第26話 森聖種《ハイエルフ》
深い青色をした短いハーフアップに深緑色の綺麗な瞳。
あの時の第一印象と同様に、落ち着いた口調と静かな雰囲気を与えてくる。
リオネーラと似通った部分が感じられるが、比べてこの人の方が表情は柔らかい。
年上なのは間違いないだろう。
スラリとした体躯に豊満な胸が目立つクール美女さんだった。
身にまとうのはギルドの受付嬢制服だ。
中でも僕の目を引くもの。
二つの尖った耳。
アレは森妖種であることの証明だ。
そんな僕の視線に気が付いたのか気付いてないのか、フッと凛とした笑みを浮かべた彼女はその場で小さく礼をしながら、
「すいません。つい先程、エスカが貴方に接客している所を見掛けまして。是非、お話をさせて貰いたいと思いました」
「そうなんですか」
あの新入りの受付嬢さんは『エスカ』っていう名前なのね。
「名乗り遅れました。今はこのトーラスの町に『受付嬢兼ウェイトレス』として臨時派遣されています、ステラ=シャーリエと申します」
「……僕はユウヤ=ヨイナカと言います」
名乗られたからには名乗り返さない訳にもいかない。
それにしても……なんだろう、この違和感というか既聴感というか。
「ユウヤ、ヨイナカ……ですか」
ステラさんは何かを考え込むような表情を浮かべて、やがてそれを咀嚼すると小さく頷いた。
「そちらの少女は」
「……リオネーラ=エストランデです」
僕がリオネーラに目配せすると、向かいに座る彼女はステラさんに目を合わせて無表情のまま名前を口にした。
名前だけの自己紹介を聞いたステラさんはピクリと目元を動かすと、リオネーラの手の甲へと視線を向ける。
この人……ステラ=シャーリエさんは僕が酔っ払い冒険者をボコった日、目配せと頷きで「何とかして」と言ってきたあの人だ。
きっと男が言った『リオネーラが奴隷だという事』を聞いていたのだろう。
「ユウヤ=ヨイナカさんと、リオネーラ=エストランデさんですか。心得ました」
「はあ。それで、話って一体なんなんでしょうか? 僕等は今人を待っていて、その人が来次第町の外へと向かうつもりだったんですが」
「……もしかして、あの日の事を怒っていらっしゃいますか?」
ステラさんは言いながら申し訳無さげに小さく瞑目した。
な、なんか僕の方に罪悪感が襲いかかってきたんだが……。
思わず言い訳のようなものをしてしまう。
「い、いや、別に、どうせ僕が何とかしなければいけない状況でしたし、大丈夫ですよ。あと、町の外に出るのはリオネーラと待ち人の二人ですから、僕だけでいいなら時間は取れます」
本当はああ言って話とやらを躱そうと思っていたのだけれど、別にいいか。
「そうでしたか。あの時は迷惑をお掛けして申し訳ありません。それとお気遣いありがとうございます」
うん、この人はきっといい人だ。
少なくとも悪い人ではないと思う。
直感だけどね。
「それで、聞きたい事とは?」
「はい。まあ、聞きたい事と言っても大した事ではないんですが……」
「僕にお答え出来る範囲でなら問題ありませんが」
「……では一つ」
ステラさんはそう言うと、僕の隣の空いていた席に腰を下ろしてこちらを向く。
ち、近い。
「私は見ての通り森妖種ですが、故郷に住む知り合いから一つのお話を聞かされたことがあるのです。遥か昔……およそ三〇〇年程前の話でした」
「――っ」
『三〇〇年前』という発言に思わず息を飲んでしまう。
三〇〇年前といえば、まさに僕が生まれ生きていた時代だ。
この場所で、このタイミングでピンポイントに僕が生きていた時代を僕に告げる……果たしてこれが偶然なのか意図的なものなのか。
僕は内心の動揺がバレないように表情を固めながら、ステラさんの話の続きを待つ。
だが、僕の頑張りはそこで潰える。
「ヴァルクロア=ウェスペル」
「うぇ」
変な声が出た。
ちょっ、まっ、おい。
何故どうして唐突にそんな名前が出てきやがるんですか。
「……どうかしましたか、ユウヤ=ヨイナカさん」
「い、いえ、なんでもないですよ。続けてください」
なんとか言葉を返すと、ステラさんは続けざまに質問をしてくる。
「そうですか。ああ、ユウヤさんは知っていますか? ヴァルクロア=ウェスペルという人物の名前を」
「……知っていますよ。ちょっと辺境に籠っていたもので詳しい事は知らないですが。五英雄、ですよね。まあ、これもリオネーラに少し聞いた程度ですけれど」
苦し紛れの言い訳を言いながら、僕はステラさんの顔色を伺う。
なんだか無理して冷や汗流しながら隠すのが非常に馬鹿らしく感じてきたけれど、ここまで来たら隠し通してやる。
「はい。ヴァルクロア=ウェスペル様はクラン『陽無き世界の支配者』の創設者であり、五人の内で主砲を担っていたと言われています。そんな彼なんですが」
「はい」
「実は聞いていた話によると、彼とその仲間の一人が一度森妖種の里に来ているらしいのです」
「……ふむ」
彼女の言葉に偽りは無い。
僕ともう一人――ウルティア=ヴァースクレイことウルの二人で森妖種の里へ向かった事がある。
その時は確か色々と面倒な事があった覚えが、
「そして彼に、次代『森姫』を担う森聖種を助けてもらったとか……」
あったなあ。
「……へえ、そんな事があったんですか」
「はい。ですから森妖種の里ではヴァルクロア=ウェスペル様を尊信している者が多いのです。黒い髪に黒い瞳、全身を覆う黒いコートに顔を隠すためのフード。両手に付けられた黒い手袋。そんな人物を見かけたら、思わず目で追ってしまうくらいには」
ステラさんの話を聞いて僕は密かに思った。
全身黒の格好をやめて、何か黄色いものでも取り入れようかなあ、と。
一応雷属性の術式がある程度使えるわけで、黄色もそれなりに好きな色だからいいと思うんだよね。
本当に。
「それで僕に話しかけた、と言う訳ですか」
「ええ。もしかしたら貴方は"三〇〇年前の過去からやって来た本物の英雄様なのではないか"と思いましてね」
まさかとは思っていたけれど、やっぱりこの人は僕のことを"ヴァルクロア=ウェスペル"だと疑っている。
それはもう間違いなく、確信に近づいている勢いで疑っている。
何が悪かったのか。
あまりに圧倒的に第二級冒険者を封殺してしまったから?
そんな簡単な理由で特定されるくらいなら、今までの三〇〇年間で一人くらいは疑われてると思う。
「ま、まさかあ。常識的に考えてありえないでしょう? 三〇〇年の時を越えて未来にやって来たと? そんな信じられないような出来事ありますか」
実際僕は信じられなかったし。
でも、まあ、もう無理だな。
今になって思えば、最初にステラさんの言葉を「何を言ってるんですか?」って一蹴出来なかった時点で僕の負けは決定していた。
少しおどけた様子で言った言葉に反応せず、ステラさんは僕をじっと見てくる。
まるで、逃がさないぞとでも言うかの様に。
「…………はあ、僕の負けです。そうですよ。正直自分でも信じられないような話ですが、三〇〇年前から来ましたよ。もう確信付いてるなら紋章とか見せなくてもいいですよね」
ヤケクソ気味に言いながら、紋章と指輪がある左手を手袋の上から撫でる。
まさかバレない様にしようと決意して一日経つ事もなくバレるとはなあ。
あるいは、もうかなり前からバレていた?
「やはり、貴方が……」
「一応言っておきますが、このことは他言無用でお願いしますよ? 面倒な事は嫌いなんですから」
尚もじっと僕の方を見てくるステラさんに苦味九〇パーセントの苦笑しながら言った。
「……勿論、ユウヤ様が隠しているのならば私の方から口外する事はありません。本当はもう少し色々とお話をしたいのですが、私は受付の仕事がありますし」
「そうでしたか。……あっと、こっちの知り合いも来たようです」
「待ち人とはやはりカレンさんの事でしたか」
ステラさんは冒険者ギルドの扉を開けて入ってきたカレンさんを目で追いながら小さくそう呟いた。
顔見知りなのかな?
まあいくら臨時とはいえ受付の仕事をしていれば顔を合わせる機会くらいはあるよね。
やはり、という言葉が少し気になったけれど、聞こうかなと思ったところでステラさんが言う。
「それでは私は仕事に戻る事とします」
「頑張ってください」
「ありがとうございます……ああ、ユウヤさん」
小さく礼をしたステラさんは直後に何かに気がついた様子を見せ、僕の耳元に顔を寄せて小さく呟いた。
「あの日に倒した酔っぱらいの冒険者はあれ以来ギルドへ来ていません。もしかしたら何か企んでいる可能性もありますので、お気を付けて」
「……分かりました」
情報提供してくれたステラさんに小さく礼をして、僕とリオネーラはカレンさんと合流した。
(3rd Person)
"男"はそれを見ていた。
リオネーラとカレンの二人組と冒険者ギルドで別れる黒コートの男を。
いや、正確に言うならば。
あの憎い黒コートの男と別れた二人の少女の片方。水色の綺麗なサイドテールに、金色の瞳を持つ、無口無表情の小柄な少女を。
"男"はギリッと音を鳴らして歯を噛み締めると、踵を返して歩き出す。
たどり着いたのは町の外。
元第二級冒険者が率いる盗賊団が潜む森だ。
「一体どうしたってんですか、ガイヤ」
洞穴の中へと足を進めていった男――ガイヤの耳に、その声が届く。
「……エリア、攫って貰いてえガキがいるんだ」
ガイヤは声が聞こえた方向へと視線を向けながらそう言った。
「ほぅ、ガキに手を出そうとはアンタ、もしやそういう趣味だったってんですか?」
「ちげえよ。その攫って貰いたいガキっつーのはただの囮。釣り餌だ。本当の狙いは他にある」
「なんにせよ、金目のものさえ手に入るんならアンタの頼みだ。受けてやるってんですよ」
「……そうか。なら簡単な概要だけ伝えよう」
ガイヤは凶悪な笑みを浮かべながら告げた。
「標的は水色の髪に金色の瞳を持った女のガキだ。奴はこの後、この森に現れるだろう。ソイツを攫って本当の目標――あのクソ野郎をおびき出す」
本日三話目




