25:「夕暮れの訪問者」
日が沈む直前。
家に帰ると、玄関前に見知らぬ男が立っている。
男は俺を見るなり、
「やっと帰ってきた」
と言う。
しかし、俺には男に会った記憶がまったくない。
夕暮れ時の逆光に照らされたのは、平凡な顔立ちの猫背の男だ。
そんなやつは友達どころか、知り合いにすらいない。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
俺はいつでもスマートフォンの緊急通報をタップできるように、画面を開いている。
「ああ。今のあんたが知っているわけないよな。まだ真奈美にも会ってないんだから」
男の言うことは、訳がわからない。
困惑する俺に、男は妙なことを言った。
「明日、あんたは上司から昇進の話を持ち掛けられるだろうが、断ってくれないか?」
「は?」
「栄転した先にある小野真奈美という女に、どうしても会ってほしくないんだ」
「意味がわからない。昇進できるものならしたいよ」
「そうか。じゃあ、これはどうだ? 顧客を引き連れてB社に転職するんだ。そうすれば昇進したのと同じくらい給料が上がる」
「ふざけるな。勝手に決めるな」
「これも駄目か。それなら」
「あんた、一体何がやりたいんだよ?」
男は目を細めただけなのに、俺は息苦しさを覚えるほど威圧感を感じた。
「一年後、あんたは小野真奈美を殺す」
「……そんな。知らない人を殺すわけないよ」
「明日顔を合わせたら、そうなるんだ」
「なぜ、そう言い切れる?」
「俺は小野真奈美の婚約者なんだ」
男にとっては重要らしいが、俺は小野さんとやらに会ったこともないのにと困惑を深める。
「あんたは小野真奈美に惚れて交際を申し込むが、彼女は婚約者がいることを理由に断った。それ以来、あんたはストーカーになった」
「なんでそんなひどいことが言えるんだ? 俺はそんなことはしない」
「するよ。恋はそれだけ人を狂わせる」
「聞いていれば失礼なことばかり。これ以上言ったら、警察を呼ぶぞ」
「警察は遅れて来るよ。今は交通安全キャンペーンの時期だからね。違反切符を切ることに熱中している」
「そうか。じゃあ、さよなら」
「待て!」
俺はあえて玄関から離れて歩いていくと、男もついて来る。
スマートフォンを操作して緊急通報をタップしようとするが。
「うっ……!」
背中に何かが突き込まれた。
スマートフォンを取り落とした。
一歩、前へ出る。
もう一歩。
足元を見ると、靴の上に赤い雫が落ちていた。
「腎臓だ」
男が淡々と言った。
「な、なんで?」
「あんたが未来を変えなかったからだ」
「意味わかんねーよ」
俺が道路に崩れ落ちるのを、男は冷たい目で見つめている。
「このルートは失敗。でも、こいつがこの世からいなくなるだけ、真奈美は安全なはず」
「何を言っているんだよ?」
「さよならだ」
心臓を狙われた俺は身の毛もよだつほどの恐怖を感じるが、もはや立つことができないほど弱っている。
「や、やめ……」
心臓をメッタ刺しにされ、叫ぶ度に血が飛び散る。
それでも俺は男を睨みつける。
「そんな恨めしい目をするな。あんたは真奈美を殺す殺人鬼なんだ。それはどのルートを辿っても変わらない。運命なんだよ、それは」
俺はもう声すら出せない。
そして男はナイフを自分の首に当てた。
俺は思わず目を見開く。
「真奈美、次のルートで今度こそ守ってみせる」
男は頸動脈を切ると、道路に倒れ伏した。
辺りはもう、血塗れだ。
遠のく意識が、ある知識を導き出す。
「俺は殺された。男は自殺した。これは死に戻り? だったら、俺も?」
死に戻りはアニメやゲームでよくある設定だった。
死の間際、俺は気づく。
「殺されるのは嫌だ。でも、真奈美の顔は見てみたい」
――あなたのお葬式で遺族や参列者たちは皆驚く。
「殺されたとは思えないほど、安らかなお顔だわ」
「まるで、これから誰かに会えるのを楽しみにしているみたい」




