30:「夜、礼冷蔵庫を開けると、昨日買った覚えのないケーキが入っていた」
今夜もなかった。何って、アレだよ。
妻は赤ん坊にかかりきりで、俺を蔑ろにしている。
腹が立つが、イクメンと呼ばれたい。
また赤ん坊が夜泣きした。
しばらく寝付けそうにないし、なんか酒を飲むか。
冷蔵庫を開けると、買った覚えのないケーキが入っていた。
生クリームの甘い香りに、思わず生唾を飲み込む。
一ホール食べたあとの妻の顔を想像すると、ワクワクした。
「いただきます!」
生クリームの濃い味が、子どもの頃食べたバースデーケーキを思い出す。
苺や桃など果物の瑞々しさは、スーパーのものじゃない。
スポンジ生地がふわふわで、俺の好みに合っている。
これは高級品の味がする。
食費は毎月一万円と決めたのに、あいつは贅沢してパティスリーのものを買ってきたに違いない。
あとで罰を与えよう。
いつの間にかケーキは、あと一切れしか残っていない。
独り占めするんだとフォークを入れようとしたその時。
「助けてよ、あなた!」
妻が邪魔しに来た。
ケーキで盛り上がった心が一瞬で冷めた。
「まったく、おまえというやつは! どうして男を立てることができないんだ!」
「今夜だけでいいから、赤ちゃんをあやして。私三日も眠れなくて、もう限界なの」
「知るか! 俺を蔑ろにしやがって!」
「してないわよ。私はただ、赤ちゃんの面倒を見てほしいだけ」
妻の目がテーブルに釘付けになる。
「な、何それ?」
「無断で贅沢した罰だ」
妻がヒステリー起こすかな?
それとも泣くかな?
これを機にシメてやるんだ。
俺をナメた女さんに罰を――
「うっ……」
妻はえづいた。
想定外の反応に、俺の頭が真っ白になる。
「あ、あなた。なんてものを食べてるのよ!」
「何ってケーキを。羨ましくないのか?」
「何言ってるのよ。人を食べておいて」
「人?」
妻の演技は迫真ものだが、俺を脅かした罰は受けてもらおう。
「よく見て。これ、目玉よ!」
「……」
ケーキの最後の一切れには、プリプリの目玉が三個も入っていた。
「オェェェ!」
俺は吐いた。
ゲロには女の指、子どもの耳、得体の知れない肉が含まれている。
冷蔵庫には確かに、ショートケーキがあったと記憶してるのに。
なんで俺の胃から、人体のパーツが出てくるんだよ。
慰めてほしくて妻を見るが、そこにはいない。
あいつは寝室でスマートフォンを操作していた。
画面に表示された「緊急通報」の文字が見える。
「やめろ、バカ!」
「きゃあ!」
俺は妻を殴った。
この女は俺の足を引っ張ることしかしない。
重い罰を下して、わからせてやるんだ。
もう一発殴ろうとした時、視線を感じて振り返ると、ケーキに飾られている目玉が俺をじっと見ている。
「ひいぃ」
俺は助けてほしくて妻を見た。
しかし、あいつはスマートフォンの「緊急通報」をタップした。
赤ん坊が泣いている。
この子は、父親がいないとして育てられるのだろう。




