33:「横断歩道の向こう側」
やっと残業が終わった。やれやれと思ったある日のこと。
信号待ちをしていると、向かい側に見覚えのある人が立っている。
高校の頃仲良かった恵美ちゃんかな?
小さく手を振ったけど、恵美ちゃんは私に気づいてない。
ちょっと恥ずかしい。
信号が青になる。
人の流れに押されるように、私も横断歩道を渡り始める。
ところが、道路の中央まで来たところで、
「由香ちゃん!」
恵美ちゃんがこちらを見て叫ぶ。
「そっちへ来ないで!」
初めて聞く怒号に驚いて立ち止まる。
すると、私の目の前を一台の車が猛スピードで走り抜けていった。
轢かれた人たちの悲鳴が響く。
心臓が激しく脈打っている。
足が震えてうまく立てない。
車のタイヤがギュッギュッと鳴る音で我に返る。
なんと車は引き返してきて、もう一度歩道に倒れていた人たちを轢こうとアクセルを踏み込む。
逃げなきゃ、殺される。
私は足を必死で動かすが、思うように歩道へ近づけない。
ふと車の運転手と目が合った。
ハンドルを握る手に迷いがなかった。
「駄目!」
恵美ちゃんが私の前に立って両手を広げる。
「恵美ちゃん!」
私は彼女が殺されるんじゃないかと、気が気でなかった。
暴走した車が私たちに迫る。
私は思わず目を閉じた。
そして気が付くと、病院のベッドで寝ていた。
「由香!」
両親は喜んで泣いた。
ひとしきり泣いたあと、私は言った。
「恵美ちゃんが助けてくれたの」
「恵美ちゃん?」
「高校の頃の友達よ」
「……」
両親は顔を見合わせてから言った。
「あなたの友達の中に、恵美という子はいなかったよ」
「え?」
でも覚えてる。
放課後の教室で、私の隣に座っていた。
誰も話しかけてこなかった日も、恵美ちゃんだけは話しかけてくれた。
「うちに遊びに来たこともあるんだよ」
「疲れてるんだよ。今夜は病院でゆっくり寝なさい」
「明日、脳外科で検査を受けてみましょう」
両親は優しく言ったけど、腑に落ちない。
恵美ちゃんは、確かにいた。
いじめられて一人ぼっちだった私の、想像上の友達だった。
横断歩道で会った恵美ちゃんの顔立ちや背丈も、私が思い描いた通りの女子高生だった。
大人になって仕事を覚えるだけで精一杯になったら、親友のことを忘れていただけ。
でも、恵美ちゃんは私の命を救ってくれた。
「恵美ちゃん、ありがとう」
呟いた直後、病室のカーテンが揺れた。




