22:「迎えに来た人」
直感に従って庭に出てみると、黄昏時だった。
庭のお地蔵様に供えた線香が、風もないのに大きく揺れた。
「春香、俺だよ」
植え込みの向こう側に立っている、ひょろりとした男。
その声は懐かしいと同時に忌まわしかった。
「敦、あなたもう死んでるのよ」
「うん、知ってる」
敦には散々浮気されて泣かされた。
しかも借金を踏み倒したうえに、交通事故で亡くなった。
それなのに命日でもない日に現れるなんて、生前と同じく何を考えているかわからない人だった。
「迎えに来たんだ」
「まさか、あの世に?」
私はあえて素っ気ない態度をとった。
「一緒に来てくれ」
「嫌よ。まだ死にたくない」
「頼むよ。どうしてもきみじゃなきゃいけないんだ」
付き合っていた頃ったら、その言葉に絆されていただろう。
でも、今は違う。
私は剃髪し、墨染めの着物をまとっている。
「敦。よく聞いて。私は三年前に出家したの」
「へえ、すごいな。ますます都合がいい」
「だから、お経を一発唱えるだけであなたを爆発させることもできるの」
「……マジで?」
「マジよ」
敦は目をキョロキョロさせて逃げ場を探している。
「怖い?」
「べ、べつに」
「南無……」
「ちょっと待って!」
「あなた、昔から逃げ足が速いから」
「逃げる前に爆発させようってか!」
敦との会話はなかなか楽しかった。
でも、彼はすでに亡くなっている人だから、尼として情けをかけるわけにはいかない。
「神坂敦はここにいるわ!」
「なっ……」
私が大声で呼びかけると、見るも恐ろしい地獄の獄卒が走ってくる。
「お迎えが来たね」
「嫌だ、地獄には戻りたくない!」
敦は逃げ出すが、すでに地獄の獄卒に見つかっているから、捕まるのは時間の問題だ。
私は手を振って、敦の地獄行きを見送った。
それにしても、死んだあとも私に迷惑かけるなんてねえ。
なぜ私はあんな男を好きになったんだろう。
過去の自分が一番訳わからない。
今日は早く寝よう。
そう思って振り返ると、縁側には敦の物ではない男物の靴が一足、揃えて置かれていた。




