13:「朝、いつもの出勤路を歩いていると、町の人が全員、同じ方向を見つめて立ち止まっていた」
夏休み前の朝、惰性に任せて支度を整えて玄関を出る。
「おはようございます」
「……」
実家暮らしだから、近所付き合いは避けられない。
最近は自分から挨拶して歩き去るという技を覚えた。
ところが、今日は誰もが返事をしない。
最初は聞こえなかっただけだと思ったが、それも五人になれば偶然ではない。
昨日まで笑っていた隣のおじいさんまで無言だった。
気を取り直して足早で駅を目指すが、集団登校中の小学生グループと出会った。
「おは……」
異様なものを感じて挨拶が途中で止まった。
小学生たちは無言で立ち尽くしている。
それは挨拶を返さなかった人たちと似ていると気付いた。
咄嗟に俺は走って大通りに出た。
すると、町の人たちが全員、同じ方角を見つめて立ち尽くしていた。
俺は思わず生唾を飲み込み、ネクタイを少し緩めた。
道路には車が一台も通らず、辺りは耳が痛くなるほど静まりかえっている。
早く行かなきゃ遅刻する。焦った自分のサラリーマン根性に苦笑するが、すぐに笑いが引っ込んだ。
町の人たちが見つめている方向から音楽が聞こえてきて、何かがこちらにやって来る。
早く逃げろと本能が忠告するが、とんでもない光景に度肝を抜かれた。
熊、兎、猫、犬、ライオン、狼、様々なぬいぐるみたちがおもちゃの楽器を演奏しながら町を進んでいく。
ぬいぐるみたちは糸がほつれていたり、腹から綿がはみ出していたりと、無傷のものはいない。
気付けば俺も立ち尽くしていた。
ぬいぐるみたちは賑やかだが少し虚しい音楽を奏でながら道路をひたすら進んでいき、どこかへと去っていった。
音楽隊の最後尾、一体分だけ楽器が余っていた。
すると、町の人たちや小学生たちが動き出し、遅刻だなんだと騒ぎながら学校や職場へと走り出した。
突如始まった非日常は終わり、一瞬で日常に切り替わった。
だが、俺だけ道を逆走してぬいぐるみの音楽隊のあとを追いかけた。
――のちに男性は行方不明になった。
町の人々は、
「あの日、ぬいぐるみの音楽隊のあとを追いかけていった」
と口を揃えて証言したが、警察もメディアも信じてくれなかった。




