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3:「雨が降り始めた瞬間、誰もいないはずのバス停から「ありがとう」と言う声が聞こえてきた」
私がバスから降りるとすぐに鼻がピクピクとした。
雨が降る前に必ず空気が変化するから、まずは嗅覚が刺激される。
間もなく雨が降り始めた。
いつも持ち歩いてる折り畳み傘を広げると、大量の雨粒を受け止め、パラパラと雨音が聞こえてきた。
発車したバスが道路の水溜まりを大きく跳ね上げる。
私は雨水を浴びないように雨除けの小屋に避難した。
バスは派手な水音を立てて、次の停留所へ走っていった。
私は雨足が少し弱まった隙を見て、小屋を出た。
「ありがとう」
すぐうしろだった。
誰もいない。
それでも確かに耳元で聞こえた。
怖くて振り返る気になれなかった。
走ると水溜まりを踏んで靴が濡れ、靴下もずぶ濡れになる。
傘の持ち手を握る手が震える。
過去にはその震えで傘を傾け、雨を浴びてしまったこともあった。
私は普通の人だ、私は普通の人だと自分に言い聞かせる。
アパートに帰ると、冷蔵庫で冷やしていたビールを取り出した。
ついでに見つけた魚肉ソーセージを肴にして、一人で陰気な飲み会を開いた。
「あれ」を忘れるために。




