32:「返事」
そろそろ寝るか。
喉が渇いた。夏だから、水分はちゃんと取らないと。
キッチンの電気をつけると、狭い調理台の上に湯気の立つマグカップが置いてある。
ココアの甘い香りがする。
しかも私の好きなマシュマロ入りだ。
「一人暮らしなのに」
と呟いた直後。
背後から、
「お帰り」
と聞こえた。
正体を確かめたいけど、振り返ることはできなかった。
だって、その声は推しの声だから。
今の私はすっぴんで、髪はボサボサで、汗を吸ったTシャツとジャージを着ている。
なんでこんな時に来るのよ。
いや、推しがスマホの画面を突き破って三次元に来てくれたのかもしれない。
でも、すっぴんで会いたくない。
「どうしたの? 僕の顔、見たくない?」
「……っ!」
こんなボイス、ゲームにはない。
しかもスマホから聞こえてくるんじゃなくて、今うしろにいる生身の声が聞こえてくる。
振り返れば推しの美しい顔を拝むことができる。
でも、振り返ったらすっぴんを見られる。
「具合、悪いのか?」
推しがうしろから腕を回してきて、大きな手で私のおでこを触る。
冷たい。
推しが熱をはかってくれている。
でも、私すっぴんだ。
「風邪ひいたんじゃやい? 早く休んで」
「あ……」
推しが私の身体の向きを変えた。
その手は死人みたいに冷たかった。
私は彼の顔を覗きこむ。
「確保」
「え?」
すると私の心臓が止まった。
そういえば、推しは死神だった。




