20:「主人公には見えていないもの」
私の家は普通だ。
朝、いつものように「行ってきます」と言うと、誰からも返事がない。
「おはようございます」
ご近所さんに挨拶しながら、学校へ向かう。
着信音が鳴ってスマートフォンを見ると、お母さんから「牛乳」とメッセージが届いていた。
これは覚えておこう。
ふと立ち止まって振り返ったら、近所の人たちは誰も家の方を見ようとしない。
私のことも見ようとしない。
少し気になるけど、学校に行かなきゃ。
授業は退屈だけど、クラスメイトとお喋りするのは好き。
私は昨日あった家族のおもしろい会話を話すと、なぜかみんな俯いて黙った。
うちはごく普通の家なのに。
体育の授業では、体育教師が私に言った。
「坂田は休んでいろ」
私は普通なのに。
私は部活動に入っていない。
お母さんから頼まれた牛乳を買いにスーパーに行くと、店員がすっ飛んできて「あなたは出禁です」と言われて追い出された。
仕方ないから、ちょっと遠いコンビニに行って牛乳を見ていたら、買うまで店員が張り付くように監視していた。
他のお客さんたちは普通に買い物している。
私は何もしてないのに。
暗くなる前に帰りたいから、小走りになる。
家に近づくにつれて、私を見たご近所さんたちがそれぞれの家の中へ戻っていった。
それがこの辺の普通だ。
あれ? 私の家の前に知らない男の人が立っている。
「坂田彩夢さんですね?」
「そうですけど、あなたは?」
「わたくし、社会派YouTuberのよっしーと申します。あなたに取材したくて」
「取材? 私みたいな平凡な子に?」
「五年前のこと覚えてる?」
「なんのことですか?」
「きみ、本当に覚えていないの?」
「……」
「顔の火傷の跡も?」
「いい加減にしないと、お父さんを呼びますよ。私のお父さんは世界一強いんだから!」
「まさか、今でも毒親と同居してるのか」
「なんなら、警察も呼びます」
「そ、それだけはご勘弁を。DMは開いてるから、いつでもSOSを出すんだよ」
「嫌よ。うちは獄普通の家族なんだから!」
変な男を追い払ったあと、私は玄関の扉を開けた。
私は台所に行って買ってきた牛乳をお母さんに渡そうとしたが、レシートを見られた。
バシッ! と音がしたあとに頬に痛みが走った。
「盗めばタダなのに!」
お母さんは牛乳を床に叩きつけると、自分の部屋に引きこもってしまった。
私はお父さんに助けてほしくて居間に行くと、お父さんはテレビを見ながらお酒を飲んでいた。
居間にお酒の匂いとお風呂に入っていないお父さんの体臭が満ちていて、私はそっとドアを閉めた。
これがうちの普通だから、私は泣かない。
五年前はいろいろな人から「あなたの両親は普通じゃないから、早く逃げなさい」と言われたけど、私は笑って断ったものだ。
「うちはごく普通の家族ですけど」
そう言うとほとんどの人が呆れて離れていったけど、児童相談所の人だけはしつこく、児童福祉施設に入れられた。
でも、私はうちに帰りたかった。
親の気に入らないことをすると殴られたり、万引きを命令されたりするのが、私にとっての普通だから。
可哀想なんて言わないでよ。




