15:「いつもと同じ朝なのに、一つだけ絶対ありえないものが混じっていた」
夜明け前、お母さんの悲鳴で目が覚めた。
飛び起きて居間に駆け込むと、お父さんが二人いた。
「海斗くん、おはよう」
挨拶してくれるお父さんと、
「…………」
ムスッとして挨拶すらしないお父さんだ。
僕はすぐに挨拶した方が偽物だとわかった。
お父さんが自分から僕に挨拶したことなんて、一度もない。
一応最初は警察を呼んだ。
「区別がつかないな。双子ですか?」
「事件性がないなら、私どもはこれで失礼します」
「ああ、そんな」
頭を抱えるお母さんに、偽物のお父さんが話しかけた。
「朝ご飯ができたよ。早速食べよう」
お母さんが警察と話している間に、偽物のお父さんは朝食を作った。
「すみません」
「謝る必要なんてないですよ。海斗くんがお腹を空かせている」
「あっ、そうですね」
最初は戸惑った。
でも偽物なら追い出さなきゃならない。
その覚悟はできていた。
「おいしいわ、和哉さん」
「ありがとう、小夜さん」
「…………」
お礼を言われたお母さんが笑った。
僕は開いた口が塞がらない。
「海斗。甘い卵焼き好きでしょ」
「は、はい」
珍しく機嫌がいいお母さんにびっくりして、思わず返事をすると、咳払いが聞こえてきた。
「…………」
本物のお父さんは僕をジロッと睨みつけた。
昨日までの僕なら、お父さんのしてほしいことを必死で考えていた。
外れていたらどうしようと思いながらやる行動は、いつも手が震えていた。
「海斗、冷めないうちに食べましょ。和哉さんのご飯、おいしいよ」
「嬉しいな」
お母さんが偽物のお父さんを褒めると素直に感謝した。
味噌汁、焼鮭、卵焼き、ほうれん草の和え物、たくあん、どれもおいしい。
でも、本物のお父さんは箸を持ったまま動かない。
湯気だけが味噌汁から立ち上がり、鮭や卵焼きもどんどん冷めていく。
「…………」
本物のお父さんは眉間にしわを寄せてお母さんを睨みつけるが、お母さんはまともに相手しない。
僕はハラハラしたけど、お母さんは偽物のお父さんを見つめたり、何よりも機嫌がよくて僕に優しかった。
親の機嫌のいいところなんて、何年ぶりのことだろう。
物心ついた頃から本物のお父さんは不機嫌で、お母さんはいつもビクビクしていた。
機嫌をとろうとしても本物のお父さんが望んでないことをやると、彼は怒ってお母さんを罵った。
そしてお母さんもいつも不機嫌になった。
それが家の当たり前だった。
でも、今は違う。
偽物のお父さんは常に機嫌がよく、ことあるごとにお母さんに感謝を言う。
駄目押しするように僕にも優しい。
本物のお父さんは、もういらない。
頭によぎった考えを、僕は慌てて否定した。
偽物は安全だと限らないじゃないか。
僕は勇気を出して、偽物のお父さんに聞いてみた。
「あなたは誰?」
お母さんが息を呑んだ。
偽物のお父さんは笑って言った。
「海斗くんのお父さんや小夜さんの夫になれるよ、僕は」
偽物をお父さんだと思い込めば、僕たちは幸せになれるんじゃないか。
「いい加減にしろ、てめえら! 早く偽物を追い出せ!」
本物のお父さんが怒鳴ると、お母さんが小さく溜め息をついた。
以前ならすぐに謝っていたのに。
「怒鳴るのはモラハラですよ、和哉さん」
「てめえに説教される筋合いはない! 死ねよ偽物!」
あんまりな言い草に、僕は思わず顔をしかめる。
「なんだ? てめえも偽物がいいのか?」
本物のお父さんに詰め寄られた時、僕は心臓が凍り付くほど怖かった。
こうなるとお母さんは、もう庇ってくれない。
「やめてください、あなたの子どもですよ」
偽物のお父さんが割り込んできて、僕の側に立った。
その背中がとても頼もしかった。
「偽物が父親ぶるな。いい顔したって所詮は偽物だろ!」
本物のお父さんが得意げに言ったけど、偽物のお父さんは穏やかな声音を保っている。
「確かに僕は偽物だ。偽物は偽物らしく去りましょう」
「やだ、行かないで!」
僕は大急ぎで偽物のお父さんを引き留めた。
「海斗くん、聞き分けてくれ」
「お父さんがいなくなったら、誰もお母さんを守ってくれないよ!」
「海斗くん……」
偽物のお父さんが迷いだした。
「和哉さん。私、あなたに名前を呼ばれてとても嬉しかったの。あの人は結婚した途端に、おい、とか、それとしか呼ばなくなった」
お母さんが説得しようとすると、本物のお父さんがまた怒り出した。
「旦那の前で不倫するとは、覚悟ができているんだろうな?」
「あなたこそ、DVとモラハラで訴えられる覚悟はできているの?」
「な、何!」
狼狽える本物のお父さんだけど、目が合うとこんな命令をしてきた。
「子どもならわかるだろ。どっちが正しいか」
「偽物のお父さん」
ぐうの音も出ないってこのことを言うんだよね。学校の授業で習った。
「私からもお願いします。行かないで。離婚してもいいから」
「なんだと! 男を差し置いて離婚とは生意気な!」
「何よ」
「落ち着いてください」
夫婦喧嘩が始まりだして偽物のお父さんが戸惑っている。
見かねた僕は、知恵を振り絞って提案した。
「四人で一緒に暮らしてみよう。離婚はしばらくしてから決めればいいんだから」
「ふざけるな!」
キレた本物のお父さんが暴れ出す。
テーブルが倒れて茶碗が割れる。
床に飛び散った食べ物が無惨だ。
お母さんが悲鳴を上げる。
本物のお父さんが振り回した腕が、僕に辺りそうになる。
「子どもの前で暴力はいけません!」
偽物のお父さんが本物の腕を掴み、まるで警察官の大捕物のようにねじ伏せた。
「わあ……!」
僕は偽物のお父さんを憧れを込めて見上げ、お母さんは胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます」
「いえ」
お母さんは何度もお礼を言った。
そして僕とお母さんは優しい偽物のお父さんとばかり話し、本物のお父さんは毎日不機嫌だった。
言い出しっぺの僕には責任がある。
こんな不自然な家族でも、家族は家族だ。
でも、高校を卒業するまでは、奇妙でも父親の優しさが存在する家にいたい。
ある日。夜中に目を覚ますと、偽物のお父さんが居間で、僕たち家族の写真を嬉しそうに眺めていた。
写真の中では、本物のお父さんだけが笑っていなかった。




