がっていて、今にも雨が降ってきそうな曇天模様だった。
ゆるい風は冷たく、暖かい部屋の中にいた僕の頬を容赦なく叩きつけ、冷やす。
寒いなあと思いつつ、こんな事で術式を使うのもどうかと思って身を縮こまらせていると、遂に雨が降ってきた。
「やば」
雨って……。
流石にこの天気を見ればあの二人も町の外に長居はしようと思わないだろうし、きっともうギルドに帰ってきてるよな。
この天気からして、今一番多いのは闇器と水器。
多分僕が外に出る前から外は湿気っぽかっただろうから、水器の量はそれなりにあっただろう。
リオネーラは満足に術式を使う事が出来たんじゃなかろうか。
そんな事を考えながら僕は小走りで冒険者ギルドへと向かう。
「ユウヤ様」
「あ、ステラさん」
コートについた水滴を払ってギルドに入った僕を出迎えたのは、モップ片手に掃除をするステラさんだった。
「リオネーラさんとカレンさんのお迎えでしょうか?」
「そんなところです。……二人はまだ帰ってきていないんですか?」
フードの先を持って少し持ち上げながらギルド内を見渡すけれど、二人の姿は見当たらない。
酒場フロアの方にもいない様だ。
お手洗いとか? と考えていると、ステラさんから声が掛かる。
「お二人ならまだ帰ってきていませんよ」
「え、本当ですか?」
「はい。……濡れているということは、どうやら外は雨が降っている様ですね。二時間程前からちょっと天気が悪くなってきているなとは思っていましたが、お二人は大丈夫でしょうか?」
「あまり森の奥の方には行くなとは伝えてありますし、カレンさんも一緒ですから無理はしないと思いますが」
ふむ、まだ帰ってきてないか。
ウェアウルフとかニードルマウス位ならカレンさん一人でも捌けるレベルだろうし、万が一間違って森の奥――深部へと足を踏み込んでしまったりしなければ全滅は無いとは思うけれど……。
「……きっと大丈夫ですよ。あれでカレンさんは結構な実力の持ち主です。元々猫人族を含む獣人族は普通の人間よりも身体能力が上。最悪、リオネーラさんを連れて逃げる事も出来るでしょう」
「大丈夫、ですよね」
「それにカレンさんとは一度手合わせをしたことがあるのでしょう?」
「……聞いたんですか?」
「ええ、まあ。酒場での一件の後、カレンさんがユウヤ様に決闘を挑むと尾けていったのを見送りましたから」
「で、その後話を聞いた、って訳ですか」
口が軽いなあ、カレンさんは。
別に言わないでくれって言った訳ではないけれど。
「……じゃあ、少し待つ事としましょうか」
一時間後に後編載せます。




