表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/29

18:「誰も驚いていない」



 朝、駅のホームに電車が入ってきた。

 列に並んでいた私は歩き出そうととして、前の乗客の背中にぶつかった。


「すみません」


「……」


 咄嗟に謝ったが、返事はない。振り向きもしなかった。

 それどころか、前の乗客は電車に乗ろうとしない。

 座りたい私は、早く乗ってほしいと思った。

 駅員も周囲の人々も、次の電車を待っている。

 それが当然であるかのように、誰も不思議そうな顔をしていない。

 遅刻したくない私は、仕方なく電車に近づいた。

 ふわりと、薔薇の香りがした。

 思わず顔を上げる。

 電車は薔薇、百合、菊、水仙、チューリップ、アイリス、トルコキキョウ、ガーベラ――ありとあらゆる花で飾られていた。

 扉にも何十本の蔓が覆い、隙間なく覆い尽くしている。 

 なるほど、これじゃ乗れない。

 妙に納得して眺めていると、扉の脇に咲く一輪の薔薇が目に留まった。

 あまりにも綺麗だった。

 気付けば私は手を伸ばし、その花を力任せに摘み取っていた。

 蔓から花が離れた瞬間、蔓が蠢いた。

 まるで脈打つ生き物のように何本もの蔓が伸び、切り口へ絡みついていく。

 そして数秒後。

 そこには何事もなかったかのように、新しい薔薇が咲いていた。


「ねえ、今の見た?」


 興奮して周囲を見回す。

 しかし返ってきたのは、冷たい一言だった。


「これだから初心者は」


「そ、そんなー」


 誰も相手にしてくれない。

 周囲の人々はスマートフォンの画面ばかり眺め、花で飾られた電車を撮影しようとしない。

 こんな珍しいものをSNSに上げないのだろうか。

 だったら、私が先にバズってやる。

 そう思ってスマートフォンを構えた瞬間、手の中の薔薇が崩れ始めた。

 花びらが灰のようにボロボロと剥がれ落ちていく。


「え?」


 狼狽えているうちに、薔薇は完全に灰になった。

 ホームを風が吹き抜け、灰は跡形もなく散っていく。

 呆然としている間に、花で飾られた電車が走り去った。

 ほどなくして、次の電車がホームへ入ってくる。

 今度の電車には花など一輪もない。

 半分ほど席が埋まった車内へ、乗客たちがぞろぞろと乗り込んでいく。

 私も流されるように乗った。

 窓に映った自分の手を見る。

 薔薇を握っていたはずの指先には、灰色の粉がほんの少しだけ残っていた。

 指で擦る。

 灰は、黒い線になって消えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ